第115話 旧王を封じ込めて、先生を迎えに行きます
カコが目を閉じると、床の奥で金色の光が灯り始めた。
何十本もの王統線がゆっくり立ち上がり、総合制御室へ張り巡らされた赤い命令線へ絡みつく。
【やめろ】
「嫌」
【停止せよ】
「その命令を拒否します」
【私は王だ】
「私は王じゃない」
カコが両手へ力を込めた。
「外へ出てる命令線を全部、中へ戻して」
金色の王統制御線が一斉に動き、王座室から外へ伸びていた赤い命令線を一本ずつ引き戻していく。
【何をする!】
「もう外に出さない」
床下や壁の中、天井裏、さらに下層の奥深くへ続いていた命令線まで、次々と王冠の扉へ向かって引き戻される。
【停止せよ!】
「絶対に嫌!」
王冠の扉が激しく震え、隙間から赤い光が噴き出した。
それでもカコの王統制御線が赤い光を正面から受け止め、少しずつ扉の奥へ押し戻していく。
《旧王外部命令経路 _ _ 回収率二十一パーセント》
「まだそんなに残ってるの?」
《三十四パーセントまで上昇》
赤黒い命令線が激しく暴れ、その一部がカコへ向かって襲いかかる。
「カコ、そっちへ行った!」
「大丈夫。まだ続けられる!」
金色の結界が展開され、押し寄せる赤い命令線を受け止めた。
しかし、激突した瞬間、その表面に大きな火花が散った。
「それのどこが大丈夫なんだよ!」
「もう半分以上戻ってるから!」
《回収率五十八パーセント》
【カコ!】
「先生をこれ以上、苦しめないで!」
カコが金色の瞳で王冠の扉を睨み、王統制御線がさらに強く輝いた。
《回収率七十三パーセント》
【私は王である!】
「そんなの知らない!」
「カコ、強くなったな……」
『実に良い! もっと押せ!』
《回収率八十九パーセント》
最後に残ったのは、中央制御柱へ直接つながっている最も太い命令線だった。
【停止せよ】
「嫌」
【これを切れば……】
「切らない。元の場所へ戻すだけ」
【何……】
カコは金色の王統制御線で、最後の命令経路をつかんだ。
「あなたは、そこにいて」
そのまま一気に引き戻した。
【……!】
太い赤い命令線が、王冠の扉の中へ消えた。
《旧王外部命令経路 _ _ 回収率百パーセント》
《王座室外部への直接制御接続 _ _ 遮断》
「コーデックス、今!」
《王座室隔離制御を実行します》
王冠の扉の周囲へ幾重もの金色の光が走った。
光は床や壁、天井を通り、王座室そのものを囲む巨大な結界を形作っていく。
【やめろ!】
「嫌!」
【カコ!】
「もう外へ出てこないで!」
轟音とともに、金色の光が王座室全体を包んだ。
【王座室制御区画】
【外部命令経路 _ _ 遮断】
【外部制御権限 _ _ 凍結】
【総合制御室への干渉 _ _ 拒否】
【第三封鎖牢への新規命令 _ _ 拒否】
【旧王記録人格 _ _ 王座室内隔離】
【貴様……】
旧王の声が途中で途切れた。
それまで何度も響いていた不気味な声が完全に消え、総合制御室へ本当の静けさが戻った。
「……閉じ込められた?」
《肯定します。旧王記録人格は現在も王座室内に存在します》
「もう外へ出てこない?」
《現在の隔離制御が維持されている限り、外部への直接干渉は困難です》
「絶対ではないんだね」
《肯定します。絶対とは断言できません》
カコは中央制御柱から両手を離し、しばらく王冠の扉を見つめていた。
やがて小さく息を吐き、中央制御柱へ向き直る。
「でも今はそれでいい。先に先生を迎えに行く」
「ああ。先生をこれ以上待たせられないからな」
『王は後回しか』
「先生が先。旧王は逃げないでしょ」
『よい判断だ』
「お前、本当にそれでいいのか?」
『あの王は逃げぬ。もし逃げたなら、その時に追えばよい』
「何でちょっと楽しそうなんだよ」
『非常に楽しみだからだ!』
カコは小さく笑ったが、すぐに表情を引き締め、中央制御柱へ手を置いた。
「コーデックス、先生の状態をもう一度確認して」
《第三封鎖牢を確認します》
コーデックスのページが静かにめくられ、青白い文字がその表面を流れた。
《生命反応を確認》
「まだ生きてる?」
《肯定します》
その答えを聞き、カコの肩からわずかに力が抜けた。
「先生と話せる?」
《通信経路を一時的に再接続できます》
「だったらお願い。すぐにつないで」
《ただし、現在の衰弱状態では、応答できる保証はありません》
カコは少し黙ったあと、それでも中央制御柱へ両手を置き直した。
「それでもいい。先生につないで」
《接続します》
中央制御柱から青白い光が伸び、総合制御室を離れて下層中部を抜けていく。
光はさらに深い場所へ進み、第三封鎖牢までつながった。
しかし、しばらく待っても聞こえてくるのは雑音だけだった。
「先生、聞こえる?」
カコが中央制御柱へ少し顔を近づける。
「先生、私だよ。カコだよ」
返事はなく、通信からは雑音だけが流れ続けてきた。
拘束命令は解除され、生命反応も残っている。
それでも声が聞こえないことに、俺は無意識に拳を握りしめた。
生きているならほんの少しでいい、声を聞かせてほしい。
そう願った直後、雑音の奥にかすかな呼吸音が混じった。
カコが息を止める。
長い沈黙を挟み、やがて通信の向こうから弱々しい声が聞こえてきた。
「…………カコ?」




