第14話 折れた安物の剣を、ミメシスが初めて模倣しました
家の裏手には、小さな倉庫があった。
その横には雨が吹き込まないよう屋根が張り出しており、その下には、俺が結界内へ落ちたときに身につけていた荷物がまとめて置かれていた。
泥で汚れた袋や破れた服、ひびの入った水筒に交じり、刀身の中央から真っ二つに折れた剣が並べられていた。
俺が三か月働き、食事を少しずつ減らしながら金を貯め、ようやく手に入れた最初の武器だ。
刃は半分ほど失われ、残った刀身にも大きな亀裂が何本も走っていた。
「……これを、本当に模倣するのか?」
『近づけろ』
「どうすればいい?」
『我の刃を触れさせればよいはずだ』
「また『はず』か」
『いいからやれ!』
俺はミメシスの黒い刀身を、折れた剣へゆっくりと近づけた。
黒い刃の先端が折れた刀身に触れると、キィンという澄んだ音が鳴り響き、その直後、ミメシスの黒い刀身から黒い靄が溢れ出した。
「なに、これ……」
カコが、一歩だけ後ろへ下がった。
黒い靄は煙のようにも見えたが、ただ漂っているわけではない。
まるで意志を持っているかのような動きで、地面に置かれた折れた剣へ伸びていく。
一本、二本と増えていった黒い筋が刀身へ絡みつき、やがて折れた剣全体を包み込んだ。
「剣が見えなくなった」
黒い靄は、獲物を飲み込んだ生き物のようにうごめいていた。
折れた剣の形に沿いながら、刃の断面や柄、鍔、表面に残った傷まで、すべてを確かめるようにゆっくりとなぞっていく。
【武装情報 _ _ 検出】
そのとき、頭の奥に機械的な声が響いた。
【種別 _ _ 片手剣】
【材質 _ _ 低純度鉄】
【製造方式 _ _ 量産型】
【損傷率 _ _ 七十二パーセント】
「……数字で言われると、想像以上にひどい状態だったんだな」
『今は黙っていろ!』
黒い靄に包まれた折れた剣の輪郭が、青白い光を放ち始めた。
【残存情報 _ _ 解析】
【原形の推測 _ _ 完了】
【使用者との接続履歴 _ _ 確認】
【初回登録条件 _ _ 達成】
【模倣 _ _ 開始】
黒い靄が大きく脈打ち、巨大な心臓の鼓動を思わせる音が響いた。
次の瞬間、折れた剣を包んでいた黒い靄が、一斉にミメシスの刀身へ引き戻されていった。
剣の輪郭を包んでいた青白い光も、吸い上げられるように黒い刀身へ流れ込んだ。
すべての靄が消えた瞬間、ミメシスの姿が大きく揺らいだ。
「形が変わってる」
黒い刀身が少しずつ細くなり、それに合わせて長さも短くなっていく。
鍔の形まで変化し、数秒後には、さっきまでの黒い剣とはまったく異なる姿になっていた。
俺が握っていたのは、折れる前に使っていた安物の片手剣と、ほとんど同じ形をした剣だった。
「……俺の剣だ」
だが、完全に同じというわけではなかった。
刃こぼれも亀裂もなく、もちろん途中で折れてもいない。だが、刀身の長さや柄の太さ、手に伝わる重心まで、何か月も使ってきた俺の剣とまったく同じだった。
『どうだ!』
ミメシスが、誇らしげに叫んだ。
『これこそが、我が模倣の力だ!』
「声はそのままなんだな」
『気にするところは、そこではない!』
俺は、模倣された剣を構えた。
特別に扱いやすい武器ではなく、重心は少し前に寄り、柄も俺の手にはやや太い。
それでも、数か月間使い続けてきた感覚が、はっきりと手の中に戻ってきた。
「本当に同じだ。握った感覚まで、ほとんど変わらない」
『武器の形と構造を写し取った』
「折れていたのに、元の形まで分かったのか?」
『残された情報から、損傷前の形を再現した』
「切れ味も同じなのか?」
『新品だった頃と同程度だ』
「アーティファクトなのに、今は安物の剣と同じ切れ味ってことか」
『今は……だ!』
「そこはものすごく強調するんだな」
『これからさらに優れた武器を模倣する!』
「じゃあ、魔物の爪や牙も写せるのか?」
『できん』
「どうして?」
『あれは魔物の身体の一部だ』
ミメシスが、はっきりと断言した。
『我が模倣できるのは、武器として作られた物だけだ』
「じゃあ、牙を抜いて短剣として加工したら?」
『武器として完成していれば可能だ』
「オーガが持ってた棍棒は?」
『あれが武器として加工された物ならば、可能だろう』
「ただ木を拾って振り回してるだけだったら?」
『無理だ』
「少し削って、持ち手を作ってあったら?」
『我が武器と認識すれば、模倣可能だ』
「最後はお前の判断なのか」
『我は模倣のアーティファクトだからな!』
俺は、模倣された剣をじっと見つめた。
「この形は、一度覚えたら保存されるのか?」
『当然だ。一度記録した武器なら、いつでも呼び出せる』
「いくつまで覚えられる?」
『分からん!』
「そこは分からないのかよ!」
『以前は数え切れないほどあったはずだ!』
「今は全部失ってるけどな」
『何度も言うな!』
それでも、これは本当に大きな力なのかもしれない。
一度模倣した武器を記録し、いつでも再現できる。
さらに、記録した武器が増えるほどミメシスも強くなるのなら、これから集める武器によって、俺たちの戦い方が大きく変わる可能性がある。
「よし。もう一度、薪を斬ってみよう」
『よかろう!』
俺たちは、再び先ほどの薪割り場へ戻った。




