第29話 利用履歴保管区画へは、保守通路から入れるようです
再び床へ伸びる青白い線を追い、棚の間を進み続けた。
やがて細い通路が終わり、少し広い円形の場所へ出た。
中央には腰ほどの高さの黒い台が置かれ、その上には透明な板が宙に浮かんでいた。
さらに正面の壁には、同じような黒い扉が三つ並んでいる。
「どの扉だ?」
《中央です》
コーデックスが答えると、俺たちは中央の扉へ近づいた。
扉の表面には複雑な円と線が描かれており、カコが手を近づけると、青白い光がすぐに灯った。
【緊急避難権限 _ _ 確認】
【中央連絡路 _ _ 開放】
黒い扉が左右へ静かに分かれ、その先に細長い通路が現れた。
「この先に魔物はいないか?」
《現在、当該通路内に移動個体は確認されません》
「『現在』って付ける必要、本当にあるか?」
《情報の正確性を保つためです》
「聞くたびに不安になるんだよな、その言い方」
俺たちは通路へ入った。
壁や床には細い青白い光が流れているが、記録保管庫と比べると明らかに弱い。
光は何度も点滅し、今にも消えてしまいそうだった。
「暗い」
カコが、俺の服を掴んだ。
「足元に気をつけろ。何かあったらすぐ言えよ」
「うん」
《前方十五メートルに床面損傷》
「そういう情報は助かる。危険がある時は、聞かなくても先に教えてくれ」
《肯定します》
『我も気づいていたぞ!』
「でも言ってなかっただろ」
『今ちょうど言おうと思っていた!』
《虚偽の可能性が高いと判断します》
『黙れ、紙束!』
十五メートルほど進むと、床が大きく崩れていた。
黒い板が何枚も外れ、その下には暗い空間が広がっている。
崩れた部分の幅は、一メートル半ほどだった。
「これくらいなら、跳べなくはないか」
「たぶん」
カコが穴の下を覗き込むと、すぐに俺の服を掴む力が強くなった。
「下は見ない方がいいな」
「もう見ちゃった」
「深そうか?」
「底が見えない」
「……俺も見ないでおく」
『我が主よ、小娘を抱えて跳べ』
「今の身体でか?」
『置いていくよりよいだろう』
カコが、俺を見た。
「抱えられる?」
「嫌なら別の方法を考える」
「落ちない?」
「落とさないようにする」
「ケイも落ちない?」
「できるだけ頑張る」
「不安」
「正直に答えたのに」
《提案します》
コーデックスが、崩れた床の上に浮かんだ。
《右壁に非常用足場が格納されています》
「そういう大事な情報は最初から言ってくれ!」
《質問されませんでした》
「聞かなくても教えてくれって、今さっき言ったばかりだろ!」
カコが右の壁を見ると、小さな青い印を見つけ、そこへ触れた。
すると壁の中から細長い黒い板が何枚も伸び、崩れた床の上に簡単な橋が作られた。
「便利だな……最初からこれを使えばよかった」
『……役に立ったぞ、全書』
ミメシスがひどく悔しそうに言うと、コーデックスのページが一度だけ止まった。
《評価を受理します》
『調子に乗るな! 次からはまた紙束だからな!』
《予測済みです》
「本当に仲が悪いな、お前たち」
「でも、今は全書って言った」
カコが言う。
『小娘、聞き逃せ!』
「無理」
『今すぐ忘れろ!』
「たぶん覚えてる」
『なぜそこだけ記憶力がいいのだ!』
俺たちは細い橋を慎重に渡った。
俺が先に進み、カコが服の裾を掴んだまま、そのすぐ後ろに続く。
コーデックスは浮いているため、当然ながら何の苦労もなく穴の上を移動していった。
「……浮けるの、ずるいな」
《歩行機能がありません》
「代わりに浮遊機能があるだろ」
《適切な機能です》
『紙束に足が生えて歩いていたら、気味が悪いだろう!』
「それは確かにそうだな」
《同意されると不快です》
『紙束ぁ!』
橋を渡り終えると、その先にはまた巨大な扉があった。
