第27話 黒い本を連れて記録保管庫の奥へ進んだら、カコが古代文明と関係ありそうでした
「コーデックス、この部屋から出られる別の出口はあるか?」
《存在します》
「本当か?」
《ただし、通常経路の大半は現在閉鎖されています》
「閉鎖された扉は開けられないのか?」
《現在の私には、施設管理権限がありません》
「でも、カコへ反応して、俺たちが入ってきた扉は開いただろ?」
《カコには、緊急避難権限を暫定付与しました》
「その権限で、ほかの扉も開けられないのか?」
《使用可能な範囲は限定されています》
「どこまで行ける?」
コーデックスの開かれたページに、地図のような複雑な線が浮かび上がった。
だが、そのほとんどは途中で途切れ、何か所もの赤い印が不規則に点滅していた。
《現在地》
《記録保管庫》
地図の端に、青い点が現れた。
《結界内へ戻る最短経路は、先ほど使用した副搬入口です》
「そこには狼型の魔物が集まってる。別の道を聞いてるんだ」
《確認済みです》
「だから、その確認済みの道以外を探してくれ」
《別経路を検索します》
地図の上に、一本の青い光が伸び始めた。
《記録保管庫中央区画を通過》
《利用履歴保管区画へ移動》
《最終防衛施設を経由》
《外部連絡通路へ到達》
《外部連絡通路の先から、結界外周部へ移動可能です》
「……今、途中にものすごく嫌な名前の場所が入ってなかったか?」
《最終防衛施設です》
「やっぱり聞き間違いじゃなかった。そこは何をする場所なんだ?」
《施設への侵入を防ぐための防衛区画です》
「何かいるのか?」
《記録上は、防衛個体が配置されていました》
「今も動く?」
《不明です》
『動けば斬ればよい!』
「お前は本当に簡単に言いすぎだ!」
「ほかの道はないの?」
カコがコーデックスへ尋ねる。
《現時点で使用できる可能性が確認されているのは、この経路のみです》
「先生の手掛かりもある?」
《利用履歴保管区画には、施設利用者の記録が一部残されている可能性があります》
「行く」
カコは、ほとんど迷うことなく即答した。
「本当にいいのか? 途中には防衛施設まであるんだぞ」
「先生のことが分かるかもしれない」
「危険かもしれないぞ」
「でも、ここにいても魔物がいる」
その言葉に答えるように、入口の扉が再び激しく揺れた。
ドン!
「グルアアアッ!」
確かに、ここへ残っていても、いつまで安全でいられるか分からない。
「……分かった。利用履歴保管区画へ行こう」
俺は痛む身体へ力を込め、ゆっくりと立ち上がった。
「コーデックス。その経路を案内してくれ」
《承認します》
コーデックスはすぐに答えたが、空中に浮かんだまま、まったく動こうとしなかった。
「……どうした?」
《質問の意図が不明です》
「案内するんだろ?」
《経路は表示します》
その言葉と同時に、床へ一本の青白い線が現れ、棚の奥へ向かって伸びていった。
「いや、そうじゃなくて。お前も一緒に来るんじゃないのか?」
《私を移動させる必要性がありません》
「ここへ置いていったら、あとで先生のことや施設のことを聞けないだろ」
《私の本体機能は、施設記録領域に存在します》
《この本は、対話用端末です》
「じゃあ、別の場所でも話せるのか?」
《施設内接続が正常であれば可能です》
「でも、正常じゃないんだろ?」
《肯定します》
「だったら連れていく」
《その判断には合理性があります》
「最初からそう言ってくれ」
俺は、空中に浮かぶ黒い本へ手を伸ばした。
《警告します》
「今度は何だ?」
《乱暴に扱わないでください》
「扱わない」
《ページを折らないでください》
「折らない」
《液体をこぼさないでください》
「持ってるのは水くらいだ」
《飲食物から離してください》
「細かいな!」
『面倒な紙束だな!』
《あなたよりは静かです》
『なんだと!』
俺が本へ手を伸ばした瞬間、コーデックスはふわりと上へ浮かび、俺の手から逃れた。
「持っていくんじゃないのか?」
《自律浮遊機能が使用可能です》
「それなら最初から、自分で浮いてついてこい!」
《説明を求められなかったため、回答しませんでした》
「お前、わざとやってないか?」
《そのような機能はありません》
『絶対に嘘だ!』
コーデックスは俺ではなく、カコの隣へ移動した。
《私はカコに随行します》
「どうして俺じゃないんだ?」
《あなたに対する権限情報は確認できません》
「カコは?」
《カコの血統情報の一部が、施設登録情報と一致しています》
俺とカコは、ほとんど同時に黒い本へ目を向けた。
「一致してる?」
《肯定します》
「何と一致してるんだ?」
《記録領域の損傷により、詳細は不明です》
「またそれか……」
《ただし》
コーデックスの声が、ほんの少しだけ低くなった。
《カコが、アエテルヌムと無関係である可能性は極めて低いと判断します》
「私が?」
カコが、自分の胸に手を当てた。
「アエテルヌムって、古い人たちのこと?」
《文明名称です》
「先生は、古い人たちのことを少し教えてくれたよ」
《どのような内容ですか》
「昔、すごいものをたくさん作った人達で、でも、もういなくなった」
「遺跡に残ってる物は、勝手に壊してはいけない」
「使い方が分からない物には、触ってはいけない」
そこで、カコが俺へ目を向けた。
「ケイは、たくさん触ってる」
「俺だって好きで全部触ったわけじゃない!」
『結界には自分から触っただろう』
「お前だって、その結界を斬っただろ!」
《結界を斬った?》
コーデックスのページがぴたりと止まり、青白い光が俺とミメシスへ向けられた。
「そういえば、その説明はしてなかったな」
《初耳です》
『我が斬った!』
ミメシスが、誇らしげに刀身を震わせた。
『誰も通れぬ巨大な結界へ、我が立派な道を作ってやったぞ!』
「自慢するところじゃない!」
《損傷規模を回答してください》
「高さは四メートル近い」
《幅は》
「二メートル近い」
コーデックスが、急に沈黙した。
「……どうした?」
《情報を再確認しています》
《高さ四メートル近く》
《幅二メートル近く》
「そうだ」
《質問します》
《なぜ、その規模になるまで斬撃を継続したのですか》
「一回しか斬ってない!」
『我の力が予想以上だったのだ!』
《否定します》
《現在のあなたには、その規模の結界を単独で切断できる出力はありません》
『なんだと、紙束!』
「実際、お前も最初は細い傷しか入れられなかっただろ」
《結界補助装置の誤作動が、損傷を拡大させた可能性があります》
「直せるか?」
《現物を確認する必要があります》
「戻ったら見てもらえる?」
《可能です》
「閉じられる可能性は?」
《現時点では回答不能です》
閉じられるとは言わなかった。
それでも、何も分からなかった時よりは、手掛かりが一つ増えた。
「まずはここから出よう。先生の記録と、結界を直す方法の両方を探す」
「うん」
《承認します》
俺たちは床に現れた青白い線を追い、巨大な棚の奥へ向かって歩き始めた。
コーデックスはカコの隣を浮かび、ミメシスは俺の背中の鞘に収まっている。
後ろでは、狼型の魔物たちが何度も入口の扉へ体当たりしていた。
ドン!
ドン!
その重い音を背後に聞きながら、俺たちは記録保管庫のさらに奥へ進んでいった。




