第28話 記録保管庫を進んだら、高位武装の宝剣を見つけました
記録保管庫は、入口から見たときに想像していたよりも、はるかに広かった。
俺の身長の三倍以上もある巨大な棚が、何列も奥まで途切れることなく並んでいる。上の方に置かれた物へ、昔の人たちがどうやって手を伸ばしていたのか、それすら分からない。
棚には、薄い黒い板や透明な筒、金属製の箱など、用途の分からない物が大量に並べられていた。
中には、何千年経っているのか分からないというのに、今も青白い光を放ち続けている物まであった。
「この黒い板も、本みたいな物なのか?」
《情報記録板です》
「中身は読める?」
《専用装置が必要です》
「じゃあ、この透明な筒は?」
《生体試料保管容器です》
俺は何となく伸ばしかけていた手を、すぐに引っ込めた。
「……生体試料って、具体的には何が入ってるんだ?」
《生物から採取された組織》
《血液》
《魂力情報》
《その他、解析用試料です》
「触らなくて本当によかった」
「先生が言ってたよ」
カコが、俺の隣でそう言った。
「使い方が分からないものには触らない」
「本当に正しい教えだったんだな」
《先ほどの情報によりますと、あなたは結界へ自ら触れています》
「分かってるよ!」
『そして我が斬った!』
《聞いていません》
『聞け、紙束!』
そんなやり取りをしながら棚と棚の間を歩き続けていると、突然、背中のミメシスが大きく震えた。
『止まれ、我が主!』
「何だよ、急に」
『右だ!』
言われた方向を見ると、棚と棚の間に、腰ほどの高さの黒い台が一つ置かれていた。
その上には透明な箱が設置され、中には一本の剣が収められている。長さは今のミメシスとほとんど変わらない。
白銀の刀身には細い金色の文字が刻まれ、柄の中央には青白い宝石が埋め込まれていた。
何千年もこの場所に置かれていたと考えてもおかしくない。それなのに、刃には錆も曇りも一つとして見当たらなかった。
「きれいな剣」
カコが、透明な箱を覗き込んだ。
『きれいで済ませるな!』
ミメシスが突然、興奮した声を上げた。
『あれは、これまで我が模倣した武器とは明らかに格が違うぞ!』
「見ただけで分かるのか?」
『分かる!』
《根拠を提示してください》
コーデックスが透明な箱の正面へ移動し、開かれたページから青白い光を放った。
『武器を見極める、我の偉大なる直感だ!』
《欲望によって、判断能力が低下している可能性があります》
『欲望ではない!』
「模倣したくて仕方ないんだろ?」
『模倣したい!』
「それを普通は欲望って言うんじゃないか?」
『違う!』
《対象情報を照合します》
コーデックスのページに、複数の文字が流れ始めた。
《名称 _ _ 宝剣セレスティア》
《分類 _ _ 高位近接武装》
《用途 _ _ 施設上位管理者の護衛用》
《搭載機構 _ _ 魂力刃形成機構》
《保存状態 _ _ 良好》
「宝剣なのか?」
『聞いたか、我が主!』
背中の黒い剣が、今にも飛び出しそうな勢いで大きく震えた。
『今すぐ箱を開けろ!』
「俺に言われても、開け方が分からない」
《宝剣セレスティアは、高位武装保存容器によって保護されています》
「開けるには何が必要なんだ?」
《上位管理者権限》
《または》
《登録された血統情報が必要です》
俺とミメシスは、ほとんど同時にカコへ目を向けた。
「私?」
『小娘、箱へ触れろ!』
「命令しないで」
『では頼む! どうか触れてくれ!』
「切り替えが早いな」
カコは少し迷ったあと、透明な箱の側面にある青白い印へ手を近づけた。
「危なくない?」
《保存容器の開放操作のみであれば、危険性は低いと判断します》
「『低い』ってことは、少しは危険なんだな?」
《完全な安全を保証できる情報が不足しています》
「それなら触らない方が……」
『触るだけだ!』
「お前は黙ってろ」
「大丈夫」
カコが青白い印へ手を置いた直後、透明な箱の表面を何本もの光が一斉に走った。
【血統情報 _ _ 検出】
【登録情報との一部一致を確認】
【上位管理者血統の可能性 _ _ 高】
【緊急時武装使用権限 _ _ 暫定付与】
「権限がもらえた?」
《肯定します》
【保存容器 _ _ 開放】
透明な箱の中央に細い線が現れ、それを境に左右へゆっくりと分かれていった。
閉じ込められていた青白い光が、冷たい空気とともに外へ流れ出した。
「開いた」
『よくやった、小娘!』
「カ~コ」
『……よくやった、カコ!』
「それならいい」
ミメシスが俺の背中を押すような勢いで、何度も大きく震えた。
『早く我を触れさせろ!』
「分かってるから暴れるな」
俺は透明な箱へ近づき、ミメシスを鞘から抜いて、黒い刀身を宝剣セレスティアへ近づけた。
黒と白銀、二つの刃が触れ合った瞬間、キィンという澄んだ音が巨大な保管庫へ響き渡る。
同時に、ミメシスの刀身から黒い靄が溢れ出し、宝剣の全体を包み込んでいった。