コーデックスが、扉へ青白い光を当てた。
《この先が利用履歴保管区画です》
「先生の記録があるかもしれない場所?」
《可能性があります》
カコが、扉を見上げた。
「開けられる?」
《緊急避難権限では開放できません》
「ここまで来たのにか?」
《上位権限が必要です》
「じゃあ、どうやって先へ行くんだ?」
《扉の右側に、保守用通路があります》
見ると、壁の端に人一人が通れるほどの小さな扉があった。
「……最初からこっちを案内した方が早かったんじゃないか?」
《正規経路の方が安全です》
「でも、その正規経路は開かなかっただろ」
《開放を試みるまで、権限不足は確定していませんでした》
「便利な言い方だな」
『役に立たぬ紙束だ!』
《記憶を失った剣よりは有用です》
『また言ったな!』
小さな扉へ近づくと、表面には手を置く場所が二つあった。
一つは人間の手ほどの大きさで、もう一つは細長く、武器を差し込むような形をしていた。
「二つ同時に使うのか?」
《保守通路の開放には、血統情報と登録武装情報による二重認証が必要です》
「登録武装?」
《アエテル・ミメシスを登録武装として使用できる可能性があります》
『当然だ!』
「本当に使えるのか?」
《記録上、アエテル・ミメシスには保守設備へアクセスする権限があります》
『聞いたか、我が主!』
「さっき、自分の記録すら閲覧する権限がないって言われてなかったか?」
『それとこれは別だ!』
《その認識は正しいです》
『……紙束と意見が合ってしまった』
「そこで落ち込むなよ」
俺が細長いくぼみにミメシスを差し込むと、カコがもう一方へ手を置いた。
【血統情報 _ _ 確認】
【登録武装情報 _ _ 確認】
【保守通路 _ _ 開放】
小さな扉が音を立てながら、ゆっくりと開いた。
その先には、大人一人がようやく通れるほどの狭い通路が続いていた。
「ここを通るのか」
《この通路は、利用履歴保管区画の側面へ接続しています》
「危険は?」
《記録上、防衛個体は配置されていません》
「……記録上は?」
《肯定します》
「その言い方、本当に嫌だな」
俺は、くぼみからミメシスを引き抜いた。
「俺が先に行く」
「一緒に行く」
「分かってる。離れないように進もう」
カコが俺の服の裾を掴み、コーデックスは俺たちの頭上に浮かびながらついてきた。
「狭いから、頭の真上から少しずれてくれないか? ぶつかりそうだ」
《不可能です》
「どうして?」
《通路幅の都合上、横方向へ移動できません》
「じゃあ、どうすればいい?」
《姿勢を低くしてください》
「俺が合わせるのかよ!」
『紙束を盾にすればよい!』
《拒否します》
『役に立たんな!』
俺たちは狭い保守通路へ入り、数歩進んだ。
背後の扉が自動で閉じると、周囲は完全な暗闇に包まれた。
その直後、コーデックスのページが青白く光った。
「照明にもなるのか」
《対話用端末には照明機能があります》
『……そこだけは便利だな、全書』
《評価を受理します》
『すぐ紙束に戻すからな!』
《理解しています》
「もう呼び方の使い分けまで完全に覚えられてるぞ」
『うるさい!』
通路は少しずつ下へ傾いており、俺たちは慎重に歩いた。
壁の向こうからは時折、何か巨大な物が動いているような低い振動音が伝わってきた。
「今の音は何だ?」
《不明です》
「施設の機械じゃないのか?」
《施設との接続が不安定なため、判別できません》
「魔物の可能性は?」
《否定できません》
『出てきたら斬ればよい!』
「お前は本当にそれしか言わないな!」
さらに進むと、やがて前方に青白い光が見えてきた。
「出口か?」
《保守通路の終端です》
俺たちは、狭い通路を抜けた。




