5
王宮は、あまりにも静かだった。
足音すら吸い込まれる長い絨毯の敷かれた廊下に、磨かれた床が光る。
誰もが礼儀正しく、誰もが感情を隠している。
リアは気づいた。
ここには、“生活の音”がない。
店で聞こえていた布を切る音
子供達の笑い声
父のため息
窓の外の町の喧騒
そういうものが、何一つ存在しない。
「こちらのお部屋になります」
侍女が扉を開ける。
与えられた部屋は、平民の感覚では信じられないほど広く落ち着かなかった。
壮麗で、隙のないほどに整えられている“自分とは違う人間”の部屋だった。
「何か必要なものがあれば」
「……ありません」
反射的に答える。
迷惑をかけてはいけない、それだけが先に出る。
侍女が去り扉が閉まる。
その瞬間、部屋の隅に漂っていた白い霧がすっと薄くなる。
リアは息を止めた。
まただ、緊張すると力が漏れる。
王宮へ来てから、霧がまるで何かを確かめるように、近づいてくる。
リアは両手を握り締めた。
「……だめ」
小さく呟いた。
(ここでは何があるか分からない、だから目立ちたくない…)
そのとき扉の外で、低い声がした。
「……中へ入っても?」
リアの肩が跳ねる。
なぜ、王太子本人が来るのか理解できない。
だが、もっと理解できないのは霧の動きが止まったことだった。
「……どうぞ」
か細い声で返すと、扉が静かに開いた。
入ってきたレイは、昼間と変わらず整っていた。
乱れ一つない服装、感情を隠した理性的な目をしている。
側近も護衛も付けずに一人で入ってくる。
リアは無意識に身を固くした。
王太子、この国で最も高い場所に近い存在の一人だ。
同じ部屋に二人きりというだけで、息が詰まりそうだった。
レイはそんなリアを見て、わずかに視線を落とす。
(怖がらせている)
それくらいは分かった。
本来なら来るべきではなかった。
監視対象に、王太子自ら接触する必要はない。
側近達にも止められた。
(一人で不安だろう…)
そう思った感覚が、まだ自分でも理解できない。
「……座っていて構わない」
レイが先に口を開く。
リアは慌てて頭を下げた。
「す、すみません……!」
「謝罪は必要ない」
だがその真っ直ぐな声音が、逆に緊張を増幅させる。
沈黙と重い空気が流れる。
レイは少し考え、普段なら絶対に選ばない話題を口にした。
「……店は、長く続けているのか」
リアが目を瞬く、世間話をするとは思わなかったのだろう。
「え……?」
「仕立て屋だ」
「あ……はい」
リアは戸惑いながら答える。
「お父さんが、ずっと……」
「王都の外れで、小さいお店を」
レイは言葉もなく、ただ聞いていた。
リアは少しずつ、困惑し始めていた。
王宮はもっと恐ろしい場所だと思っていた。
尋問のように力を聞かれ、閉じ込められるのだと。
だが目の前の青年は、奇妙なほど真剣に自分の話を聞いている。
リアは気づけば、その整った横顔に見惚れていた。
「布は、どこから仕入れている」
「市場です……あ、でも良いものは高くて」
「父がよく値切っていて……」
そこまで言って、リアは慌てて口を閉じた。
王太子相手に話す内容ではない。
「……なるほど」
レイは小さく頷いただけだった。
本当に、興味深く聞いている。
リアは少しだけ戸惑う。
そして気づけば、ぽつりぽつりと言葉を返していた。
「ルークとミイナも、よくお店を手伝ってくれて」
「……孤児か」
「はい、二人ともすごく頑張り屋なんです」
そのときだけ、リアの声が少し柔らかくなる。
「ミイナはまだ小さいのに背伸びしてて……」
「ルークは口は悪いけど優しくて……」
リアのわずかな表情の緩みを、レイは見逃さなかった。
(ああ本当は、こういう顔をするのか)
怯え以外の表情を見たのは初めてだった。
コンコン
その時、扉が叩かれた。
リアの肩が跳ねる。
この時間は誰も近づけないはずだった。
返答より先に、扉が静かに開き現れたのは一人の令嬢だった。
整えられた金の髪、完璧な所作、隙のない上品な美貌を持つ少女が立っていた。
レティシア・エヴァレット
王太子の最有力婚約者候補であり、幼馴染でもある。
レティシアは部屋の空気を一瞬で読み取る。
二人きり、護衛なし、王太子自らの訪問その事実だけで十分だった。
完璧な社交の笑みで、彼女は微笑んだ。
「失礼いたします、殿下」
静かな声が、張り詰めていた空気をさらに変えていく。
リアは、反射的に息を呑み理解した。
ここは“貴族社会の中心”なのだと。
そこそこスマホに書き溜めて有るのでサラッと見直しながら出していこうと想います。
貴族も王宮もアニメやなんやかんやで聞き齧った知識しかないので…ファンタジーも想像力無く難しいです…。




