第22話 壊れた槍を模倣したら、ようやく魔物を倒せました
背後から、鋭い爪が黒い床を叩く音が、凄まじい速さで迫ってくる。
ガッ、ガッ、ガッ。
「速い!」
「前だけ見ろ、カコ! 槍まであと少しだ!」
『追いつかれるぞ!』
「分かってる!」
残り六歩、五歩、四歩。
壊れた槍が少しずつ近づいてくる。
『後ろだ!』
「カコ、先に槍のところへ行け!」
俺はカコの手を離し、その場で振り返った。
同時に、狼型の魔物が大きく跳び、俺へ飛びかかってきた。
「はぁっ!」
俺はミメシスを両手で構え、飛び込んできた牙を黒い刀身で受け止めた。
ガキン!
「ぐっ……!」
強烈な衝撃で右脇の傷が再び痛み、魔物が首を振るたびに、俺の身体まで剣ごと引っ張られた。
「ケイ!」
「槍のところまで行け!」
「でも!」
「いいから早く! 俺もすぐそっちへ行く!」
カコが槍の方へ走ると、その動きを見た魔物の赤い目がすぐに彼女を追った。
魔物はミメシスから牙を離し、そのままカコへ向かおうとする。
「こっちを見ろ!」
俺は魔物の鼻先へ、思いきり蹴りを入れた。
「ギャウッ!」
大した威力はなかったが、魔物の注意を俺へ引き戻すことはできた。
直後、前脚が横から振るわれ、俺は身体を沈めて避けようとした。
だが完全には避けきれず、鋭い爪が肩を掠めた。
「っ!」
服が裂け、赤い血が飛んだ。
それでも俺は後ろへ下がり続け、少しずつ槍との距離を縮めていく。
「カコ!」
「ここ!」
壁際では、カコが俺へ手を伸ばしていた。
そのすぐ横には、瓦礫に挟まれた壊れた長槍があった。
残り三歩、二歩。
俺は魔物から目を離さないまま、さらに後退した。
「カコ、そこから少し下がれ!」
カコが槍から離れると、俺は左手を後ろへ伸ばした。
「もう少し右!」
「こっちか?」
「もっと!」
指先が、冷たい金属へ触れた。
「これだ!」
俺は折れた槍の柄を掴み、右手に持ったミメシスを穂先へ押し当てた。
キィンという澄んだ音が響き、直後、ミメシスの黒い刀身から黒い靄が一気に流れ出す。
靄は折れた槍へまとわりつき、穂先や折れた柄、表面の傷、刻まれた細い線まで、すべてを包み込んだ。
何本もの細い靄が、穂先から柄の断面までを確かめるようになぞり、そのまま内部へ入り込んでいく。
「グルアアアッ!」
狼型の魔物が、再びこちらへ突進してきた。
「ミメシス、早くしろ!」
『急かすな!』
「このままだと食われる!」
『模倣には必要な手順があるのだ!』
槍を包んだ黒い靄が、心臓のように一度だけ大きく脈打った。
【武装情報 _ _ 検出】
【種別 _ _ 長槍】
【材質 _ _ 黒鋼】
【用途 _ _ 施設警備】
【損傷率 _ _ 六十八パーセント】
【残存情報 _ _ 解析開始】
【原形推測 _ _ 完了】
【内部機構 _ _ 一部復元可能】
【武装情報 _ _ 保存】
【模倣 _ _ 開始】
「来る!」
カコが叫ぶと、狼型の魔物が黒い床を蹴り、大きく口を開いて鋭い牙を剥き出しにしたまま、俺の頭へ迫ってきた。
『完了だ!』
槍を覆っていた黒い靄が、一斉にミメシスへ吸い込まれた。
俺の手の中で黒い剣の形が崩れ、柄が一気に伸びる。刀身は細く変化し、その先端には鋭い穂先が形成された。
完成した漆黒の長槍には、柄から穂先まで青白い細い線が走っていた。
俺は壊れた槍から左手を離し、伸びたミメシスの柄を両手で握り直した。
『突け、我が主!』
「やるっきゃ、ないだろ⤴︎!」
俺は長槍を両手で構え、飛びかかってきた魔物へ真っすぐ穂先を向けた。
避ける時間はないなら、魔物自身の勢いをそのまま利用する。
大きく開かれた口へ槍の穂先が入り、ズドッという重い音が響いた。
「ギャアアアアッ!」
長槍が魔物の口の中へ突き刺さったが、巨体の勢いは止まらなかった。
「ぐっ……!」
魔物の身体が槍ごと俺へぶつかり、両足が黒い床を滑った。
槍の柄が、俺の胸へ強く押しつけられる。
『離すな!』
「こんな状態で離せるか!」
狼型の魔物は、前脚の爪を俺の腕へ届かせようと何度も振り回し、激しく暴れ続けた。
槍の穂先は口の中へ刺さっているが、まだ浅い。
「ケイ!」
カコが、床に落ちていた瓦礫を拾い上げた。
「カコ、近づくな!」
「わかってる!」
カコはその場から、瓦礫を魔物へ向かって投げた。
カンッという硬い音が響き、瓦礫は魔物の身体には当たらず、黒い床へ強くぶつかった。
その大きな音に反応し、魔物の赤い目が一瞬だけ音のした方向へ動いた。
「今だ!」
『押し込め、我が主!』
「はぁぁぁっ!」
俺は槍を握り締め、全体重を前へかけた。
穂先がさらに深く食い込んだ瞬間、長槍に刻まれた青白い線が強く輝いた。
【貫通補助機構 _ _ 一時起動】
「なっ……!」
槍の穂先から青白い光が放たれ、ズドンという鈍い衝撃音とともに、魔物の頭部を内側から貫いた。
「ギャッ……!」
巨体が一度大きく跳ねたあと、前脚から力が抜け、そのままドサッと黒い床へ倒れ込んだ。
赤い目に宿っていた光が、ゆっくりと消えていく。
「はあ……はあ……本当に、倒したのか……?」
俺は長槍を握ったまま、しばらくその場から動けなかった。
『勝ったぞ!』
ミメシスが大声で叫ぶ。
『見たか、我が主! これこそが我の力だ!』
「最後に突いたのは俺なんだけどな……」
『我が槍へ変わらなければ勝てなかったであろう!』
「それは認める。今回は本当に助かった」
『さぁ褒めろ! もっと褒めろ!』
「調子に乗るな」
戦いが終わったと理解した瞬間、全身から一気に力が抜け、俺はその場へ尻もちをつくように座り込んだ。
「ケイ!」
カコがすぐに駆け寄る。
「怪我は?」
「少し爪が掠っただけだ。大したことは……」
「少しじゃない」
カコは、爪で裂かれた俺の服と、そこから流れ出る血を見つめた。
「薬を塗る」
「今ここでか?」
「今すぐ」
「でも、ここにとどまってる方が危なくないか?」
「血が出てる」
「それはそうだけど……」
「座って!」
「はい!」
強い声に反射的に姿勢を正し、俺は黒い床の上へ座り直した。
カコが荷物から薬草と包帯を取り出す間、俺は自分の手を見た。
槍を握っていた両手は、小さく震えていた。
戦っている最中は気づかなかったが、あれほど大きな魔物と命懸けで戦い、本当に倒したという実感が、今になって身体の奥から遅れて込み上げてきたらしい。
考えてみれば、俺がこの世界へ来てから、まだ一年も経っていない。
それどころか、数か月前までは剣をまともに握った経験さえなかった。