黒い靄は白銀の刀身を何度も往復し、金色の文字や柄の宝石を一つずつ確かめるようになぞっていく。
【武装情報 _ _ 検出】
【種別 _ _ 片手剣】
【材質 _ _ 白魂鋼】
【内部構造 _ _ 解析】
【魂力伝導路 _ _ 確認】
【魂力刃形成機構 _ _ 確認】
【武装情報 _ _ 保存】
【模倣 _ _ 開始】
「今度は壊れてない武器を模倣できるんだな」
『当然だ!』
《模倣対象が損傷していないことと、完全な再現が可能であることは別問題です》
『余計なことを言うな、紙束!』
宝剣を包んでいた黒い靄が大きく脈打ち、次の瞬間、すべてミメシスへ吸い込まれた。
俺の手の中で黒い刀身が崩れ、新たな形へ変化していく。
剣身はわずかに細くなり、鍔は翼を広げたような形へ変わった。黒を基調とした姿はそのままだが、刀身の中央には青白い線が走り、柄には宝石を模した光の核が生まれていた。
『完成だ!』
「本物は白銀なのに、やっぱり黒いままなんだな」
『我が模倣したのだから当然だ!』
ミメシスが誇らしげに答えた直後、刀身の周囲へ青白い光が集まり始めた。
光は刃の形に沿って伸び、実体の黒い刀身を外側から覆うように、薄い光の刃を形成した。
「刃が光ってる」
《魂力刃形成機構です》
《実体刃の外側へ魂力の刃を形成》
《対象の装甲および魂力防壁への切断力を高めます》
「さっきの狼みたいに、身体が硬い相手にも効くのか?」
《通常の刃より有効です》
『聞いたか、我が主!』
ミメシスが、嬉しそうに刀身を震わせた。
『これならば、どれほど硬い敵であろうと斬り裂けるぞ!』
《訂正します》
《現在のアエテル・ミメシスには、原型と同等の出力を長時間維持する能力がありません》
『何だと?』
その直後、青白い刃が一度大きく揺らぎ、刀身の周囲から消えた。
「……消えたぞ」
《現時点で魂力刃を維持可能な時間は、一度につき数秒程度と推測します》
「短いな」
『数秒あれば十分だ!』
《連続使用した場合》
《使用者および武装の双方へ大きな負荷が発生します》
「俺にも負担があるのか?」
《アエテル・ミメシスは、使用者からも魂力を補っています》
「そんな説明、今まで一度も聞いてないぞ!」
『我も今知った!』
「お前も知らなかったのかよ!」
《初期化状態に近い武装へ、自己機能の完全な把握を期待する方が非合理的です》
『紙束は黙っていろ!』
俺は模倣された宝剣を正面に構え、もう一度青白い刃を出せないかと意識を集中した。
刀身に走る青白い線が強く輝き、再び薄い光の刃が形成される。
同時に、腕から手のひらを通して、何かを吸い取られるような感覚が伝わってきた。
「……確かに少しきつい。ずっと使い続けるのは無理そうだな」
『だが、先ほどまでの剣よりはるかに強い!』
「使うなら、本当に必要な時だけだな」
『最初から最後まで使えばよい!』
《推奨しません》
「俺もやらない」
『なぜだ!』
「途中で力を使い切って倒れたくないからだよ」
俺が意識を緩めると、青白い刃はすぐに消えた。
続いてミメシスが黒い靄に包まれ、見慣れた漆黒の基本形態へ戻っていった。
「宝剣の情報は、もうちゃんと記録できたんだよな?」
『当然だ!』
「いつでもこの形になれる?」
『我が望めば、すぐにな!』
《使用者の指示も必要です》
『我が主と我は一心同体だ!』
「さっきまで勝手に箱へ飛びつこうとしてた剣が言うな」
『細かいことを覚えているな!』
開いた透明な箱を見ると、本物の宝剣セレスティアは先ほどと変わらず台の上に残っていた。
「本物は持っていかなくていいのか?」
『我には模倣した姿がある!』
《宝剣セレスティアは施設備品です》
「持っていこうとしたら?」
《窃盗と判断します》
『模倣は窃盗ではないぞ!』
《現時点では、施設から物品が失われていないため問題ありません》
『聞いたか、我が主! 我は何も悪くない!』
「触れろって散々騒いでたけどな」
『結果が問題なければよいのだ!』
《その思考は、事故を起こす者に多く見られます》
『貴様は、いちいち我を怒らせるな!』
カコが青白い印から手を離すと、透明な箱が再びゆっくりと閉じ始めた。
【宝剣セレスティアを再封印します】
「私が開けたことも、記録に残る?」
《肯定します》
「悪いことをした?」
《宝剣は持ち出されていません》
《また、施設内に危険が存在するため、緊急時使用の範囲内と判断します》
「ならよかった」
カコが小さく息を吐くと、俺は元の形へ戻ったミメシスを握り直した。
使えるのは数秒だけで、しかも俺自身にも負担がかかる。
それでも、硬い敵を斬れる新たな切り札が一つ増えた。
『早く強い敵を探しに行くぞ!』
「新しい力を試し斬りしたいだけだろ」
『新たな力は、使わなければ意味がない!』
《無計画な使用は推奨しません》
『紙束は黙っていろ!』
「強い敵なんて、できればいない方がいいんだけどな」
この時の俺は、その願いが少し先であっさりと裏切られることを、まだ知らなかった。




