↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/125

第23話 異世界で何もできなかった俺が、初めてカコと一緒に魔物を倒しました

 数か月前、俺は見知らぬ森の中で目を覚ました。


 最初に感じたのは、背中へ触れるひんやりとした土の感触だ。


 次に目に映ったのは、前世では一度も見たことがないほど巨大な木々と、枝葉の隙間から差し込む柔らかな朝の光だった。


 何が起きたのか分からないまま身体を起こそうとして、俺はすぐに強烈な違和感へ気づいた。


 腕が細く、手も小さい。着ている服も、自分が知っている物ではない。


 近くには、雨水でも溜まったのだろう、小さな水たまりがある。


 そこへ顔を映すと、十六歳ほどの少年がこちらを見返していた。


 もちろん、俺の知っている顔ではない。


 少なくとも、三十歳近くまで生きた前世の俺とは、まったく似ていなかった。


 そこで初めて、自分が別の世界へ来たのではないかと考える。


 いや、本当にそれを理解できたのは、もう少し後だったのかもしれない。


 森の中を何時間もさまよい、ようやく細い街道へ出たところで、通りかかった荷馬車に助けられた。


 俺はそのまま、近くの町まで連れていってもらう。


 馬に似た生き物が荷車を引き、町へ近づいたころ、腰へ剣を下げた男たちが当たり前のように道を歩いていた。


 町の入口では、門番が水晶へ手を触れ、俺の身体を何か調べている。


 そこまで見て、ようやく夢でも映画の撮影でもないと認めるしかなくなった。


 幸いだったのは、この世界の言葉を話せたことだ。


 文字はほとんど読めなかったが、相手の言っていることは分かり、自分が話した言葉もきちんと伝わった。


 なぜそんなことができるのか考えてみたが、答えは出ていない。


 もっとも、その答えを探している余裕などなかった。


 金もなければ、食べ物もない。帰る場所も、頼れる相手もいなかった。


 異世界へ来た初日、俺は空腹で倒れかけて、 荷馬車の御者が固いパンを一つくれなければ、たぶん本当に最初の日で死んでいただろう。


 前世で読んだ物語には、異世界へ行けば特別な力を与えられる話が多い。


 だから俺も、少しくらい何かあるのではないかと期待していた。


 だが、何もなかった。


 魔法を使おうと手を前へ出してみても、火も水も何ひとつ現れない。


 身体能力が特別に高いわけでもなく、重い荷物を持てば普通に疲れる。木剣を握ってみても、構え方さえ分からなかった。


 俺が持っていたものは、若い身体と前世の記憶だけだ。


 町へ着いてからの最初の三か月は、ただ生きるだけで精いっぱいだった。


 宿代を払えず、厩の隅を借りて眠りて、朝から夕方まで荷物を運び、掃除をして、壊れた木箱を直した。


 前世で工場勤務だった俺だが、釘を一本まともに打つだけでも難しく、最初は何度も自分の指を叩いた。


 それでも働けば、食事を食べられる。


 食べる量を少しずつ減らして金を貯めながら、文字や数字、道具の扱い方も覚えていった。


 前世と似ている部分もあったため、それらはほかのことより少し早く身につけることができた。


 四か月目に入った頃、俺は冒険者ギルドへ向かった。


 荷運びを続けるだけでは、いつまで経ってもまとまった金が貯まらない。


 冒険者になれば、魔物を倒して大金を稼げる。


 そんな甘い考えが少しもなかったと言えば、嘘になる。


 だが、現実は当然ながら、それほど甘くはなかった。


 俺のような初心者が受けられるのは、町の外で薬草を集めたり、畑を荒らす小動物を追い払ったりする仕事ばかりだ。


 初めて剣を買ったときも、三か月かけて貯めた金で手に入れられたのは、安物の片手剣だった。


 それでも、何も持っていなかった俺にとっては、大切な最初の剣だ。


 毎晩、宿の裏で剣を振る。


 見よう見まねで構え、腕が上がらなくなるまで素振りを続けた。


 前世の知識があれば、もっと簡単に強くなれる。


 最初はそう思っていた。


