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職業『勇者』って言われたのですが、一緒に転移した同級生いわく違うらしい ~正しい職業を知りたい今日この頃~  作者: 有馬 茶


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第3話:最初の壁

静まり返った冒険者ギルドの店内で、高橋翔はふっと不敵な笑みを漏らした。

張り詰めた空気。

自分に注がれる、十数人もの荒くれ者たちの視線。

これこそが、彼が数多の画面越しに夢見てきた「最強へのプロローグ」だった。


「なんだ、誰も名乗り出ないのか? 王都の冒険者ってのも、大したことないな」


高橋がさらに挑発の言葉を重ねた、その時だった。

壁際の円卓で大きな肉塊を突き刺していた、熊のように大柄な男がゆっくりと立ち上がった。

全身に無数の傷跡を持つ、見るからに修羅場をくぐってきたベテラン冒険者だ。


「おい、ガキ。今、なんつった?」


男が床を踏み締めるたびに、重苦しい足音が響く。

高橋は(キタキタ、このパターンだ)と内心で快哉を叫びながら、自身の固有スキル『剛力』と『高速剣』の発動を意識した。

現地の粗暴な男を完膚なきまでに叩きのめし、周囲を驚愕させる瞬間を、彼は確信していた。


男の拳が、容赦なく高橋の顔面へと突き出される。

高橋はそれを紙一重でかわし、カウンターの回し蹴りを叩き込もうとした――。


しかし、現実は小説のように甘くはなかった。

男の拳はただの直線ではなかった。

放たれたのは、長年の実戦で培われたフェイントを交えた極めて実戦的な一撃。

高橋の未熟な回避運動の先を見切ったかのように肉厚な拳がその頬を正確に捉えた。


鈍い衝撃音が響き、高橋の身体が横ざまに吹っ飛んで床へと転がった。


「が、はっ……!? うそ、だろ……?」


口内を切ったのか血の味が広がる。

立ち上がろうとするが脳が揺れて足元がおぼつかない。

黒田蓮がすぐさま腰の短剣に手をかけ、固有スキル『隠密』を発動して男の背後に回り込もうとした。

しかし、その気配の荒さは、百戦錬磨の冒険者たちにとっては「ここにいるぞ」と叫んでいるも同然だった。


「ちょこまかと、鬱陶しいガキどもだ!」


男が背後を振り返りもせず、大きく振るった鉄製の鞘が黒田の腹部を強打する。

黒田は呻き声をあげて悶絶し、その場に膝を突いた。


「な、何よあんたたち! 私たちは異世界から呼ばれた特別な存在なのよ!? こんな無礼、ただで済むと思ってるの!?」


相沢美月が金切り声をあげるが、周囲の冒険者たちから返ってきたのは、感嘆ではなく冷酷な「嘲笑」と「侮蔑」だった。


「特別な存在ぃ? ただの世間知らずのガキが、命知らずの集まる場所に土足で踏み込んできて何抜かしてやがる」

「お前らの身ぐるみを剥いで、裏通りに転がしても誰も文句は言わねえんだぞ?」


むき出しの悪意と殺気が、三人へと降り注ぐ。

そこで初めて、高橋たちの背中に冷たい汗が伝わった。

ここは、ルールに守られた日本ではない。

力と実績がすべてを言う文字通りの無法一歩手前の世界なのだと、彼らの脳内を支配していた全能感が急速にひび割れていく。


と、そんな時。

「そこまでにしろ、お前たち」


ギルドの奥、重厚な扉を開けて現れたのは、仕立ての良い革鎧を纏った筋骨隆々の老人だった。

その眼光の鋭さに先ほどまで息巻いていた冒険者たちが一斉に居住まいを正す。


「ギ、ギルドマスター……」


王都冒険者ギルドを統べる男、グレッグだった。

高橋は床に手をついたまま、必死に声を振り絞った。


「ギルドマスター……! こいつらが、いきなり俺たちに絡んできたんだ! 処分しろ……! 俺たちは、この国の王女に呼ばれた――」


「おい、ガキ」

グレッグは高橋の言葉を冷酷に遮り、手にした小さな魔道具――淡く光る結晶を提示した。


「そこの『魔術カメラ』に、お前が最初に他人のテーブルを叩き、明確な敵意を持って挑発した姿がバッチリ写ってんだよ。うちの顧客に手を出し、営業を妨害し、器物まで破損させたのはどっちだ?」


「え……?」

高橋は絶句した。

ファンタジー世界のギルドに、そのような近代的な防犯・記録の概念が存在すること自体、彼の想定の枠外だった。


「お前らが城からお出ましになった『異界の人間』だってことは知っている。

 だがな、ここはギルドという名の、きっちりとした組合(組織)だ。

 法を無視して暴れた奴は、誰であれ営業妨害と器物破損で即逮捕。

 これがここのルールだ。おい、衛兵を呼べ」


「待って、そんなの嘘よ! 私たちは――」

相沢が反論しようとするが、グレッグの放つ威圧感の前に、言葉が喉に張り付いて動かなくなった。


ネット小説の知識という「最強の盾」は、現実の社会システムという分厚い壁の前に、あまりにも無力に砕け散った。

高橋たちは、衛兵によって文字通り引きずられるようにして王都の地下牢へと連行されていくのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

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同じ頃、王城の練兵場では、優斗が最後の力を振り絞って走り切った。


「――そこまで!」


ガイル団長の声と同時に優斗はその場に大の字になって倒れ込んだ。

肺が焼けるように熱く全身の筋肉が悲鳴を上げている。

しかし、視界の端に浮かぶシステムログは、彼の努力の成果を冷徹に、かつ確実に刻んでいた。


『固有スキル:成長加速の効果により、基礎体力が大幅に向上しました。

 【剣士】としての技能習得の土台が完成しました』


泥まみれの優斗の視界に、不意に美しい刺繍の施されたハンカチが差し出された。

見上げると、そこには心配そうに顔を覗かせる第一王女リエルの姿があった。


「神崎様……。お怪我は、ありませんか? これほど過酷な訓練を、初日から課されるなんて……」


優斗は慌てて上体を起こし、泥の手を引っ込めながら礼を述べた。


「リエル殿下。お見苦しいところをお見せしました。

 ですが、問題ありません。

 僕たちは、この世界の方々に命を救われ、そして世界を救ってほしいと頼まれた身です。

 この程度の泥に音を上げていては、何も成し遂げられませんから」


息を乱しながらも、優斗の瞳には曇りのない決意が宿っていた。

リエルはその言葉を聞き、胸の奥が熱くなるのを感じていた。

召喚された他の学生たちが、自分たちを「まるで道具かのように」見下したり、怖がって距離をとったり、傲慢に振る舞う者もいる中で、この青年だけは最初から自分を一人の人間として、一国の王女として尊重してくれている。


「ありがとうございます、神崎様。貴方が……貴方が私たちの勇者で、本当に良かった」


リエルの頬が、微かに赤らむ。

その様子を遠くから見つめていたセレナは、ふん、と鼻を鳴らした。

しかし、その手には、優斗のために用意した冷たい水入りの水筒が握られていた。


「甘いな、勇者。だが、その根性だけは認めてやろう。明日からは、私が直々に剣を教えてやる。覚悟しておけ」


「……はい。よろしくお願いします、セレナさん」


優斗は笑顔で応じた。

暴走した同級生たちが自滅の道を歩み始める一方で、本物の勇者は、着実に、しかしどこまでも誠実に、この世界にその足跡を刻み始めていた。

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