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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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112/127

第112話 最後の排除命令は、俺の存在情報へ直接書き込まれていました

「ああ、待ってた!」


 俺は回転する床を蹴り、三つの赤い円環へ向かって走った。


「ミメシス、魂力光刃だ!」


『応! 任せよ、我が主!』


 無銘刃を黒い靄が包み込み、刀身へ青白い古代文字が走る。


 切っ先から魂力構造へ干渉する光刃が伸び、ミメシスが魂力光刃へ切り替わった。


「全部まとめて斬るぞ!」


『一つ残らず斬り捨てろ!』


 俺は勢いを落とさず、沈み始めた床を踏み台にして宙へ飛び上がった。


 三つの円環は、それぞれ異なる方向へ回転している。


 その一部が、ちょうど俺の正面で一直線に重なった。


《三つの切断対象が一致しました》


「今だ!」


 俺は空中で魂力光刃を大きく振り抜いた。


 青白い光刃が三つの赤い円環を一直線に斬り抜く。


 ほとんど音も手応えもなかった。


 だが次の瞬間、三つの円環が同時に断ち切られ、内部から赤い光が激しく噴き出した。


「うわっ!」


 爆発の衝撃をまともに受け、俺の身体が後方へ吹き飛ばされる。


 このまま黒い床へ叩きつけられると思った瞬間、真下に金色の障壁が展開された。


「ケイ!」


 俺は障壁の上へ背中から落ち、そのまま何度も転がった。


 左脇腹の傷へ鋭い痛みが走り、肺から息が押し出される。


「痛っ……助かったけど、やっぱり痛いな!」


「大丈夫!?」


「たぶん大丈夫!」


「たぶんは禁止って言った!」


「今だけは許してくれ!」


 頭上では、断ち切られた赤い円環が光の粒へ変わっていく。


【居住領域結界】


【完全修復強制命令 _ _ 接続断絶】


【裂傷固定処理 _ _ 開始】


【低速修復へ移行】


 中央制御柱に表示された居住領域結界の文字が消え、映像の結界を見る。


 巨大な裂け目の周囲へ、途切れていた金色の光が少しずつ戻り始めていた。


 すぐに完全修復されるわけではない。


 それでも亀裂の拡大は止まり、裂け目は確実に閉じ始めている。


「これで三つ助けられた」


「ああ。先生、村、結界の三つだ」


 中央制御柱に残る赤い表示は、あと一つだけだった。


【異界生命体ケイ】


【排除処理継続】


 カコは迷うことなく、俺へ視線を向けた。


「次はケイ。今度は絶対に後回しにしない」


     ◇


【無意味だ】


 旧王の低い声が、総合制御室へ響いた。


【賢者を救った】


【集落も残した】


【結界も維持した】


 床や壁に残っていた赤い光が、急速に一か所へ集まり始める。


「おい、今度は何をするつもりだ?」


《旧王命令層の残存権限を確認しています》


 コーデックスのページを流れる文字が、一気に速くなった。


《警告します》


「今度は何だ!」


《残存するすべての命令権限が、一つの処理へ統合されています》


 俺の名前が記された表示が、強い赤色へ染まった。


【異界生命体ケイ】


【最終排除処理 _ _ 開始】


「ケイ!」


「俺はまだ大丈夫だ!」


【ならば最後に一人を捨てよ】


「嫌。絶対に捨てない」


【すでに三つを得た】


【一つを捨てればよい】


「嫌って言ってる!」


【その者は、この世界の存在ですらない】


 その言葉を聞いた瞬間、カコの動きが止まった。


「……どういうこと?」


 俺も旧王の投影へ顔を向ける。


【異界生命体】


【この世界に属さぬ存在】


 カコの金色の瞳が、ゆっくりと俺へ向けられた。


【故に】


 旧王の声が低く響く。


【世界の外へ戻す】


 突然、ミメシスを握る右手の指先が薄く透け始めた。


「……何だ、これ」


 透けた指の向こうに、黒い床が見えている。


 透明な部分は手から腕へ広がり、さらに肩まで薄くなった。


 同時に、消えかけた部分から感覚が失われていく。


「ケイ、身体が消え始めてる!」


「まだ大丈夫だ。ちゃんとここにいる!」


『我が主!』


「ミメシス、どうした!」


『我との主従接続まで薄れている!』


 いつも強気なミメシスの声に、初めて明確な焦りが混じっていた。


『このままでは、我が主とのつながりまで消されるぞ!』


「それはさすがにまずいな……」


「まずいで済ませないで!」


【異界生命体ケイ】


【存在座標切断 _ _ 開始】


「コーデックス、すぐに止める方法を探して!」


《排除命令線を追跡します》


