第5話:鋼の教育
翌朝、王城の第二練兵場は、まだ夜明け前の薄薄明かりに包まれていた。
張り詰めた冷気のなか神崎優斗は一人、支給された鉄化木の頑強な木剣を構えていた。
手への馴染みはまだ浅く、握るたびに手のひらの皮が擦れる鈍い痛みが走る。
「構えが甘い。腰が浮いているぞ、勇者」
鋭い声とともに、赤髪を揺らして現れたのはセレナ・ヴァルハイトだった。
彼女は自身の得物である軽銀の長剣を鞘のまま肩に預け、優斗の前に立つ。
その佇まいには、一切の隙がなかった。
「今日からは基礎体力作りと並行し、我がヴァルハイト家に伝わる実戦剣術の初歩を叩き込む。……言っておくが、私はガイル団長よりも容赦はしない」
「望むところです、セレナさん。よろしくお願いします」
優斗が頭を下げると同時に、セレナの木剣が容赦なく風を切った。
正面からの素直な一撃に見えた。
しかし、優斗がそれを受け止めようと木剣を突き出した瞬間、セレナの軌道がわずかに変化する。
受け流され体勢を崩した優斗の胸元に硬い木剣の先端が容赦なく突き込まれた。
「が、はっ……!」
激しい衝撃に息が詰まり、優斗は膝をついた。
「どうした。神から与えられた『聖剣適性』や『成長加速』とやらは、その程度の衝撃で無効化されるのか?」
セレナの言葉は冷徹だった。だが、その瞳には明確な「観察」の光がある。
優斗は這いつくばりながらも、すぐに視線をセレナから外さなかった。
痛む胸を片手で押さえ、泥を払いながら再び立ち上がる。
(――見えた。いや、見えた気がしただけだ。今の動き、僕の筋肉の動きを完全に先読みされていた……!)
視界の端で、【神託の書】が静かに明滅している。
『固有スキル:成長加速が実戦行動を検知。【初級剣術】の習得効率が上限値まで上昇します』
泥臭い能力。サボればゼロだが、挑み続ければ確実に肉体へ刻まれる。
優斗は再び木剣を強く握り直し、腰を落とした。
「もう一度、お願いします」
セレナの唇が、微かに弧を描いたのを優斗は見逃さなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
昼刻、王城の食堂の片隅で、残留組の面々は静かに食事を摂っていた。
重装騎士の適性を得た石田翼は、午前中の過酷な盾の防衛訓練で腕が引きつり、スープのスプーンを握る手すら震えている。
「……神崎、お前、本当によくやるよ。あのセレナ副団長のシゴキ、俺なら三回は心が折れてる」
「僕だって何度も心が折れそうになってるよ。でも、やるしかないからね」
優斗は簡素な麦パンを咀嚼しながら答えた。
その手は、すでにいくつもの豆が潰れ、応急処置の包帯が痛々しく巻かれている。
「それより、山口くんの様子はどう?」
優斗の視線の先には、食堂の隅で一人、魔導書を広げながらブツブツと呟いている山口健吾の姿があった。
彼は臆病ゆえに実戦訓練からは外されていたが、その代わりに宮廷魔導士の講義に強制参加させられていた。
「山口くん、最初は泣き言ばかりだったけど、最近は部屋に引きこもってずっと結界魔術の術式を暗記してるみたい」
回復役の桜井彩が、少しだけ安心したように微笑む。
「『僕が結界を張れるようになれば、みんなが怪我をしなくて済むから』って」
「そうか……」
優斗は胸の奥が温かくなるのを感じた。
自分が泥をすする姿が、確実に仲間たちに影響を与えている。
それは劇的な覚醒ではないかもしれない。しかし、この異世界の現実を生き抜くための、最も確かな「絆」の形成だった。
『固有スキル:統率、人望の相乗効果により、同行者の精神的成長率が微増します』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その頃、高橋翔、黒田蓮、相沢美月の三人は、離宮の一室に集まっていた。
ギルドでの一件以来、彼らには王都内での単独行動を制限する「監視役」の騎士が付けられていた。
しかし、それが彼らのプライドをさらに逆なでしていた。
「クソッ、どいつもこいつも俺たちを犯罪者みたいに扱いやがって」
高橋が室内の椅子を蹴り飛ばした。
「あのゼミ長め、いい子ちゃんぶって騎士団に媚び売りやがって。
偽物勇者の分際で、俺たちを監視する権利がどこにあるんだよ」
「……これ以上、ここにいるのはやはり非効率的だ」
黒田が、窓の外を見つめながら低く呟いた。
「俺の『隠密』のレベルが上がった。城の結界の巡回周期も完全に把握した。今夜、ここを出る」
「私も行くわ」相沢が立ち上がる。
「この国の王族は腐ってる。きっと私たちが本物の力に目覚める前に、処刑するか奴隷にするつもりよ。
隣国には『魔導帝国』があるんでしょう?
そっちに行けば、私を本当の聖女として迎えてくれるはずよ」
彼らは一度の敗北から「自らの未熟さ」を学ぶのではなく、「この環境が間違っている」という歪んだ認知へ逃避してしまった。
知識という絶対の拠り所を守るため、彼らは国家からの「離脱」――すなわち、本格的な犯罪者(賞金首)への道を、自ら選び取ろうとしていた。




