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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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第18話 森の結界の先には、俺がいた迷宮とは別の黒い通路がありました

 さらに森の奥へ進むにつれて、周囲の景色が少しずつ変わり始めた。


 木々の間隔は狭くなり、それまで地面を覆っていた草も少なくなっていく。


 森を流れる空気も、これまでよりほんの少しだけ冷たく感じられた。


「カコ、もう結界の端は近いのか?」


「もう少し」


 先頭を歩くカコの足取りが、それまでより少しだけ遅くなった。


「疲れたなら休むぞ?」


「違う。ここに来るのが久しぶりだから」


 先生が外へ出てから、カコは一度も結界の端へ近づいていなかったらしい。


「どうして、ずっと来なかったんだ?」


「来ると、先生のことを思い出すから」


「……そうか」


「それに」


 カコは前を向いたまま、静かな声で言葉を続けた。


「向こうを見ると、行きたくなる」


「結界の外へ?」


「うん」


「外は、どんな場所なんだ?」


 カコは昔見た景色を思い出すように、少しだけ考え込んだ。


「向こうは暗いけど、ただ暗いだけじゃないよ」


「どういうことだ?」


「壁に青い光が流れてる」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はオーガに追われていた迷宮を思い出した。


 俺がいたのは、灰色の石壁とひび割れた床が続き、壁に松明が掛けられた古びた石造りの迷宮だった。


 カコが今話している場所とは、何もかもが違っている。


「俺がいた迷宮とは、まったく違うな」


「違うの?」


「ああ。俺がいた場所は石造りで、壁には松明があった。青い光が流れてるような場所じゃない」


 どうやら俺は、オーガに襲われた迷宮から別の場所へ飛ばされたらしい。


 あの魔法陣は周辺の安全領域を探したものの、該当する場所が見つからず、遠隔保護領域を検出したと言っていた。


 だが、その「遠隔」が単純な距離だけを意味していたとは限らない。


「外へ行くのはやっぱり怖いか? それでも行きたい?」


「怖いけど、先生を探したい」


 その答えに迷いはなく、きっとずっと前から何度も考え続けた末に出したものなのだろう。


『ならば、見つければよい』


 ミメシスが、当然のように言った。


『結界を斬って外へ出て、あの男を探せばよいのだ』


「簡単に言うな。向こうに何がいるかも分からないんだぞ」


『我がいる!』


「薪もまともに斬れなかったのに?」


『その話を何度すれば気が済む!』


「お前が強くなるまで」


『我が主次第ではないか!』


 カコの口元に、ほんの少しだけ笑みが浮かんだ。


「ミメシスがいれば、暗い場所でも静かじゃないね」


『当然だ!』


「それ、たぶん褒めてないぞ」


『褒められている!』


「本人が否定してないんだから、そういうことにしておくか」


 ミメシスは少しも疑うことなく、自信満々に答えた。


     ◇


 森を歩き始めてから一時間ほど経った頃、先頭を歩いていたカコが急に足を止めた。


「着いた」


 その言葉と同時に前方の木々が途切れ、その先には灰色の土が剥き出しになった空間が広がっていた。


 そのさらに向こうに見えたものは、森の続きではなかった。


「……何だ、ここ」


 俺は目の前に広がる光景を見て、思わず息を呑んだ。


 何もない空間を境に、世界そのものが完全に分断されている。


 こちら側にあるのは、木々と土と草に覆われた森だった。


 しかし、その向こう側には黒い床と壁と天井で構成された通路が、一直線に奥へと続いている。


 床も壁も天井も、光を吸い込むような黒い材質で作られていた。


 石のようにも見えるが、表面には金属に似た僅かな光沢がある。


 ほとんど継ぎ目が見当たらず、まるで一つの巨大な塊から削り出されたような場所だった。


 壁には細い青白い光が何本も走り、一定の間隔で明滅を繰り返しながら、黒い通路の奥へと流れている。


 天井には円形の黒い板がいくつも埋め込まれ、床からは壊れた柱が斜めに突き出していた。


 長い間、誰にも使われないまま放置されていた場所に見えた。


 それなのに、壁を流れる青白い光だけは、今も生きているかのように明滅を続けていた。


「これも迷宮……なのか?」


 そこは、俺が知っている迷宮とは何もかもが違っていた。


「ケイがいた場所?」


「違う。これは俺がいた迷宮とは、まったく別の場所だ」


「どこが?」


「全部だ。こんな黒い材質も、壁を流れる光もなかった」


『……懐かしい』


 ミメシスが、ぽつりとつぶやいた。


「懐かしい?」


『……なぜ、そう言ったのか分からん』


「またかよ」


『この場所を知っているわけではない!』


 ミメシスは、自分でも戸惑っているような、少し苛立った声を漏らした。


『だが、この黒い壁も、流れる光も、この空気の匂いさえも、なぜか知っているような気がする』


「記憶が戻りかけてるんじゃないのか?」


『それも分からん』


「本当に何も分からない剣だな」


『うるさい!』


 俺とミメシスが話している間、カコは黒い通路をじっと見つめていたが、やがて落ち葉が積もったところでしゃがみ込んだ。


「ここ」


「どうした?」


「先生が調べてた場所」


 カコが積もった落ち葉を両手で払いのけると、その下から黒い金属製の棒が一本現れた。


「これが、先生が使ってた棒か?」


「うん」


 周囲を探すと、同じ黒い棒が次々と見つかった。


 全部で六本あり、森と黒い迷宮の境目を囲むように、円形に配置されている。


 さらに棒と棒の間の地面には、消えかけた複雑な線が刻まれていた。


「先生は、この場所をずっと調べてたんだな」


「最後の日も、ここにいた」


「先生が外へ出た日か?」


「うん」


 カコは、六本の棒に囲まれた中央を指さした。


「ここに立ってたよ」


 そこには、地面に刻まれたすべての線が一か所へ集まっていた。


「そのあと、先生は何をした?」


「結界に触った」


「どこを?」


「そこ」


 カコは立ち上がると、何もない空間を指さした。


 その高さは俺の胸の辺りで、よく見ると、そこだけ空気が僅かに揺らいでいる。


「先生は、ここへ手を置いたんだな?」


「うん」


「そのあと、何が起きた?」


「棒と地面の線が光った」


「それから?」


「すごく明るくなって、何も見えなくなった」


 カコの声が、ほんの少しだけ小さくなった。


「光が消えたときには、先生はいなかった」


 先生は、黒い棒と地面に刻まれた模様を使い、結界を一時的に通り抜けて、この場所から外へ出たのだろう。


 そう考えるのが自然だった。


「ここが、結界の継ぎ目なのかもしれないな」


『可能性は高い』


 ミメシスが、低い声で答えた。


「先生が触れた場所なら、少し触るくらいなら大丈夫だと思うか?」


「分からない」


 カコが、俺の服の裾を掴んだ。


「先生は触れたけど、ケイは先生じゃない」


「……確かに、その通りだな」


『ならば我が触れよう!』


「ミメシスは駄目。絶対に斬ろうとするから」


「それは俺も同意する」


『その言い方をやめろ!』

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