新たな一歩 ①
全ページ見直しました。
文章を足したり、引いたり……足した部分の方が多いかもしれません。誤字や表記揺れも修正しました。
食事の間へ足を踏み入れると、大きな窓から差し込む昼の光が白いクロスを照らし、その上に並べられた銀のカトラリーやグラスが静かに輝いていた。
(……レティシア様に教えていただいた通りに。落ち着いて、一つずつ……)
リアは胸の内で何度も言い聞かせる。
昨夜、一生懸命頭へ詰め込んだ作法を思い返しながら、並べられた銀器へ視線を向けた。
(順番、間違えちゃ駄目……)
そう思うだけで、無意識に指先へ力が入る。
レイがリアの手を取り、椅子を引いて流れるような所作で席へ導いた。
リアは、その無駄のない優雅な所作に思わず見惚れる。
(これから、こういうのにも慣れていかなくちゃ……)
生まれ育った環境の違いを、改めて実感した。
レイはリアの隣に用意された上座の席へ、自然な足取りで腰を下ろした。
ルシナスは迷うことなくリアの隣へ腰を下ろすと、レイへ静かながら鋭い視線を向けた。
気づけばリアは、左右をレイとルシナスに挟まれる形になっていた。
グレイヴはレイの向かいの席へ着き、その隣へレオニスが続いた。
リアの正面に座ったレオニスは、彼女が小さく何かを唱えるように口を動かしていることに気づき、思わず微笑んだ。
一同が席に着いた頃、書類を綴じ終えたアルヴェインが食事の間へ姿を現した。
部屋を一瞬見渡すと、レオニスの隣に用意されていた席へ腰を下ろした。
「皆様、おそろいのようですので。初めに、食前酒をご用意いたします。リア様には果実水を」
「本日の食前酒は、ハーヴェル侯爵領より取り寄せた北方産の白葡萄を用いた発泡酒でございます」
給仕係の男が説明を終えると、銀の盆に乗せられたグラスを配り始めた。
淡い金色の液体に細かな泡が立ち上がっている。
リアの前には、同じ淡い金色の果実水が置かれた。
「こちらは、同じ白葡萄を搾った果実水でございます」
給仕係の男が傍らに立ち、説明を続ける。
リアはつい、いつもの癖で礼を言いそうになる。
しかし、レティシアに何度も注意されたことを思い出し、慌てて口を閉じると、代わりに微笑みながら軽く会釈した。
「では、始めようか」
グレイヴは静かにグラスを傾け、一口だけ口に含んだ。
そして、向かいに座るリアへ視線を向ける。
「先程の殿下と、この二人が従兄弟という話だが……」
リアは背筋を伸ばし頷いた。
「俺がいない間そんな話してたんだ?」
ルシナスが、少し呆れたように言う。
「別に、今さら改まって話すようなことでもないだろう」
レオニスは穏やかに答えた。
「お前たちには些細なことでも、この娘にとっては違う。これから関わっていく相手のことくらい、知っておくべきだろう」
グレイヴは小さく息を吐き、肩をすくめた。
思いもよらなかった事実に、リアは思わず口元を押さえた。
レイ、レオニス、ルシナスを順に見つめる。
「……それで、レイ様とお二人は良く似ていらっしゃるのですね」
リアは思わず呟いた。
三人には、どこか共通する面影があった。
黒髪に、整った顔立ち。
レオニス様とルシナス様が似ているのは、双子なのだから当然なのだろう。
表情や仕草まで知らなければ、衣装を入れ替えられたとしても見分けるのは難しいだろう。
レイ様は目元がお二人より冷ややかで、同じ黒髪でもわずかに色合いが深い。
だが、王太子であることを示す紋章や装飾がなければ、知らない人には誰が王太子なのか見分けがつかないだろう。
これまで、何度か似ていると思うことがあった。
けれど、それは気のせいではなかったのだ。
今、その理由を知り、ようやく腑に落ちた。
ほどなくして、侍女たちが静かに入室する。
一人の侍女が一礼し、最初の皿を並べた。
給仕係が、恭しく料理の解説を始める。
「前菜でございます。ハーヴェル領、霧の湖で水揚げされた燻製鱒に、初夏の若菜を添えております。ソースには北方のトゥマン森林でのみ実る紅木苺を用いました」
リアは皿へ視線を落とした。
薄く切られた魚と鮮やかな赤いソース。
王宮で過ごしているうちに、洒落た料理は見慣れてきた。
これまでは部屋に一人だったので、特段作法など気にせず食べていた。
だが、これからはそうも行かない。
とくに今回は、祖父となる人に見られているのだ。
そう思うと、肩に妙な力が入ってしまう。
侍女が下がると、静かに食事が始まった。
(まず、左は外側のフォークから、右はスープスプーンの隣にあるナイフ……を)
食べやすい大きさに切り、フォークでそっと口へ運んだ。
ほんのりと甘い香りのする身に、紅木苺の甘酸っぱいソースがよく合っている。
「……美味しい」
つい、小さく声が漏れる。
リアは、はっとしてグレイヴをちらりと見た。
「ルシナス、もっと落ち着いて食べなさい」
グレイヴは、ルシナスを注意する。
隣を見ると、ルシナスはわざと普段より早く皿を空にしていた。
ルシナスはリアへ微笑む。
(ああ、私が作法を気にしてばかりいるから……)
リアは、その優しさに少し胸が痛んだ。
グレイヴもルシナスの意図に気づいたのか、それ以上は咎めなかった。
レイは、ルシナスを一瞥し何とも言えない顔をしていた。
自分には、作法を軽く崩すような真似をしてリアの緊張を解すことは出来ない。
それが悔しくもあった。
ルシナスは、そんなレイに薄く笑いかける。
食事の進みに合わせ、侍女たちが静かに前菜の皿を下げる。
やがて温かなスープが運ばれ、器から立ち上る湯気が食卓を柔らかく包んだ。
給仕係が一歩前へ進み出て、静かに料理の説明を始める。
「次に、根菜のポタージュでございます。寒冷地で育った根菜をじっくり煮込み、身体が温まるよう仕上げております」
三人のやり取りを眺めながら、レオニスは静かに楽しんでいた。
隣に座るアルヴェインも、顔には出さないが同じように感じていた。
殿下とルシナス様は、元々互いに苦手意識を持っていた。
必要がない限り、言葉を交わすことはなく、三人揃うときは常にレオニス様が間にいた。
それが、リア様が現れてから二人はよく言葉を交わすようになった。
あれほど分かりにくかった殿下の表情が、わずかに動くようになった。
それを見られることが、アルヴェインには面白くもあった。
先ほどまで強張っていたリア様の肩からも、わずかに力が抜けたように見えた。
このペースだと、もう少し掛かりそう……。




