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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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第24話 魔物の群れから逃げたら、カコの血統で扉が開きました

 俺は倒れた魔物の口から長槍をゆっくり引き抜き、血に濡れた穂先を荷物から取り出した布で拭った。


「この槍は、もうミメシスの中へ記録されたんだよな?」


『当然だ』


「いつでも、またこの形へ変えられる?」


『先ほどの片手剣と同じように、いつでも呼び出せる』


「じゃあ、最後に出た青白い光も使えるのか?」


『知らん!』


「そこは知らないのかよ!」


『槍へ残っていた機構が、一度だけ動いただけだ!』


「もう一度使えるかどうかは?」


『使ってみれば分かる!』


「戦いの途中で動かなかったら困るだろ」


『そのときは普通に突け!』


「結局、最後は俺次第か」


『武器とは、そういうものだ!』


 長槍が黒い靄に包まれ、長かった柄が縮んでいく。


 穂先も形を崩し、数秒後、ミメシスは元の漆黒の剣へ戻った。


『これで我は、二つの武器を得た』


「安物の剣と、壊れた槍だな」


『その呼び方には悪意がある!』


「元の状態は事実だろ」


『次は名剣を探せ!』


「この迷宮に、そんな都合のいい物が本当にあるのか?」


『ある!』


「根拠は?」


『我がそう感じる!』


「また感覚だけか」


『今度こそ当たる!』


「今、『今度こそ』って言ったな?」


『細かいことを気にするな!』


 そのとき、通路の奥から別の唸り声が聞こえた。


「グルルル……」


 続けて、もう一つの唸り声が響いた。


「グルルルル……」


 俺とカコは同時に通路の奥を見た。


 一匹ではない。複数の爪が黒い床を叩く音が、こちらへ近づいていた。


「仲間?」


 カコが尋ねる。


『先ほどの戦闘音を聞きつけたのだろう』


「何匹いる?」


『分からん』


「見に行く?」


「行かない」


 俺は即答した。


「今の一匹だけで、この有様だ。同じ奴が何匹も来たら、今の俺たちじゃまともに戦えない」


 肩や胸の傷に加え、右脇も痛み、両腕は痺れている。


 あの魔物が何匹も同時に来れば、勝てるとは思えなかった。


「結界へ戻る?」


 俺は後ろを振り返った。


 遠くに開いた裂け目から、森の光が差し込んでいる。


 戻ろうと思えば戻れる。


 だが……。


「今すぐ結界へ戻ったら、あいつらまで裂け目を通って森へついてくるかもしれない」


「じゃあ、どうする?」


「まず隠れられる場所を探そう。扉でも、別の部屋でもいい」


『左だ』


 そのとき、ミメシスが突然口を開いた。


「何かあるのか?」


『壁の向こうから、わずかに空気が流れている』


「扉か?」


『おそらくな』


「本当に?」


『感覚だ!』


「今一番聞きたくなかった答えだよ」


 それでも、ほかに手掛かりはない。


 俺たちは左側の壁を調べながら、青白い線が流れる通路を進んだ。黒い壁には、ほとんど継ぎ目が見えない。


「本当に何もないぞ」


『もう少し先だ』


「本当にあるんだろうな?」


『我を信じろ!』


「薪を……」


『いつまで言うつもりだ!』


「ここ」


 カコが足を止め、壁の一部を指さした。


 そこだけ、青白い線が四角形を描くように折れ曲がっていた。


「確かに、扉みたいに見えるな」


 近づいて確かめたが、取っ手はなく、押しても動かなかった。


「開かないぞ」


『もっと力を入れろ!』


「入れてる!」


『弱い!』


「だったらお前が押せ!」


『腕がない!』


「だったら黙ってろ!」


「ここに、手の形がある」


 カコが扉の横を指さした。


 青白い線の内側には、人の手を置けるほどの小さなくぼみがあった。


「俺が触る」


「また手が離れなくなるかもしれない」


「だから俺がやるんだ」


「私がやる」


「駄目だ。何が起きるか分からない」


「触るのは一瞬だけにするから」


「それでも俺がやる」


「本当に大丈夫?」


「ああ。変な反応が出たら、今度こそすぐ離す」


『急げ』


 ミメシスの声が低くなると、通路の奥に赤い光が浮かび始めた。


 二つ、四つ、六つと増えていき、そのさらに後ろにも、まだ何かがいる。


「時間がないな」


 俺はミメシスを左手へ持ち替え、手の形をしたくぼみへ右手を押し当てた。


 冷たい感触と同時に、青白い光が指先から手首へ広がっていく。


【外部生命体 _ _ 検出】


「またこれか!」


【登録情報 _ _ 不一致】


【権限情報 _ _ 該当なし】


「やっぱり俺じゃ開かない!」


「ケイ、手を離して」


「動かない! また吸いついてる!」


 右手が、壁から離れない。


「この迷宮、俺の手を掴むのが好きなのか!」


『好かれているな、我が主!』


「まったくもって、嬉しくない!」


【随伴個体 _ _ 確認】


「随伴個体?」


 青白い光が俺の腕を伝って伸び、隣にいるカコへ向かっていく。


「カコ、下がれ!」


「動けない」


 光がカコの身体を包み、髪や顔、胸元、両手を確かめるように明滅した。


【血統情報 _ _ 照合】


【該当情報 _ _ 検出】


【記録領域の損傷により詳細照合不能】


【保護対象候補として暫定登録】


「カコの血に反応してるのか?」


【緊急避難権限 _ _ 付与】


【記録保管庫・副搬入口を開放】


 壁の奥から、ゴゴゴゴゴ……という低い音が響いた。


 四角形を描いていた青白い線が一斉に強く輝き、黒い壁の一部がゆっくりと奥へ沈んだあと、横へ滑っていった。


 それと同時に、右手を壁へ固定していた力が消えた。


「手が離れた……!」


 扉の向こうには暗い部屋が広がり、その奥には何本もの棚の影が並んでいた。


『入れ!』


 ミメシスが叫ぶと同時に、狼型の魔物たちが一斉に黒い床を蹴った。


「ガアアアアッ!」


 爪が黒い床を叩く音が、こちらへ迫ってきた。


「カコ!」


 俺は自由になった右手で、カコの手を掴んだ。


「一緒に入るぞ!」


「うん!」


 俺たちは二人で、暗い部屋へ飛び込んだ。


「扉を閉めろ!」


『我に言うな! 腕が腕がない!』


「分かってる!」


「ここ」


 カコが扉の内側にある青い光へ触れると、黒い扉がゆっくりと動き始めた。


 その向こうでは、狼型の魔物たちが赤い目を輝かせ、牙を剥きながら前脚を伸ばしてこちらへ走ってくる。


「早く閉まれ!」


 扉の隙間が少しずつ狭まる中、一匹の魔物が入口へ向かって飛びかかった。


 だが、その直前に黒い扉が完全に閉じ、ドンという激しい衝撃が外側から伝わってきた。


 続けて、爪が扉を引っかくガリガリガリッという音が響く。


「……これ、本当に開かないよな?」


『今のところはな』


「不安になる言い方をするな!」


 扉は何度か激しく揺れたが、開く様子はなかった。


「……助かった」


 俺は力が抜けたように、その場へ座り込んだ。

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