第9話:初陣の予兆
神崎優斗の『中級剣術』への昇格、そして高橋たちの亡命からさらに二週間が過ぎた。
王都の空気は、日を追うごとに緊迫の度合いを増していた。
北方からの急使が馬を潰しながら連日のように駆け込み、近衛騎士団の兵舎では武器の擦れ合う音と、張り詰めた怒号が止むことはない。
「――魔王軍四天王の一角、『剣鬼』の配下が動いた」
円卓を囲む一同の前に、ガイル団長が大陸北部の精緻な地図を広げた。
そこには、聖王国レイヴァルトと精霊連邦イルミナの国境地帯に位置する「白狼谷」の文字がある。
「小規模だが統率された魔族の斥候部隊だ。
周辺の村落がいくつか落とされ、住民が拉致されている。
通常の魔物の暴走ではない。明確な意志を持った『軍』の進軍だ」
ガイルの言葉に残留組の学生たちは息を呑んだ。
これまでは城の安全な練兵場で人間を相手に木剣を振っていた。
だが今度は違う。
本物の魔族、本物の戦場、そして「命の奪い合い」がすぐ目の前に迫っているのだ。
「……ガイル団長」
優斗が一歩前に出た。
「僕たちも、その遠征に同行させてください」
「神崎くん!?」
結界術の勉強を続けていた山口が、恐怖に顔を強張らせて声を上げた。
「まだ早いのではないか、勇者」
セレナもまた、眉をひそめて優斗を窘める。
「貴殿の成長速度は目を見張るものがある。
だが、実戦は訓練とは違う。一瞬の躊躇が命取りになるのだぞ」
「分かっています、セレナさん。ですが、魔王軍の侵攻は僕たちの成長を待ってはくれません」
優斗の瞳には、かつての大学生としての甘さは消え去り、この世界を背負う覚悟を決めた男の鋭い光が宿っていた。
「石田の盾も、僕の剣も、実践でしか磨けない領域に入っています。
それに、さらわれた人たちをこれ以上放置することはできません」
優斗の背後で石田が力強く頷いた。
「俺も行きます、団長。神崎の剣のようにはなれずとも、俺はこの盾を鍛えてきたんだ」
ガイルは二人の若き異邦人をじっと見つめ、やがて不敵な笑みを浮かべた。
「ふん……。いいだろう。近衛騎士団第二部隊の輜重および遊撃として同行を許す。
ただし、足を引っ張るような真似をすれば、容赦なく後方に置き去りにするぞ」
「はっ! ありがとうございます!」
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出陣を翌日に控えた夜、優斗は王城の中庭で本物の鋼で作られた長剣の重さを確かめていた。
昼間、リエル王女から直接授かった王家に伝わる白銀の古剣だ。
「明日、発たれるのですね」
静かな足音とともに、リエルが姿を現した。
彼女はいつもより薄手のドレスを纏い夜風に金髪を揺らしている。
「はい。必ず皆を無事に連れて戻ります。殿下の信じてくれた勇者が、偽物ではなかったと証明するために」
「そのような証明は不要です」
リエルは優斗の前に歩み寄ると、その大きな手を両手でそっと包み込んだ。
彼女の手は小さく震えていたが、そこには確かな温もりがあった。
「私はただ、貴方に生きて帰ってきてほしい。それだけなのです」
リエルの瞳に月明かりを浴びた涙が光る。
優斗は、その手の温もりを通じて、自分が守るべきものの大きさを改めて感じた。
「――お約束します。必ず、生きて戻ります」
優斗が深く首を傾げると、リエルは愛おしそうに微笑み、彼の手をさらに強く握りしめるのだった。




