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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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111/128

第111話 結界を完全修復しろと言われたので、旧王命令だけを引き剥がします

《居住領域結界を表示します》


 中央制御柱の前に、居住領域結界の巨大な立体映像が開いた。


 森を囲む金色の結界面に、高さ四メートルほどの裂け目が残っている。


 俺がミメシスで斬り開いた場所を中心に亀裂が広がり、その周囲では金色の光が大きく途切れていた。


【裂傷拡大中】


【完全修復 _ _ 推奨】


【即時完全修復 _ _ 大規模出力を要求】


【他制御との一時的な同時実行 _ _ 困難】


 その映像を見た瞬間、胸の奥が重くなった。


「……ここは、俺が斬った場所だ」


 カコは何も言わず、俺を見ていた。


「あのとき、俺が結界を斬らなかったら、魔物も中へ入ってこなかったかもしれない」


「ケイ」


「そうすれば畑も家も壊されなかったし、村のみんなだって……」


「ケイ、こっち向いて」


 カコが俺の前まで来ると、突然両手を伸ばした。


「何だよ……いひゃい!」


 両頬を力いっぱい挟まれ、そのまま顔を強引にカコの方へ向けられる。


 目の前にあるのは、王統権限によって金色へ変わった瞳だった。


 けれど、その目に宿るものは、最初に結界の中で出会った淡い青銀色の瞳と何も変わらない。


「今、それを話す必要ある?」


「……はなひゃない」


「ちゃんと言って」


 ようやく両手を離してもらい、俺は痛む頬を押さえた。


「今は話さない。反省会は全部終わってからにする」


「うん。それならいい」


「あとで怒る気はあるんだな?」


「それは怒る。でも、今は先に結界を直す」


「やっぱり怒られるのか……」


 カコは俺を無視するように、結界の映像へ向き直った。


「全部を一気に直さなくてもいい。今は裂け目が広がらないように固定する」


【警告】


【完全修復 _ _ 推奨】


「完全に直すのはあとでもできる。今はゆっくり直せる状態にする」


【不完全である】


「今はそれでいい。残りも全部助けてから、時間をかけて直す」


【傷は災いを呼ぶ】


「それは分かってる」


【ならば完全に塞げ】


「それをしたら、ほかを助けるための力が一時的に足りなくなる」


【他を捨てればよい】


 カコの金色の瞳が、旧王の投影へ向けられた。


「何度言われても嫌。誰も捨てない」


【他のために居住領域結界を危険へ晒すか】


「放っておくわけじゃない。今は固定して、これから直し続ける」


【不完全だ】


「だから、完全になるまで直し続ける」


【王は完全を求める】


「だから私は王にならない」


 床を走る金色の王統制御線が、一斉に強く輝いた。


【権限優先率 _ _ 再計算】


【現存最上位王統者権限 _ _ 五十四】


【旧王命令層権限 _ _ 四十六】


《カコの要求を基幹制御層が優先しました》


【否定する!】


 旧王の怒声が、総合制御室へ響き渡った。


【不完全な修復は王の選択ではない!】


「でも、この施設そのものはカコの選択を優先したみたいだぞ」


【黙れ、異界生命体】


 カコがすぐに俺を見る。


「ケイ、あとでその異界生命体っていう話も聞くから」


「今は結界が先だろ。その話もあとで頼む」


「まだ何も聞いてないのに、逃げようとしてる」


「絶対に聞くだろ? だから先に言ってるんだよ」


「聞く。絶対に聞く」


「分かったから、本当にあとでな」


 カコは納得していない顔をしたものの、今は居住領域結界を優先して、中央制御柱へ向き直った。


《旧王命令構造を解析します》


 コーデックスから伸びた青白い解析光が、床面の制御構造を走った。


 ところが、いくら探しても赤い旧王命令線が見つからない。


「コーデックス、命令線はどこにある?」


《警告します》


「今度は何が起きた?」


《旧王命令層が、居住領域結界制御そのものと融合しています》


 その直後、総合制御室の床が大きく動き始めた。


「うおっ!? 今度は床ごとかよ!」


 中央制御柱を囲むように、巨大な赤い円環が床から立ち上がった。


 一つだけではない。


 三つの円環が総合制御室を囲むように現れ、それぞれ異なる方向へ高速で回転を始める。


