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帰る時間が近づいていた。


リアは落ち着かず、部屋の中をぐるぐると歩き回る。


(最後にレイ様に会いたい)


けれど今の王宮は、呪いによる被害の把握や復興対応、それに自分の処遇問題で慌ただしいはずだ。


レイもきっと忙しい。


探しに行けるほど時間はないだろうし、そもそも自分が入れる場所も限られている。


「うーん……」


悩んでいると、扉が控えめにノックされた。


「どうぞ」


声を掛けると、部屋へ入ってきたのはレティシアだった。


相変わらず隙のない、美しい佇まい。


思わず背筋が伸びる。


するとレティシアは小さくため息をついた。


「そんなにかしこまらなくてよろしくてよ」


そして少し視線を逸らしながら続ける。


「……無事に帰ってきてくれて良かったわ。その……この前は酷いことを言ってしまって、ごめんなさい」


扇を広げ、口元を隠したままそっぽを向く。


その姿に、リアは少し驚いた。


完璧な淑女に見えていたレティシアが、不器用に謝っている。


なんだか可愛らしいと思ってしまい、返事が遅れる。


「あ……いえ、気にしないでください。私は大丈夫です。きっと私でも、同じ立場ならそう言っていたと思います」


慌ててそう返すと、レティシアはほんの少しだけ目を細めた。


そういえば、とリアはふと思う。


レティシア様は、本当に自ら婚約破棄を申し出たのだろうか。


気になって口を開きかけたその時、再び扉がノックされた。


返事を待たず、扉が開く。


「帰る前に顔見ておこうと思って」


入ってきたのはルシナスだった。


「忙しいから、もう戻るけど。元気でな」


それだけ言うと、本当にすぐ出ていってしまう。


「相変わらず忙しない方ね……」


レティシアが呆れたように呟く。


「それでは、失礼致しますわ。ごきげんよう」


レティシアは軽く礼をすると、部屋を後にした。


そして、その直後に部屋へ入ってきたのはレイだった。


レティシアは静かに一礼し、そのまま去っていく。


レイは真っ直ぐリアを見つめた。


「リア、帰る時間だ」


短く告げる声は、いつもより少しだけ柔らかい。


「送ることが出来なくてすまない、また会おう」


そして一歩近づき、静かに続けた。


「何も心配はいらない。迎えに行くまで、待っていてほしい」


リアは胸がぎゅっと締め付けられるのを感じた。


「ありがとうございます。……大丈夫、です」


少し言葉を止めて、小さく笑う。


「少し不安ですけど……待ってますね。会いに来てくれて、嬉しかったです」


その言葉に、レイの表情がほんの僅かに和らいだ。


王宮の外には、小さな馬車が一台用意されていた。


侍女や騎士、衛兵たちが見送りに来ている。


「またお会いしましょう」


互いに挨拶を交わし、リアは従者に促されて馬車へ乗り込んだ。


窓から見えなくなるまで、皆が手を振ってくれている。


リアも小さく手を振り返した。


王都の東側にある小さな町の外れまでは、馬車で1時間程である。


過ぎ行く街並みには厄災の跡が残っていた。


家の窓が割れていたり、古い家屋は壁が崩れている。


途中の橋は石の欄干が欠け川へ落ちていた。


瓦礫の片付けや、家の片付けで人々が忙しない。


しばらく揺られていると、見慣れた町並みが窓の向こうに見えてきた。


近所のお婆さんや、八百屋のおじさんが気づいて手を振ってくれる。


リアも笑顔で振り返した。


(帰ってきたんだなぁ…)


そんなことを考えているうちに、馬車は家の前で止まった。


扉を開けて降り、御者へお礼を言う。


御者は軽く頭を下げると、そのまま馬車を走らせていった。


リアは玄関の前で深呼吸する。


何度か帰ってきてはいたはずなのに、今日は少しだけ気恥ずかしい。


一呼吸置いてから、そっと扉を開けた。


昼下がり、ちょうど作業を止め奥の居住スペースで休憩していたらしい。


扉の音を聞いて父とルーク、ミイナが慌てて駆け寄ってくる。


「リア姉!」


「リア姉ちゃん!」


二人が勢いよく飛びついてきた。


父は穏やかに笑う。


「おかえり、よく頑張ったな」


大きな手が優しく頭を撫でてくれる。


店の中を見ると、布や糸、道具類があちこちに散らばっていた。


「家の方はミイナと片付けたんだけどさ」


ルークが呆れたように言う。


「店の方は父ちゃんがやるって言ったのに、全然進んでなくて」


「途中で別のこと始めちゃうの」


ミイナも頬を膨らませる。


「無くした道具見つけるたびに、“こんな所にあったのかー!”って喜んでて」


「いやぁ、見つかったのが嬉しくてな」


父は頭を掻きながら笑った。


その賑やかな空気に、リアは自然と笑みを浮かべる。


(――家に帰ってきたんだ)


改めてそう実感した。


「仕方ないなぁ。片付けは私がやるから、お父さんは普段の仕事に戻っても大丈夫だよ」


散らばった布や糸を拾い集め、色や種類ごとに分け始める。


(家族っていいな…)


(温かくて、優しくて…)


(王宮へ行く前なら、レイ様と出会う前なら…)


きっと自分は、この町で静かに暮らしていく未来を望んでいた。


けれど今は違う。


どんなに辛い道でも、一緒にいたいと思う人に出会ってしまったのだから。

続きは出来次第投稿します。

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