49
帰る時間が近づいていた。
リアは落ち着かず、部屋の中をぐるぐると歩き回る。
(最後にレイ様に会いたい)
けれど今の王宮は、呪いによる被害の把握や復興対応、それに自分の処遇問題で慌ただしいはずだ。
レイもきっと忙しい。
探しに行けるほど時間はないだろうし、そもそも自分が入れる場所も限られている。
「うーん……」
悩んでいると、扉が控えめにノックされた。
「どうぞ」
声を掛けると、部屋へ入ってきたのはレティシアだった。
相変わらず隙のない、美しい佇まい。
思わず背筋が伸びる。
するとレティシアは小さくため息をついた。
「そんなにかしこまらなくてよろしくてよ」
そして少し視線を逸らしながら続ける。
「……無事に帰ってきてくれて良かったわ。その……この前は酷いことを言ってしまって、ごめんなさい」
扇を広げ、口元を隠したままそっぽを向く。
その姿に、リアは少し驚いた。
完璧な淑女に見えていたレティシアが、不器用に謝っている。
なんだか可愛らしいと思ってしまい、返事が遅れる。
「あ……いえ、気にしないでください。私は大丈夫です。きっと私でも、同じ立場ならそう言っていたと思います」
慌ててそう返すと、レティシアはほんの少しだけ目を細めた。
そういえば、とリアはふと思う。
レティシア様は、本当に自ら婚約破棄を申し出たのだろうか。
気になって口を開きかけたその時、再び扉がノックされた。
返事を待たず、扉が開く。
「帰る前に顔見ておこうと思って」
入ってきたのはルシナスだった。
「忙しいから、もう戻るけど。元気でな」
それだけ言うと、本当にすぐ出ていってしまう。
「相変わらず忙しない方ね……」
レティシアが呆れたように呟く。
「それでは、失礼致しますわ。ごきげんよう」
レティシアは軽く礼をすると、部屋を後にした。
そして、その直後に部屋へ入ってきたのはレイだった。
レティシアは静かに一礼し、そのまま去っていく。
レイは真っ直ぐリアを見つめた。
「リア、帰る時間だ」
短く告げる声は、いつもより少しだけ柔らかい。
「送ることが出来なくてすまない、また会おう」
そして一歩近づき、静かに続けた。
「何も心配はいらない。迎えに行くまで、待っていてほしい」
リアは胸がぎゅっと締め付けられるのを感じた。
「ありがとうございます。……大丈夫、です」
少し言葉を止めて、小さく笑う。
「少し不安ですけど……待ってますね。会いに来てくれて、嬉しかったです」
その言葉に、レイの表情がほんの僅かに和らいだ。
王宮の外には、小さな馬車が一台用意されていた。
侍女や騎士、衛兵たちが見送りに来ている。
「またお会いしましょう」
互いに挨拶を交わし、リアは従者に促されて馬車へ乗り込んだ。
窓から見えなくなるまで、皆が手を振ってくれている。
リアも小さく手を振り返した。
王都の東側にある小さな町の外れまでは、馬車で1時間程である。
過ぎ行く街並みには厄災の跡が残っていた。
家の窓が割れていたり、古い家屋は壁が崩れている。
途中の橋は石の欄干が欠け川へ落ちていた。
瓦礫の片付けや、家の片付けで人々が忙しない。
しばらく揺られていると、見慣れた町並みが窓の向こうに見えてきた。
近所のお婆さんや、八百屋のおじさんが気づいて手を振ってくれる。
リアも笑顔で振り返した。
(帰ってきたんだなぁ…)
そんなことを考えているうちに、馬車は家の前で止まった。
扉を開けて降り、御者へお礼を言う。
御者は軽く頭を下げると、そのまま馬車を走らせていった。
リアは玄関の前で深呼吸する。
何度か帰ってきてはいたはずなのに、今日は少しだけ気恥ずかしい。
一呼吸置いてから、そっと扉を開けた。
昼下がり、ちょうど作業を止め奥の居住スペースで休憩していたらしい。
扉の音を聞いて父とルーク、ミイナが慌てて駆け寄ってくる。
「リア姉!」
「リア姉ちゃん!」
二人が勢いよく飛びついてきた。
父は穏やかに笑う。
「おかえり、よく頑張ったな」
大きな手が優しく頭を撫でてくれる。
店の中を見ると、布や糸、道具類があちこちに散らばっていた。
「家の方はミイナと片付けたんだけどさ」
ルークが呆れたように言う。
「店の方は父ちゃんがやるって言ったのに、全然進んでなくて」
「途中で別のこと始めちゃうの」
ミイナも頬を膨らませる。
「無くした道具見つけるたびに、“こんな所にあったのかー!”って喜んでて」
「いやぁ、見つかったのが嬉しくてな」
父は頭を掻きながら笑った。
その賑やかな空気に、リアは自然と笑みを浮かべる。
(――家に帰ってきたんだ)
改めてそう実感した。
「仕方ないなぁ。片付けは私がやるから、お父さんは普段の仕事に戻っても大丈夫だよ」
散らばった布や糸を拾い集め、色や種類ごとに分け始める。
(家族っていいな…)
(温かくて、優しくて…)
(王宮へ行く前なら、レイ様と出会う前なら…)
きっと自分は、この町で静かに暮らしていく未来を望んでいた。
けれど今は違う。
どんなに辛い道でも、一緒にいたいと思う人に出会ってしまったのだから。
続きは出来次第投稿します。




