第121話 先生の牢獄を守る機械は、俺たちの動きをすべて見ています
《これです》
コーデックスの声と同時に、暗闇の奥で六つの赤い目が一斉に動いた。
一つは俺を捉え、もう一つはカコへ向く。
三つ目は背中のミメシスを観察し、残る三つは昇降機の出口、俺たちの足元、そして頭上を別々に監視していた。
「……六つの目が、全部別々に動いてるぞ」
『気味の悪い奴だな。あれほど目が多くては、どの目を警戒すればよいのか分からぬではないか』
「喋る剣に気味が悪いって言われたくないと思うぞ」
『なぜだ! 我のどこが気味悪いというのだ!』
「そこまで言ってない!」
ガンッ……。
言い合っている間にも、巨大な足音が広い空間へ響いた。
暗闇の奥から姿を現したそいつは、以前戦った六本腕の武装個体とは明らかに違っていた。
高さは五メートルほど。
腕も脚も二本ずつだが、その一本一本が人間の胴体より太い。全身は、何層にも重ねられた分厚い黒色装甲で覆われている。
頭部に三つ。
胸部にも三つ。
顔と呼べるものは存在せず、代わりに配置された六つの赤い目だけが、暗い空間の中で不気味に光っていた。
【第三封鎖牢外周】
【独立防衛機構】
【六眼監守機】
【侵入者 _ _ 確認】
「六眼監守機……第三封鎖牢を守ってる防衛機構か」
《第三封鎖牢へ接近する対象を監視し、必要に応じて捕縛するための独立型防衛機構と推測します》
「私の権限で止められないかな」
カコが俺より一歩前へ出る。
別々の場所を監視していた六眼監守機の目が同時に動き、そのすべてがカコへ向けられた。
「正規継承者権限で命令します。この防衛機構を停止して」
【王統権限 _ _ 確認】
「できた?」
【管轄外】
「……できてない」
返事だけは異様に早かった。
《第三封鎖牢の独立防衛系統は、総合制御室および通常の王統制御系統から切り離されています》
「どうして、王統権限でも止められないの?」
《収容された囚人が王統関係者であった場合でも、外部から容易に解放できないよう設計された可能性があります》
「王族本人が来ても防衛機構を止められないって、いくらなんでも厳重すぎるだろ」
『古代人は他人だけではなく、自分たちの王族まで信用していなかったのだろう』
「それは……ここまで来ると、少し分かる気もするけどな」
【第一観測 _ _ 開始】
「何だ?」
頭部の右側にある目が、俺だけへ焦点を合わせた。
【対象 _ _ ケイ】
【移動情報取得】
続いて、頭部中央の目が動く。
【第二観測 _ _ 開始】
【重心移動予測】
さらに、頭部左側の目まで俺へ向けられた。
【第三観測 _ _ 開始】
【武装情報取得】
「コーデックス、こいつは何をしてる?」
《現時点では攻撃ではありません。ケイの動作、姿勢、重心、武装情報を個別に収集しています》
「攻撃じゃなくても、嫌な予感しかしないんだけど!」
胸部にある四つ目の目が開いた。
【第四観測 _ _ 魂力固定】
その瞬間、身体へ急に重しを載せられたような感覚が襲った。
「っ……何だ、これ!?」
脚を動かそうとする。
動かないわけではない。
だが、普段より明らかに遅い。
水の中を無理やり走ろうとしているように、身体全体へ強い抵抗が掛かっている。
「動けるけど、身体が重い! 何をされた!?」
《周囲の魂力場が固定されています。ケイの身体を直接拘束しているのではなく、周囲の魂力そのものを利用して動きを阻害しています》
【第五観測 _ _ 逃走経路算出】
「まずい、まだ増えるぞ!」
カコが即座に腰からノクス・ニードルを一本抜き、俺と六眼監守機の間へ投げた。
黒い針が床へ突き刺さった瞬間、カコが腕を振る。
「視線を遮って!」
金色の光が立ち上がり、俺たちと六眼監守機の間へ結界が展開された。
【第四観測 _ _ 断絶】
【第五観測 _ _ 観測情報不足】
身体を押さえつけていた重さが、一気に薄れる。
「助かった! 視線を遮れば、魂力の固定も止められるのか!」
