第114話 旧王の命令経路を王座室へ閉じ込めて、先生を迎えに行きます
どれほどの時間、そうしていたのか分からない。
やがて、すぐ近くからカタン、と小さな金属音が聞こえた。
「……何の音だ?」
床へ置かれていたミメシスがわずかに動き、傾いた黒い剣身の切っ先を、総合制御室の奥にある閉ざされた王冠の扉へ向けた。
『我が主、一つ忘れておらぬか』
「何を忘れてるんだ?」
『あれだ。旧王そのものをどうするつもりだ』
俺が王冠の扉へ視線を向けると、俺の上に倒れていたカコもゆっくりと顔を上げた。
「……旧王は、まだいる」
『四つの命令は斬ったが、王そのものを斬ったわけではないからな』
総合制御室には静けさが戻っていた。
先生も、村も、結界も、そして俺も、差し迫った危機からは守ることができた。
しかし、それで旧王そのものが消えたわけではない。
「コーデックス、旧王は今どうなってる?」
《旧王記録人格の存在を確認しています》
「まだ消えてないの?」
《肯定します。王座室内に存在しています》
「また先生や村へ何かしてくる可能性はある?」
《可能性はあります》
その言葉を聞いた瞬間、カコが俺の上から起き上がろうとした。
「待て、カコ。いきなり動くなって」
「止めないと、先生のところへ行ってる間にまた何かするかもしれない」
「だからって、さっき倒れたばかりだろ。まず状況を確認しよう」
「聞いてるよ」
「絶対にもう動くつもりだっただろ」
《同意します》
「コーデックスまでケイの味方をするの?」
カコは不満そうにしながらも、ひとまず動きを止めた。
「旧王が今できることを先に確認しよう。コーデックス、どれくらい権限が残ってる?」
《旧王記録人格に残された制御優先率は、先ほどの命令競合によって大幅に低下しています》
「大幅に低下しただけで、完全にゼロじゃないんだな?」
《肯定します》
「それならやっぱり駄目。先生のところへ行ってる間に何かされたら困る」
《同意します》
「旧王を消すことはできる?」
《可能ですが、推奨しません》
「どうして?」
《旧王記録人格は、現在も王座室制御系と完全には分離されていません》
「無理に壊したら、施設側まで巻き込むってことか?」
《その通りです。王座室だけではなく、下層の一部制御機能へ障害が発生する可能性があります》
「先生がいる第三封鎖牢にも影響する?」
《否定できません》
カコの表情が険しくなった。
「それなら壊すのは駄目」
「判断が早いな」
『ならば斬らずに閉じ込めればよいではないか』
「閉じ込めるって、王座室の中にか?」
『王はあの部屋の中にいるのだろう。ならば扉を閉じ、外へ出られぬようにすればよい』
《物理的な扉だけを封鎖しても不十分です》
『紙束はすぐに細かいことを言うな!』
《旧王記録人格には肉体が存在しません。命令経路が残っている限り、王座室外への干渉は可能です》
「だったら、旧王が命令を出してる道も全部閉じればいい」
《命令経路を、ですか?》
「うん。外へ伸びてる道を全部王室の中へ戻して、外へ出せなくする」
コーデックスのページを流れていた文字が、一瞬止まった。
《……実行できる可能性があります》
「今の私ならできる?」
《現在、総合制御室はカコの王統管理権限を最優先しています》
「王じゃないからね」
《承知しています》
「それなら、どうすればいい?」
《王座室から総合制御室側へ伸びている命令経路を逆方向へ押し戻し、その後、接続を封鎖します》
「つまり、外へ伸ばしてる旧王の手を全部部屋の中へ押し戻して、扉ごと閉める感じだな?」
《概ね正確な理解です》
「その説明、分かりやすい」
『我が主でも理解できるように説明したのであろう』
「どういう意味だ、それ!」
カコはようやく俺の上から身体を起こし、ゆっくりと立ち上がった。
しかしその瞬間、膝が大きく震え、倒れないよう壁へ手をついた。
「ほら、やっぱりまだふらついてるじゃないか!」
「でも、ちゃんと立てた」
『壁につかまっておるだろう!』
「それでも立ってる」
《事実としては立っています》
「何でそこだけカコ側につくんだよ!」
『諦めろ、我が主。小娘は昔からそういう奴だ』
「俺も最近それは分かってきたよ!」
カコは壁から手を離し、ゆっくりと中央制御柱まで歩いていった。
「コーデックス、やろう」
《身体状態を考慮し、大出力での権限行使は禁止します》
「分かった。無理しない」
「本当に分かってるのか?」
「ケイはそこで寝てて」
『話を逸らしたな』
「俺もそう思った!」
カコは中央制御柱へ両手を置いた。
「最初に何をすればいい?」
《旧王記録人格が使用している外部命令経路を表示します》
中央制御柱から放たれた金色の光が床や壁、天井へと広がっていく。
すると、総合制御室のあちこちに細い赤い命令線が浮かび上がった。
「……思ってたよりずっと多いな」
王冠の扉から伸びる赤い命令線は、十本や二十本では収まらなかった。
無数の線が総合制御室全体へ張り巡らされ、その先は下層の各区画へつながっている。
「これが全部、旧王が外へ出してる命令なの?」
《肯定します》
『随分とあちこちへ手を伸ばしておるな』
「なら、これを全部王座室へ戻せばいいんだね」
《その通りです》
【停止せよ】
旧王の声が再び響き、総合制御室の空気が冷えた。
【その制御に触れるな】
カコは王冠の扉を見る。
「嫌。私は先生を迎えに行くから、その前に邪魔できないようにする」
【あの者は罪人だ】
「違う。私を育ててくれた人」
【お前を王位から遠ざけた】
「それでも、先生が私を育ててくれた」
【王には不要な知識を与えた】
「私には全部必要だった」
【戻れ】
「嫌」
【王座へ座れ】
「絶対に嫌」
【王となれ】
「それはもっと嫌」
『いつもの流れになってきたな』
「これが一番早いから」
【貴様……】
「コーデックス、始めるよ」
《金色の王統制御線を使用し、旧王命令経路を王座室方向へ押し戻してください》
「分かった」
カコが目を閉じると、床面の制御構造に金色の光が灯り始めた。
何十本もの王統制御線がゆっくり立ち上がり、総合制御室へ張り巡らされた赤い命令線へ絡みつく。




