第16話 結界の端を調べに行く前に、荷物が多すぎる問題が起きました
数日後、俺が寝室から居間へ出ると、カコが机の上いっぱいに荷物を並べていた。
水を入れた革製の水袋に、乾燥させた肉と固そうな黒パン。
さらに包帯や薬草、細い縄、火を起こすための道具まで用意されている。
机の端には、身体を丸ごと包めそうな厚手の毛布まできれいに畳まれていた。
どう見ても、近場へ出かけるだけの荷物ではなかった。
昨夜、夕食を終えたあと、俺はカコから聞いた先生が結界の近くを調べていたという話を思い出した。
迷宮で見た青白い魔法陣と、何か関係があるかもしれない。
「明日、結界の端を見に行ってもいいか?」
そう尋ねると、カコは少しだけ考えてから頷いた。
「うん。でも、無理はしないで」
「分かってる。近くまで行って、少し見るだけだ」
その時の俺は、本当にそのつもりだった。
だから翌朝、居間の机いっぱいに並べられた荷物を見た時は、さすがに驚いた。
「……なあ、カコ。俺たち、今日は結界の端を見に行くだけだよな?」
「うん」
「その日のうちに戻ってくる予定なんだよな?」
「うん」
俺は机の上に並べられた荷物を、端から順番に指さした。
「だったら、これはどう見ても泊まりがけで出かける人間の荷物だと思うんだけど」
「何かあると困るから」
「家から結界の端まで、そんなに遠いのか?」
「歩いて二時間くらい」
「だったら水と食べ物が少しあれば十分だろ。毛布まで持っていく必要はないと思うぞ」
「途中で傷が痛くなるかもしれない」
「無理はしないって。ちゃんと痛くなったら休む」
「木の根につまずくかもしれない」
「俺は子供じゃないんだから、そこまで心配しなくても大丈夫だよ」
カコは答えず、ただ俺の顔をじっと見つめていた。
何かを思い出しているような、静かで少し責めるような視線だった。
「一人で立とうとして、転んだ」
「……まだ覚えてたのか。というか、よくそんな細かいことまで覚えてるな」
「大事なことだから」
「俺にとっては、できれば忘れてほしい失敗なんだけどな」
どうやら俺は、カコからまだ完全には信用されていないらしい。
とはいえ、寝台から立とうとしてそのまま床へ倒れた前科があるため、強く反論することはできなかった。
『全部持っていけばよいではないか』
机の横へ立てかけられていたミメシスが、面倒そうに口を挟んだ。
『荷物を運ぶのは、どうせ我が主なのだろう?』
「そう言うなら、お前も少しくらい何か持てよ」
『我は剣だぞ! 剣に荷物を運ばせようとする方がおかしい!』
「いつも背中に担がれてるだけなんだから、少しくらい協力しても罰は当たらないだろ」
『我には腕がない!』
「口はあるのにな」
『口もない! 声が出るだけだ!』
「それはそれで余計に不思議だな」
『我の神秘性を理解したか!』
「そういう意味では言ってない」
結局、机の上に並んでいた荷物は、すべて持っていくことになった。
当然、それらを背負うのは俺だった。
食料や道具を背負い袋へ詰め込み、最後に厚手の毛布まで押し込んだ。
実際に背負ってみると、思っていたよりは軽かった。
「本当に大丈夫?」
「このくらいなら平気だ。重くもないし、歩くくらいなら問題ない」
「本当に重くない?」
「大丈夫だって」
『弱いくせに無理をするな、我が主』
「誰が弱い!」
『薪一本をまともに両断できなかった男だ』
「それはお前も同じだろ!」
『我は武器で、振ったのは我が主だ!』
「都合の悪いことだけ、全部俺のせいにするな!」
「二人とも、うるさい」
カコは、俺とミメシスの言い合いを切り捨てるように言うと、そのまま家の扉を開いた。
「置いていくよ」
『待て、小娘!』
「ちょっと待ってくれ! 今行く!」
俺は慌てて荷物を背負い直し、カコの後を追って家の外へ飛び出した。




