第113話 「先生も村も結界もケイも、最初から全部助ける」とカコが決めていました
「コーデックス、攻撃の軌道を全部教えてくれ!」
《右上から金属腕が接近します》
「ミメシス!」
『応!』
俺は右上から迫った金属腕を、無銘刃の黒い刀身で受け流した。
《次は左側から制御腕が接近します》
俺はその場から動かず、身体だけをひねって二本目をかわした。
《正面から金属腕が接近します》
三本目はカコの金色の結界が受け止めたが、強い衝撃と同時に砕け散った。
「カコ、本当に大丈夫か!」
「まだ平気。ケイは命令線を見てて!」
【排除処理完了まで _ _ 十二秒】
両脚の輪郭がさらに薄くなり、足先から感覚まで失われていく。
「これは、本当に時間がないな……」
「そんなこと言わないで!」
「悪い。もう言わないから、早く引っ張り出してくれ!」
赤い排除命令線は、まだ俺の胸の奥深くへつながっている。
カコの金色の王統制御線が、その命令線を少しずつ外へ引き出していた。
「もう少し。あと少しで全部出る!」
【排除処理完了まで _ _ 九秒】
床下から伸びた一本の制御腕が、カコへ向かって進む方向を変えた。
「カコ、そっちへ行ったぞ!」
身動きできない俺が叫ぶ中、カコは自分の前へ金色の障壁を何枚も重ねた。
先頭の障壁へ制御腕が激突し、表面へ大きな亀裂が走る。
一枚目が砕け、続く二枚目もすぐに破壊された。
それでも、迫っていた制御腕の動きは一瞬だけ止まった。
「ケイ、もう出る!」
「分かってる。斬る準備はできてる!」
赤い排除命令線が、完全に俺の胸から抜け出した。
《排除命令線の完全外部化を確認しました》
【排除処理完了まで _ _ 六秒】
「ミメシス魂力光刃へ変われ、今度こそ斬るぞ!」
『待っていたぞ、我が主!』
俺は魂力光刃へ残っている魂力を一気に流し込んだ。
揺らいでいた青白い光刃が、再び強く安定する。
【停止せよ!】
「断る!」
【排除処理完了まで _ _ 三秒】
「ケイ!」
「ちゃんとここにいる!」
カコの声が震えていた。
「私が助けるまで、待っててくれるって言った!」
「ああ。ちゃんと覚えてる!」
【排除処理完了まで _ _ 一秒】
「絶対に戻ってくるって約束した!」
「だから、その約束を今から守る!」
俺は青白い光刃を大きく振り上げた。
「俺はここから消えない!」
魂力光刃を一気に振り下ろす。
青白い光刃が、俺をこの世界から消そうとしていた赤い排除命令線を真っ二つに斬った。
ほとんど音も手応えもない。
一瞬だけ、何の変化も起こらなかった。
「……ケイ?」
カコの不安そうな声が聞こえた直後、施設表示が次々と浮かび上がった。
【異界生命体ケイ】
【排除命令 _ _ 接続断絶】
【存在座標 _ _ 固定】
【排除処理 _ _ 停止】
俺の身体へまとわりついていた赤い光が消えた。
透けていた両手が元へ戻り、失われかけていた足の感覚も一気に蘇る。
それと同時に、薄れていたミメシスとの主従接続も、はっきりと感じられるようになった。
『……我が主』
「大丈夫だ。ちゃんとここにいるぞ」
『うむ。それならよい』
「何だよ、急に静かになって」
『何でもない』
「本当に変な剣だな」
『我が主にだけは言われたくない!』
いつもの声へ戻ったミメシスに、俺はようやく息を吐いた。
「……間に合った。本当に消えてない」
「ああ、もう大丈夫だ。ちゃんと約束を守っただろ」
だが、排除命令線を斬った反動と、消えかけた存在座標が戻った影響で、全身から一気に力が抜けて、俺はその場へ仰向けに倒れた。
「はぁ、よかった」
その言葉を聞いて安心したのか、カコの膝からも力が抜ける。
「カコ!」
「わっ……!」
倒れたカコが、そのまま俺の上へ落ちてきた。
「ぐっ……今のは地味に痛い!」
胸元へカコの重みがかかり、左脇腹の傷にも鈍い痛みが走る。
王統権限によって金色に染まっていた髪と瞳は、少しずつ元の色へ戻り始めていた。
「ご、ごめん。すぐにどくから」
淡いプラチナ色へ戻りつつある髪を揺らし、カコが慌てて身体を起こそうとする。