結界を展開したカコの呼吸が、わずかに乱れていた。
魂力は、まだ戻りきっていない。
「まだ終わってない!」
結界の向こうで、六眼監守機が動いた。
巨体が横へ滑るように移動し、結界の端から姿を現す。
あれほど巨大な身体からは想像できないほど速い。
「その大きさで、そんなに速く動けるのかよ!」
巨大な脚が黒い床を蹴った。
次の瞬間、俺の立っている場所へ黒い拳が一直線に飛んでくる。
「ケイ、右へ!」
俺は右へ身体を投げ出すように跳んだ。
直後、さっきまで俺が立っていた場所へ巨大な拳が叩きつけられ、黒い床が大きく砕け散る。
着地した衝撃が、治療直後の左脇腹へ走った。
「ぐっ……!」
鈍い痛みが戻ったが、止まっている余裕はない。
「おい! 捕らえるための機械じゃなかったのかよ! あれを食らったら普通に死ぬぞ!」
《対象が行動不能になれば、その後の捕縛は容易になります》
「なるほど、そういう意味の捕縛か! 全然納得できないけどな!」
『納得している場合か、我が主! 次が来るぞ!』
「分かってる!」
俺は背中からミメシスを抜き、黒い大剣を正面へ構えた。
「さっき使えるようになった新しい力を試す。今度こそ行くぞ、ミメシス!」
『応! あの黒い鎧ごと斬り裂いてやれ!』
黒い刀身の上を、青白い古代文字が走った。
切っ先からさらに先へ、青白い光が伸びていく。
旧王の命令そのものを斬り裂いた、新たな光刃。
「これなら、あの分厚い装甲にも通るかもしれない!」
俺は六眼監守機の脚へ踏み込み、その黒色装甲へ光刃を斬りつけた。
青白い光が、黒い装甲へ激突する。
ギィンッ……!
「硬っ!」
光刃は装甲へ食い込むどころか、甲高い音とともに弾き返された。
衝撃が柄から両腕へ伝わり、指先まで痺れる。
『何だと!? 我の新たな刃が弾かれただと!』
《当然です》
「当然なの!? それなら斬る前に教えてくれよ!」
《光刃は、魂力構造への干渉に特化した機能です。対象の外装は、極めて厚い物理装甲で構成されています》
「つまり、旧王の命令みたいな魂力構造には強いけど、単純に分厚い鎧を斬るのには向いてないってことか?」
《簡単に表現すれば、その認識で正しいです》
「それを先に言え!」
《使用前に質問されませんでした》
『本当に腹の立つ紙束だな!』
「今だけは、ちょっと同意する!」
俺は光刃を消した。
青白い刃が消え、ミメシスは無銘刃へ戻る。
「斬るのが駄目なら、分厚い装甲ごと叩き潰す。今度はこっちだ」
『分かっている。我の砕甲槌なら、あの程度の装甲など砕ける!』
六眼監守機の目が、一斉に俺へ集まる。
【第三観測 _ _ 武装変化を監視】
「今度は最後まで見てろ。変形する瞬間まで読めるものなら、読んでみろ!」
俺は無銘刃のままミメシスを振り上げた。
狙うのは胸部。
三つの目が並ぶ、あの分厚い黒色装甲だ。
俺は砕けて盛り上がった床を踏み台にして、跳び上がった。
治療直後の左脇腹が軋む。
それでも歯を食いしばり、六眼監守機の胸部へ向けて無銘刃を振り下ろした。
「行くぞ! 砕甲槌!」
黒い靄が噴き出し、一瞬で形を変える。
青白い魂力コアが強く輝き、巨大な黒い槌頭が形成された。
直前まで軽かった武器へ一気に重さが加わり、その重量すべてが振り下ろす勢いへ乗った。
「おおおぉっ!」
だが――。
槌頭が叩きつけられたのは、六眼監守機ではなかった。
「何っ!?」
六眼監守機は、俺が砕甲槌へ変形させるより前に横へ動いていた。
巨大な槌頭が、何もない床へ激突する。
轟音とともに黒い床が大きく割れ、砕けた破片が周囲へ飛び散った。
強烈な反動が両腕から左脇腹へ走り、俺は息を詰まらせる。
「ぐっ……避けた!? まだ変形してなかったのに!」
【武装変形予測】
【打撃地点算出】
【回避完了】
『わ。我の砕甲槌を、変形する前から避けただと!?』
「お前が一番傷ついてる場合か!」
《六つの観測眼が、ケイの姿勢、筋肉の動き、重心移動、そしてミメシスの魂力変化を同時に解析しています》