 コーデックスから放たれた青白い解析光が、床面の制御構造を走った。


 だが一秒、二秒と待っても、切断すべき命令線は現れない。


「どこにあるの? 早く見つけて!」


《確認できません》


「どうして?」


《今回の排除命令は、通常の制御経路を使用していません》


「じゃあ、命令そのものはどこにあるんだ!」


 コーデックスが一瞬だけ沈黙した。


《……ケイです》


「俺の中にあるってことか?」


《排除命令が、ケイ自身の存在情報へ直接書き込まれています》


「そんなもの、どうやってミメシスで斬ればいいんだよ!」


【排除処理完了まで _ _ 六十秒】


「ケイ、時間がない!」


「まだ六十秒ある。何とかするぞ!」


「六十秒しかないの!」


「そう言われると、確かに少ないな!」


 カコは透け始めた俺の身体を見つめた。


 魂力光刃にもノイズのような光が走り、青白い光刃が何度も揺らいでいる。


 斬るべき命令線は見えない。


 それ以前に、どこを斬ればいいのかさえ分からなかった。


 そのとき、カコが小さく呟いた。


「命令がケイの中にあるなら、外に出せばいい」


「カコ、そんなことできるのか?」


「知らない。でも、中にあるままじゃ斬れないなら、外へ出すしかない」


「また分からないまま始める気か!」


「でも、やる。ケイを消させない」


【排除処理完了まで _ _ 五十秒】


 カコが俺の周囲へ金色の光を走らせた。


 四本の王統制御線が俺を囲むように四角形を描き、それらが繋がって箱状の結界を形成する。


 それは攻撃を防ぐためだけの結界ではない。


 消えかけている俺の存在を、この場所へ固定するためのものだった。


「これ、俺をこの場所につなぎ止めてるのか?」


「うん。ケイはここにいる。勝手に世界の外へ戻させない」


 カコが両手を俺へ向けた。


「ケイは、この世界にちゃんといる」


【異界生命体である】


「それでも、ここにいる」


【この世界に属さぬ】


「それでも関係ない!」


 カコの金色の瞳が、旧王の投影をまっすぐ睨んだ。


「ケイは私たちと一緒に、ここにいる!」


【排除処理完了まで _ _ 四十秒】


 床から新たな王統制御線が立ち上がった。


 金色の線は俺の足元から両腕へ絡みつき、最後に胸へ向かって伸びてくる。


 次の瞬間、何本もの光が身体の中へ入り込んだ。


「うっ……これは結構痛いぞ!」


「痛いの? ごめん!」


「謝るのはあとでいいから、そのまま続けろ!」


「分かった。絶対に見つける」


 金色の線が、俺の身体の中を探るように走る。


 胸の奥を直接つかまれているような、冷たく不快な感覚が全身へ広がった。


【排除処理完了まで _ _ 三十秒】


「カコ、まだ見つからないか!」


「もう少し。何かあるのは分かる!」


【施設は異界生命体を守らぬ】


「施設が守らなくても、私が守る!」


【王命に逆らうか】


「私はさっきからずっと逆らってる!」


『その通りだ!』


《否定できません》


「二人とも今は応援だけしてろ!」


 その瞬間、胸の奥が急に熱くなった。


 何かが、身体の内側から強引に引きずり出されようとしている。


「カコ、何か来るぞ!」


「見つけた。これを外へ出す!」


 俺の胸から、赤い光が姿を現した。


 これまで見たどの命令線よりも太く、俺の存在そのものへ深く食い込んでいる。


「これが、俺を消そうとしてる命令線なのか……!」


 赤い命令線が、俺の胸から少しずつ引きずり出されていく。


 その先は、総合制御室の奥にある王冠の扉へ向かって伸びていた。


《排除命令線を強制的に外部化しています》


【排除処理完了まで _ _ 二十秒】


「外へ出せれば斬れる。カコ、そのまま頼む!」


 俺が魂力光刃を握り直した瞬間、それまで空中で震えていた八本の金属腕が動き出した。


 赤い光と金色の光を交互にまとっていた腕が、一斉に赤く染まっていく。


 さらに、床下を走っていた制御腕まで向きを変えた。


「こんなときまで邪魔するのかよ!」


【停止せよ!】


 旧王が叫ぶ。


 膨れ上がった投影から無数の赤い光が放たれ、俺たちの頭上へ降り注いだ。


「ケイ、その場所から動かないで!」


「動かない方がいいんだな!」


「結界の外へ出たら、命令線がまたケイの中へ戻る!」


「分かった。ここで全部防ぐ!」


 八本の金属腕が四方から迫り、床下から伸びた制御腕も金色の結界へ殺到する。


 頭上からは、無数の赤い光が降り続けていた。


 だが今の俺は、この結界から一歩も離れることができない。


【排除処理完了まで _ _ 十五秒】

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