「待て。そのままでいいから、今は無理に動くな」
「でも、ケイが痛そう」
「俺もまだ身体に力が入らない。起き上がる方がきついから大丈夫だ」
「……本当に、それだけ?」
「ほかにどういう意味があるんだよ」
「……知らない」
カコは小さく呟き、もう一度俺の胸へ顔を伏せた。
「カコ、どうした?」
「少しだけ、このままでいさせて」
「ああ。好きなだけ……とは言わないけど、落ち着くまでいいぞ」
「本当に少しだけだから」
「分かったって」
俺の服をつかむカコの指に力が入った。
「……ちゃんといる」
「何が?」
「ケイが、ちゃんとここにいる」
「いるよ。さっきから何度も言ってるだろ」
「本当に消えない?」
「消えない。排除命令も切った」
「絶対?」
「絶対だ」
カコはそれ以上何も言わず、俺の胸へ耳を当てたまま動こうとしなかった。
「さっきから何を聞いてるんだ?」
「心臓の音。ちゃんと動いてるか聞いてる」
「それなら普通に動いてるだろ」
「うん。でも、さっきは事があるから確認してる」
「もう元に戻ったから大丈夫だよ」
「さっき本当に消えかけて、腕も足も透けてた」
「でも、カコが引き戻してくれただろ」
「うん。私が戻した」
カコは俺の服をさらに強く握った。
「だから、もう二度と自分を最後に回していいなんて言わないで」
「それは、その時の状況にもよるだろ」
「駄目」
「でも、誰かが本当に危なかったら……」
「それでも駄目。最初からケイも、助けるものの中に入れて!」
「……はい。分かった」
強い口調で言われ、俺はそれ以上反論できなかった。
それでも、カコはまだ顔を上げようとしない。
「先生が間に合わなくなるのも怖かった。村が危なくなるのも、家や畑がまた壊れるのも怖かった」
「ああ。だから全部助けたかったんだ」
「でも、その中でケイが消えるのが一番怖かった」
その言葉を聞いた俺は、何も答えられなかった。
代わりに、カコの背中へ回していた腕へ、ほんの少しだけ力を込める。
「……本当に悪かった。心配させたな」
「うん。すごく心配した」
「でも、俺は先生も村も結界も、全部助けたかったんだ」
「それは知ってる。ケイがそういう人なのも分かってる」
「それに、助けたかったのは先生や村だけじゃない。カコもだ」
カコが少しだけ顔を上げた。
元の淡い青銀色へ戻りつつある瞳が、すぐ目の前にある。
「私も?」
「ああ。あんな選択を、一人で全部背負わせたくなかった」
「私は選ぶ側だっただけだよ」
「だからだよ。一人で選ばせたくなかった」
カコの瞳が、小さく揺れた。
「でも、ケイは自分だけ助ける側に入れてなかった」
「最後には、ちゃんと助けてもらっただろ」
「私が無理やり助けた」
「それでも助かったんだからいいだろ」
「よくない。次からは最初から自分も入れて」
「何に入れるんだ?」
「助けるものの中。先生と村と結界と、それからケイ」
「……全部か」
「うん。最初から全部」
「分かった。これからは努力する」
「努力じゃなくて絶対にして」
「そう簡単に性格まで直せないんだよ」
「直して」
「俺を何だと思ってるんだ?」
「すぐ無茶する人」
「それはちょっとひどくないか?」
『極めて正しい評価だ!』
「お前は黙ってろ!」
《極めて正確な評価だと判断します》
「コーデックスまで乗っかるな!」
そこでようやく、カコがほんの少しだけ笑った。
そのとき、総合制御室の前方へ四つの表示が並んだ。
【第三封鎖牢 _ _ 拘束解除】
【北方集落監視石 _ _ 防護継続】
【居住領域結界 _ _ 裂傷固定・低速修復中】
【異界生命体ケイ _ _ 排除停止】
「カコ、あれを見てみろ」
「うん。ちゃんと全部救えた」
カコの瞳からこぼれた一粒の涙が、俺の頬へ直接触れる。
「冷たっ」
「……それくらい我慢して」
「はい。今は何も言いません」
カコは俺の服を強く握ったまま、声を殺して泣いていた。
俺は何も言わないまま、その涙を受け止める。
旧王に一つだけ選べと迫られた先生も、村も、結界も、そして俺も、すべて失わずに済んだ。




