第117話 緊急治療を受けたら、怪我人同士で似た者同士だと言われました
俺たちは、コーデックスが総合制御室の近くで見つけた緊急治療区画へ移動した。
扉をくぐった瞬間、俺はそこに並ぶ設備を見て思わず足を止めた。
「……これ、本当に応急処置用の部屋なのか?」
漆黒の床の中央には、二つの台が並んでいるだけに見えた。
だが、俺たちが近づくと床が音もなく左右へ開き、その下から全身を包み込めるほどの装置が二基せり上がってきた。
「うおっ……中層で使った治療カプセルに似てるな」
形は似ていたが、よく見ると明らかに別物だった。
装置自体は中層のものより小型なのに、内部を走る魂力線ははるかに細かい。漆黒の外装の奥では、何層もの青白い光が複雑に流れている。
「これ、本当に応急処置って呼んでいいのか? どう見ても中層の治療カプセルより高性能そうなんだけど」
《その認識は正しいです。性能はこちらの方が上です》
「やっぱり上なのかよ!」
《下層総合制御区画に配置された、指揮要員および重要権限者用の緊急治療設備です》
「それで応急処置扱いって、古代文明の基準はどうなってるんだよ」
《長期的な治療を目的とした設備ではない、という意味です》
「短時間で治せるなら十分すごいだろ」
《当時の基準とは異なります》
『古代人というものは、実に面倒な連中だな』
《あなたに言われたくありません》
『何だと、紙束!』
「今は喧嘩してる場合じゃないから、二人とも黙ってろ!」
俺が傷めた左脇腹を押さえながら一基の治療装置へ近づくと、そこから青白い光が伸び、頭から足先まで全身を一気に走査した。
【生体情報確認】
【骨格損傷 _ _ なし】
【左脇腹 _ _ 筋繊維損傷】
【肋間筋 _ _ 過負荷】
【全身 _ _ 多数の軽度損傷】
【治療可能】
「ちょっと待て。多数の軽度損傷って、俺そんなに怪我してたのか?」
《表示された通りです》
「左脇腹以外は、ほとんど自覚なかったんだけどな」
《自覚がないことの方が問題です》
『我が主だからな』
「どういう意味だ、それ」
『そのままの意味だ。我が主は自分の傷に鈍すぎる』
「お前ら、本当にこういう時だけ妙に意見が合うな!」
治療装置の一部が、音もなく開いた。
《内部へ入り、横になってください》
「ここに寝ればいいのか?」
《はい》
「でも、先生の生命反応が弱いなら、あまり時間を……」
隣から静かな声が聞こえた。
「ケイ、先に治療して」
振り返ると、カコが腕を組んで俺を見ていた。
「いや、でも今は先生のところへ急ぐ方が……」
「治療してから行くの」
「……はい。分かりました」
結局、逆らえずに治療装置へ横になる。
背中が台に触れた瞬間、ガコンという重い音が響いた。
「え?」
黒い外装が左右から一気に閉じ、両腕と両脚、胸元まで完全に固定された。
「待て待て待て! 何で全身を固定するんだよ、これ!」
《治療中は動かないでください》
「もう動こうとしても動けないんだけど!」
《正常な状態です》
「絶対に患者を逃がさないための構造だろ!」
『我が主には最適な装置ではないか』
「そこで笑うな!」
次の瞬間、傷めていた左脇腹の周囲へ何十本もの青白い光が集まった。
「うっ……何だ、この感覚」
左脇腹の奥は熱を帯びていたが、それは単純な痛みとは少し違っていた。
無数の細い何かが左脇腹の奥へ入り込み、傷んだ場所を一本ずつ探りながら確かめているような感覚だった。
《損傷部位の修復を開始します》
「修復って、具体的に何をするんだ?」
答えを聞く前に、青白い光がさらに強くなった。
「いっ……痛っ!」
俺は思わず歯を食いしばった。
《筋繊維接合処理を開始》
「ちょっと待て! 治療ってもっと痛くないものじゃないのか!?」
《短時間での回復を優先しているため、一時的な疼痛が発生します》
「そんな大事なこと、最初に説明してくれよ!」
《今、説明しました》
「それじゃ遅いって言ってるんだよ!」
隣を見ると、カコも、もう一基の装置へ横になり、同じように身体を固定されていた。
「カコ、そっちは大丈夫か?」
「私は大丈夫。ケイより怪我してないから」
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「うん、大丈夫だと思う」
その直後、金色と青白い光が何十本もカコの周囲を走った。
「わっ!」
「全然大丈夫そうに見えないぞ!」
「今のは急に光ったから、びっくりしただけ」
《王統継承者の全身検査を開始します》
金色と青白い光がカコの全身を走り、次々と検査結果が表示された。
【王統継承者 _ _ カコ】
【肉体損傷 _ _ 軽微】
【魂力消耗 _ _ 重度】
【王統能力 _ _ 急激な活性化履歴 _ _ 確認】
【原初制御線への高負荷接続履歴 _ _ 確認】
【継続使用 _ _ 危険】
表示された「重度」という文字を見て、俺は思わず声を上げた。
「カコ、魂力消耗が重度って出てるぞ。それのどこが大丈夫なんだよ!」
《表示内容は正確です》
「コーデックス、これは治療できないのか?」
《肉体的な損傷については治療可能です》
「じゃあ、魂力の消耗はどうなんだ?」
《回復を促進することは可能です》
「だったら、それもできるだけ回復させてくれ」
《ただし、完全な回復には一定の時間が必要です》
カコがすぐに反応した。
「どのくらい休めば完全に戻るの?」
《推奨休養時間を算出します》
「先生のところへ着くまでに回復は終わる?」
《終了しません》
「だったら、今動けるならそれでいい」
「よくないだろ! 重度って出てるんだぞ!」
カコが装置の中からコーデックスへ視線を向ける。
「今の状態でも、歩いたり戦ったりはできる?」
《走行および王統能力を使用しない範囲での戦闘は可能です》
「だったら大丈夫」
「その『動けるなら大丈夫』って理屈を今すぐやめろ!」
《わたくしも同意します》
「コーデックスまでケイの味方するの?」
《現在の状態で、先ほどと同規模の出力で王統能力を再び使用した場合……》
青白い文字が空中へ浮かび上がる。
【行動不能】
俺は視線でその表示を示した。
「ほら見ろ。完全に駄目って書いてあるじゃないか!」
「……行動不能って、どのくらい?」
《最悪の場合、意識を失う可能性があります》
「絶対に同じ規模の力を使うなよ!」
「使わなければ大丈夫なんでしょ?」
「その言い方、必要になったら絶対使うやつだろ!」
「使わないよ」
「本当に?」
「必要になったら使うかもしれないけど」
「それは使わないって言わないんだよ!」
カコはそっぽを向いたが、装置へ身体を固定されているため、実際に動かせるのは顔くらいだった。
『我が主よ、一つ気づいたことがある』
「今度は何だよ?」
『我が主と小娘は、実によく似た者同士だな』
「どこが似てるんだよ!」
《自身の状態より他者を優先し、必要と判断すれば警告を無視する点が極めて類似しています》
「そこまで具体的に説明しなくていい!」
言い返そうとした瞬間、俺の左脇腹へ集まっていた青白い光がさらに強くなった。
「痛っ!」
《治療中ですので動かないでください》
「だから固定されてて動けないって言ってるだろ!」




