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なんとも言えない空気のまま、王宮にたどり着いた。
馬車を降りると、父とミイナは豪奢な建物に目を丸くした。
「はあ……すごいな」
「わぁーっ!!」
二人は感嘆の声を漏らした。
リアはまだ少し拗ねたような顔をしている。
ルシナスはルークとともに馬を降り、手綱をエルナに返した。
「エルナ、ありがとな」
「い、いえ……お気になさらず」
エルナはまた顔を赤くしながら、小さな声で返した。
「あの、楽しかった……お前、いいやつなんだな」
ルークはそっぽを向いたまま、照れくさそうにルシナスへ呟く。
ルシナスは目を細めて笑い、ルークの頭をそっと撫でる。
頭を撫でられたルークは、気恥ずかしそうにリアたちのもとへ駆けていった。
出迎えに出てきた侍女たちは、恭しく頭を下げた。
「おかえりなさいませ、リア様。皆様も、ようこそお越しくださいました。リア様は以前のお部屋をお使いくださいませ。他の皆様は、リア様のお部屋の近くにご用意しております」
侍女の一人が先に立ち、王宮の中へと案内した。
リア以外の三人は、長い廊下に並ぶ壮麗な装飾品と高い天井に目を見張りながら歩いていた。
自分たちの部屋へ到着すると、三人はそれぞれ中へ入っていく。
一人になったリアは、ため息をつく。
はじめの頃はあれほど居心地の悪かったはずの部屋が、今では不思議と愛おしく懐かしく感じた。
「……戻って来たんだ、私」
思わず独り言が漏れた。
そして同時に、胸中へ不安と喜びが入り混じった、もう一つの名状しがたい感情も生まれる。
荷物の整理を終え、これまでのことを振り返っていると、不意に部屋がノックされる。
「はい」
返事をして扉へ向かおうとした瞬間、外から開かれた。
レティシアが不機嫌そうに部屋へ入ってくる。
後ろに控える侍女は、ひどく困った顔をしていた。
「着いてきなさい」
そう言ってレティシアは髪を翻し、廊下へ出ていく。
リアも慌ててその背中を追った。
「なんで私が、こんなことを……」
レティシアが誰にともなく呟く。
「何かあったのでしょうか……?」
リアは前を進むレティシアに声をかけたが、彼女は振り向きもしなかった。
レティシアは、ある部屋の扉の前で立ち止まる。
先ほどまで背後にいた侍女が、慌ただしく扉を開けた。
中には大きな姿見が置かれ、品の良い淡い色のドレスと靴がいくつか並べられていた。
レティシアはリアとドレスを見比べ、一着を指先で示した。
「……これがいいわね」
「あなたにはこちらの色の方が似合いますわ」
リアは侍女たちに促されるまま、手際よくドレスを着替えさせられていく。
リアは姿見の前に立たされたまま、何が起きているのか分からず戸惑っていた。
そしてそのまま、レティシアによる礼法指導が始まる。
視線の向きから足の位置、ドレスの摘み方まで、言葉遣いに至るまで一つひとつ指摘が飛ぶ。
ほどなくしてレティシアは時計に視線をやり、わずかに目を細めた。
「……まだ、終わりではなくてよ。しっかりなさい」
疲れ切ったリアに、鋭い声が飛ぶ。
「場所を変えるわ」
レティシアはそう告げると、部屋を出ていった。
リアは再び、その背を追う。
「今度は実践ですわ。私の後に続いてやってみなさい」
途中でレティシアは前を見たまま、静かに言葉を継いだ。
レティシアが次の部屋をノックすると、侍女が内側から静かに扉を開く。
「お連れいたしましたわ」
レティシアは完璧な所作で、静かに一礼した。
「失礼いたします」
リアもそれに倣い、先ほど教わったばかりの礼をなんとか形にする。
顔を上げると、そこには白い布が掛けられた長いテーブルと複数の椅子が並ぶ、食事用の部屋があった。
いくつかの席にはグラスと冷水の入った水差しが整えられている。
カトラリーが均等に並べられ、まだ料理の気配はない。
室内にはすでに三人の姿があった。
レイとレオニス、そしてアルヴェインが、既に席に着いている。
「これは一体どういう……?」
リアは状況を理解できず、思わず誰にともなく尋ねた。
「明日のハーヴェル侯爵家との面会の後、侯爵家側の意向により会食が追加で組まれております」
アルヴェインが淡々と告げる。
「ハーヴェル侯爵は、君が本当にハーヴェル家の人間として相応しいかを見るつもりだろうね」
「だから私がレティシアに指導をお願いしたのさ」
レオニスはそう前置きしてから、レティシアへ視線を移した。
「レティシア、彼女はなんとかなりそうか?」
穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。
「付け焼き刃にしては、よく出来ているわ。それであの方の目を誤魔化せるかは分かりませんけれど」
レティシアは扇をパチンと閉じ、冷ややかに答えた。
レイは顔色を変えぬまま、内心では静かに安堵していた。
「明日は私たちも同席する。緊張しなくていい」
レイは柔らかく、リアの不安をほどくように言った。
「……はい」
リアは、今受けている礼法指導と明日の予定の重さに、この先はそう簡単には進まないのだと痛感しながら、小さく返事をした。
料理が運ばれてくると、レティシアによる厳しい食事作法の指導が始まった。
リアは緊張と不安、そしてレティシアへの怯えで、何を食べたのかも分からないまま食事を終える。
明日は、ハーヴェル侯爵と会う。
お母さんの家の人だ。
部屋に戻った頃には、すっかり疲れ果て、気づけば夜も更けていた。




