第3話 目を覚ましたら、プラチナブロンドの少女に看病されていました
夢を見た。
いや、あれが本当に夢だったのかどうかは、今でもよく分からない。
見慣れた工場の中では、巨大な機械が動き続ける音が響いていた。
決められた時間に起きて着替え、仕事へ向かう。
一日働いて疲れた身体で家へ戻り、飯を食べて風呂へ入り、そのまま眠る。
そして朝になれば、また同じ一日が始まった。
そんな毎日を繰り返しているうちに、気づけば俺は三十歳近くになっていた。
別に、不幸だったわけではない。
食べる物はあり、眠るための家もあった。
休みになれば、好きなことだって少しくらいはできていた。
ただ、これまでの人生を振り返ってみると、俺には何一つ残っていなかった。
何か大きなことを成し遂げたわけでもなく、誰かに必要とされていたわけでもない。
明日が来ることを、心から楽しみにしていたわけでもなかった。
ただ今日を終え、また明日を生きる。
それだけを、毎日のように繰り返していただけだった。
だから、オーガの棍棒を前にしたとき、俺は思った。
……ここでもまだ、何もしていない。
せっかく、もう一度別の人生を生きる機会を得たのに。
知らない世界へ来て、前とは違う人生を歩けると思っていたのに。
結局、俺はまた何もできないまま死ぬのか。
それだけは、どうしても嫌だった。
今度こそ。
今度こそは……。
◇
最初に感じたのは、身体を包む暖かさだった。
身体の下には地面ではなく、柔らかな何かが敷かれている。
鼻をくすぐったのは、乾いた草と薬が混ざったような匂いだった。
どこか近くでは、薪が小さくはぜる音が聞こえていた。
パチッ。
パチパチッ。
「……ん……ここは……」
重い瞼をゆっくり開くと、ぼんやりと木で組まれた天井が見えた。
どうやら森ではなく、どこかの建物の中にいるらしい。
声を出した瞬間、喉に焼けるような痛みが走り、俺は反射的に身体を起こそうとした。
「痛っ……!」
「動かないで」
「……え?」
すぐ近くから少女の声が聞こえ、俺は声のした方へ顔を向けた。
そこでは少女が俺の顔を覗き込んでおり、あと少し動けば鼻先が触れそうなほど近くにいた。
「……気が付いた?」
「うおっ!?」
驚いた俺は反射的に身体を起こし、少女と額をぶつけた。
ゴンッ!
「いたっ!?」
「痛っ……! な、なんでそんな近くに顔を寄せてるんだよ!」
少女は背中を向けてうずくまりながら答えた。
「呼吸を確認してた」
「呼吸なら、もう少し離れてても分かるだろ!」
「起きたかと思ったから」
「だったら先に声をかけてくれ!」
「かけたよ」
「聞こえてなかったんだよ!」
少女は額を押さえたまま、少し恨めしそうに俺を見た。
年齢は十代半ばほどで、非常に長い淡いプラチナ色の髪と、白い肌をしている。
派手さのない簡素な服を身につけ、整った顔立ちをしているが、表情はあまり変わらない。
ただ今は、額をぶつけた痛みのせいか、ほんの少しだけ涙目になっていた。
「……悪かった。俺も驚いて、反射的に起きちゃったんだ」
「痛かった」
「俺もかなり痛かったぞ」
「ケイの頭、硬い」
「……ちょっと待て。何で俺の名前を知ってるんだ?」
少女がベッドの横を指さすと、そこには俺が身につけていた革袋と、血のついた服が置かれていた。
「服の内側に、名前が書いてあった」
「あぁ……そういえば、盗まれた時のために自分で書いたんだった」
「ケイで合ってる?」
「ああ。俺はケイだ。改めて、自分から名乗っておく」
「知ってる」
「だから、それは分かってる。今のはちゃんとした自己紹介だよ」
「そう」
「……じゃあ、そっちの名前も聞いていいか?」
少女は、少しだけ間を置いてから答えた。
「カコ」
「カコ、か。俺を助けてくれたのはカコなんだな?」
「森で倒れてたから」
「俺を、この家まで運んでくれたのか?」
「引きずった」
「……引きずったのかよ」
「重かった」
「それは本当に悪かった。でも、できればもう少し優しく運んでほしかったな」
「途中で何度も木の根にぶつかった」
「もしかして、身体中が痛い原因の何割かは、それじゃないよな?」
「落ちた傷の方が多いと思う」
「……だよな。それを聞いて少し安心した」
俺は自分の身体を確認すると、胸や腹、腕など何か所にも包帯が巻かれていた。
右脇には木の板が当てられ、しっかりと固定されている。
「これ、骨は大丈夫なのか?」
「たぶん折れてない」
「『たぶん』って、ものすごく不安なんだけど」
「少しひびが入ってるかもしれない」
「それ、ほとんど折れてるのと同じじゃないか?」
「動かさなければ治る」
「ずいぶん簡単に言うな……」
それでも、俺は生きていた。
オーガの棍棒を受け、強制転移させられ、空から落下したというのに、今もこうして息をしている。
その事実が、今になってゆっくりと胸の奥へ染み込んできた。
「……俺、本当に生きてるんだな」
「うん」
「あんな目に遭ったのに、まだちゃんと生きてる」
「死んでたら起きないよ」
「それはそうなんだけど……言い方がものすごく冷静だな」
あまりにも当然のように言われ、思わず笑いそうになった瞬間、脇腹へ鋭い痛みが走った。
「痛っ……笑うだけでも痛いのか」
「だから動かないで」
「分かった。できるだけ大人しくしてる」
「笑うのも駄目」
「いや、それはさすがに無理だろ」
「傷が開く」
「だったら、俺を笑わせないようにしてくれ」
「何も面白いこと言ってないよ」
「……そういうところなんだけどな」
カコは、よく分からないというように小さく首を傾げた。




