聖女を巡る思惑①
あの日から、レイは休む暇もなかった。
報告書の整理、被害状況の確認、そして各地から届く災厄の後処理でいっぱいだった。
レオニスが放っていた使いの鳥も、次々と報告を持ち帰ってくる。
リアが家に帰るというのに、顔を合わす時間もほとんどなかった。
(本当は送ってやりたかった…)
執務室で手を止め、レイは短く息を吐いた。
「少し休みますか?」
その様子を見たアルヴェインの言葉に首を振る。
「大丈夫だ、続ける」
全部に目を通した後、側近達に支持をだした。
「被害の少なかった都市から、王都および近郊へ物資と人材を回せ。各地へも書状を飛ばせ」
「今回の災禍については報告を求められている。隠蔽しても商人経由でいずれ知れるだろう」
「顛末も併せて伝えておけ」
(まだ、やることがある…リアの立場をどうするか)
しかし、各地へ報告を進めるとなれば、地方の有力貴族を外すことはできない。
最西端の都市クライを治めるアルヴェイン公爵家、北方ティア山脈を越えた先のヒマルガードを治めるハーヴェル侯爵家は必須だ。
(両家、そして各地の有力貴族と話す前に、こちらの方針は一つにまとめておく必要がある……)
レイは机の上の書類に視線を落としたまま、思考を巡らせる。
翌日は朝から会議だった。
長机を宰相オルヴァンをはじめとした七大臣、高位貴族、騎士団が囲んでいる。
机が縦に並ぶその先にレイとレオニス、アルヴェインが席に着くと部屋は静まり返った。
レオニスが周囲を一瞥し静かに話し始める。
「被害状況を共有する。北方山脈沿いの被害が最も深刻だ。南部・西部は軽微で復旧も早い見込み、支援も要請済みだ」
続けて本題に入る。
「今回の霧災害収束に関与した少女“リア”についてだ。既に民間では聖女視する動きがある」
「放置すれば信仰化は避けられない」
「後日、地方の有力貴族と話し合う前にこちらの意見をまとめておきたい」
オルヴァンが口を開く。
「中にはその力を怖れ、危険視している者もいる…私もその一人だ」
軍務大臣バルドが続く。
「戦場なら“英雄”だ、国で管理するのが妥当だろうな」
宗務大臣セレニア・トマが即座に言う。
心酔している様子だった。
「国の災厄を鎮め、人々を癒やすその御力……どうか教会にてお支えさせていただきたい」
「聖女としてお迎えすれば、その御力も正しく導くことができましょう。霧が消えた今となっては、その奇跡は隣国に対する大きな抑止ともなります」
ここまで沈黙を守っていたレイだったが、さすがに看過できず口を開いた。
「教会に監禁するつもりか?」
セレニアはしどろもどろに答える。
「いや、何も拘束しようというわけでは……。その、聖女として教会の庇護下に入っていただければ、民も安心しますし……ええ、その……ご本人も誤った力の使い方をせずに済むのではないかと……」
外務大臣フィリス・ナガンがセレニアに賛同する。
「外交上の抑止にはなるでしょう」
宮廷管理官のマルクス・ディーンが口を挟む。
「失礼ながら、国の象徴という重責をいきなり背負わせるのは、彼女には荷が重すぎるのではないでしょうか」
バルドが鼻で笑う。
「“戦力”として見るなら、なおさら国だろうな」
バルドの発言を受け、レイは口を開いた。
「彼女を“国の象徴”や“戦力”としてのみ捉えるのはいただけない。国の管理下に置き私が管理する」
法務大臣カイゼル・ノートンが口早に話す。
「それは、国家管理対象とするということですか?前例のない事案です、そんなものが認められるはずがありません」
「“戦力”にもなりうる彼女を王宮に置くのは危険すぎる」
離れた席で話を聞いていた貴族の誰かが口を開いた。
「殿下が側に置きたいだけでしょう?」
その一言をきっかけに、会議の場はたちまちざわめいた。
「そういえば、先日の報告でも話題になっておりましたな」
「レティシア様から婚約破棄を申し出られたとか」
「それで彼女を妃に、というわけですか」
「いやはや、随分と話が見えてまいりましたな」
「そこまで望まれるなら、レオニス様に王位継承権をお譲りしてはどうですかな?」
「おお、それはよい」
「先代国王陛下の直系と公表すれば済む話ですな」
「それなら殿下が妃に迎えることにも問題はありますまい」
「静かに!」
レイは堪えかねて言葉を発しかける。
だが、それを制するようにレオニスの鋭い声が響き、ざわついていた場は一瞬で静まり返った。
レイは驚いたように隣を見た。
「私は、王になるつもりはないよ」
「家名上の祖父が自ら王家の直系から退いた以上、その孫である私が王位に就くのは、祖父の決断に泥を塗ることになる」
「今さら私がレイの従兄弟であると公表すれば、民にさらなる混乱を招くだけだ」
「レイのほうが王に相応しいと思っている」
レオニスは更に続ける。
「私も彼女を国で管理するのが良いと考えている、まだ王太子妃としてふさわしいかは見極めている段階だが」
「監視役にはレイではなく、ルシナスが適任だと思う。幸い、彼も彼女に好意を抱いているしな」
そう言って、チラリとレイを見る。
レイは、理解できないといった表情を浮かべていた。
「あいつは祖父と同じく、どこか自由な性格だ。私やレイより劣ると思われがちだが、それは誤りだ。剣と魔術の才はむしろ上だろう。彼女が暴走したとしても、抑え込めるはずだ」
騎士団長のガレス・アルデンが頷く。
「剣の腕は、確かに一流だった」
その言葉に、オルヴァンが感心したように目を細めた。
「確かに、それなら多少は安心できますな」
他の大臣や貴族たちも、レオニスの言葉にひとまず異論はないようだった。
バルドが会議室を見渡し、口を開いた。
「ところで、その“魔術師団長様”はどこにいる?」
アルヴェインが静かに答える。
「ルシナス様なら、今朝から先日訪れた村の調査へ向かわれています。会議の内容は報告で十分とのことです」
レオニスは、それを聞いて小さく笑った。
「あいつらしいな」