「コーデックス、あれは何だ!」


《結界完全修復強制命令です》


《旧王命令層が、居住領域結界の基幹構造へ直接融合しています》


「あの輪を斬れば止められるのか?」


《現状で切断した場合、融合している居住領域結界本体まで損傷する危険があります》


「それじゃ斬れないじゃないか!」


「なら、私が先に旧王の命令だけ剥がす」


「そんなこと、本当にできるのか?」


「分からない。でも、できるかどうかはやってから考える」


「またその答えかよ!」


 三つの巨大な円環が速度を増し、総合制御室の床まで複雑に動き始めた。


 足場の段差がずれ、床の一部が下へ沈んでいく。


 ケイを狙っていた八本の金属腕は、赤い光と金色の光を交互にまとい、今も空中で激しく震えていた。


 しかし、開いた床の下から新たな制御腕が次々と飛び出してくる。


「ミメシス、いったん無銘刃だ!」


『承知した!』


 王権護剣の刀身を覆っていた青白い古代文字が消え、切っ先から伸びていた光刃が縮んだ。


 ミメシスが、通常の無銘刃へ戻る。


 床下から伸びた制御腕が一斉にカコへ迫った。


 その直前、カコの周囲に金色の障壁が広がる。


 バァン!


 制御腕が障壁へ激突し、表面に激しい波紋が広がった。


【居住領域結界を不完全なまま残すというのか】


「今は完全じゃなくてもいい!」


【傷を残すな】


「残すんじゃない。あとでちゃんと直すために、今は広がらないように止めるの!」


 カコが中央制御柱へ両手を押し当てた。


 床から何百本もの金色の王統制御線が立ち上がり、回転する三つの円環へ一斉に絡みつく。


【離せ!】


「絶対に離さない!」


 旧王命令層が円環を居住領域結界本体へ引き戻そうとする。


 それに対し、カコの王統制御線は、融合している命令構造だけを引き剥がしていた。


《分離率 _ _ 十二パーセント》


「まだ十二パーセントしか剥がれてないのか!」


 床が大きく動き、俺は体勢を崩しかけながら走った。


「ケイ、止まらないで!」


「分かってる。剥がれた瞬間に斬ればいいんだな!」


 足場が沈み、横から制御腕が迫ってくる。


 俺は動く床を蹴って飛び上がり、迫る一本を無銘刃で弾き返した。


 だが、着地した床もすぐに沈み始める。


「この部屋、まともに立ち止まれる場所がないぞ!」


『ならば走り続ければよい!』


「口で言うだけなら簡単なんだよ!」


《分離率 _ _ 三十一パーセント》


 三つの円環が、目の前を高速で横切る。


 俺は円環の隙間を抜けながら、ミメシスを無銘刃のまま構え、王権護剣へ切り替える機会を待った。


 今ここで斬れば、居住領域結界そのものまで傷つける可能性がある。


「カコ、まだ切れないのか!」


「もう少し。まだ命令が居住領域結界につながってる!」


 カコを守っていた金色の障壁に、制御腕が再び激突した。


 バァン!


 表面に走っていた亀裂が一気に広がり、障壁が金色の破片となって砕け散る。


 さらに別の制御腕が、無防備になったカコへ迫った。


 俺は助けに向かおうと、走る方向を変えた。


「こっちに来ないで。ケイは斬れる位置で待ってて!」


「でも、そのままじゃカコが危ないだろ!」


「私が全部剥がしたら、すぐに斬って。それが一番早いから!」


「……分かった。絶対に無理するなよ!」


《分離率 _ _ 五十七パーセント》


 三つの巨大な円環が、少しずつ居住領域結界本体から浮き始める。


【やめろ!】


「嫌!」


《分離率 _ _ 六十八パーセント》


 足場が割れ、俺は咄嗟に向こう側へ飛び移った。


 割れた床の下では赤い円環が回転し、その隙間を縫うように制御腕が走っている。


《分離率 _ _ 八十二パーセント》


「もう少しだから、そのまま待ってて!」


 旧王の投影が、大きく膨れ上がった。


【結界は完全でなければならぬ!】


「今は完全じゃなくても守れる!」


【王の命に従え!】


「私は王にはならない!」


《分離率 _ _ 九十七パーセント》


「カコ、あと少しだ!」


「分かってる。全部、居住領域結界から離れて!」


 カコの金色の髪が大きく揺れ、総合制御室全体が黄金色の光に包まれた。


《分離率 _ _ 百パーセント》


【旧王命令層 _ _ 居住領域結界の基幹構造より分離】


 三つの巨大な赤い円環が、結界本体から完全に離れて宙へ浮いた。


「ケイ、今なら斬れる!」

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