 だが、知識があっても、身体は思い通りには動いてくれない。


 剣を振れば腰が引け、魔物を前にすれば足が震える。


 初めてゴブリンと遭遇したとき、俺は剣を抜くことさえできない。


 同行していた冒険者が倒してくれなければ、俺はそこで死んでいた。


「向いてないんじゃないか?」


 その冒険者にもそう言われ、俺自身も同じことを思う。


 それでも、冒険者をやめることはできなかった。


 ほかに、この世界で生きていく方法を知らなかったからだ。


 それから一か月ほど経った頃には、少しだけ魔物にも慣れ、弱い相手なら一人で倒せるようになっていた。


 何度か依頼を成功させたことで、俺は自分が強くなったのだと勘違いし始める。


 だから、普段なら近づかない森の奥へ進み、そこで見つけた迷宮へ入った。


 少しくらいなら大丈夫だ。危なくなったら引き返せばいい。


 そんなふうに考えていた。


 今思えば、本当に笑えるほど馬鹿な判断だ。


 出会ったオーガは想像していたよりも、はるかに動きが速かく。


 見つかった瞬間に逃げ道を塞がれ、必死に走っても簡単に追いつかれた。


 何度も地面を転がり、最後には巨大な棍棒を振り下ろされて、そして俺は、結界の中へ落ちた。


 そこでカコと出会い、ミメシスを手に入れた。


 本来なら死んでいたはずの俺が、今もこうして生きている。


 だが、この世界へ来てから、まだ数か月しか経っていない。


 俺はこの世界について、ほとんど何も知らなかった。


 冒険者としても、駆け出しに少し毛が生えた程度にすぎない。


 ミメシスがなければ、さっきの狼型の魔物も倒せなかったと思う。


 それでも、俺は震えている右手を強く握り締めた。


 今度は一人ではない。


 俺の後ろには、外の世界を何も知らないカコがいて、俺が逃げれば、カコを危険にさらすことになる。


 この数か月でまだ十分に強くなれていないのなら、これから強くなればいい。


 少なくとも、オーガを前に何もできなかったあのときと、同じ俺のままではいられない。


     ◇


「傷を見せて」


 カコの声で、意識が現在へ引き戻された。


 裂けた服をずらされ、肩や胸の傷を確認される。


「痛い?」


「少しだけ」


「嘘」


「……かなり痛い」


「最初からそう言って」


 薬草が、傷口へ押し当てられた。


「痛っ! それ、本当にものすごく染みるぞ!」


「動かないで」


「動いてないけど、これは声くらい出るだろ!」


「薬草が傷に効いてるから」


『情けない声を出すな、我が主』


「お前には痛みがないから、そんなことが言えるんだ!」


『我も先ほど噛まれたぞ!』


「傷一つ付いてないだろ!」


『心が傷ついた!』


「剣に心があるのか?」


『当然だ!』


「口はないのに?」


『口と心は別だ!』


 カコの手が一瞬止まり、俯いた彼女の口元がほんの少し緩んだように見えた。


「今、笑ったか?」


「笑ってない」


「いや、絶対少し笑っただろ」


「動かないで」


 包帯を、少し強く締められた。


「痛っ! 今のはわざとじゃないか?」


「動いたから」


「本当に?」


「何のこと?」


『小娘も、なかなかやるではないか!』


「お前は黙ってろ!」


 治療が終わると、俺は黒い床へ倒れている魔物を見た。


「カコ、さっきは助かった。瓦礫を投げてくれただろ」


「音が出ただけ」


「それで十分だった。あの一瞬がなかったら、槍を深く押し込めなかった」


 カコは、自分が投げた瓦礫と倒れた魔物を順番に見た。


「カコも一緒に戦ったんだ」


「私も?」


「ああ」


「武器を持ってないのに?」


「俺を助けてくれた。それだって、ちゃんと戦ったうちに入るだろ」


 カコは少し考えたあと、俺へ顔を向けた。


「役に立てた?」


「すごく助かった」


「そう」


 返事は短かったが、ほんの少しだけ嬉しそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。