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レイが部屋を出て行ったあと、リアは明日の朝ここを発つために軽く荷物をまとめ始めた。


(家に帰れる…そのはずなのに、少しだけ寂しい)


リアは小さく頭を振る。


(……違う!家にはお父さんがいる、ルークもミイナもいる)


久しぶりに皆へ会えるのだ。


本来なら、嬉しい気持ちの方が大きいはずだった。


(レイ様と離れるのが辛い)


そんな自分に、少しだけ後ろめたさを感じた。


「……駄目だな、私」


ぽつりと呟く。


荷物は、元々それほど多くなかった。


まとめ終わるのに、そう時間は掛からない。


手持ち無沙汰になり、リアはそっと部屋を出た。


しばらく、王宮へ来ることもないかもしれない。


そう思うと、少し歩いておきたくなった。


廊下を進けば、侍女や衛兵達が声をかけてくれる。


「リア様、お加減は大丈夫ですか?」


「本当にお疲れ様でした」


「王宮も少しずつ片付いてきましたよ」


王宮内は、先日の揺れで崩れた箇所の修復や片付けで慌ただしかった。


リアは、その様子を見ながら歩く。


侍女達とは、お菓子や紅茶の話をした。


時々荷物を運ぶのを手伝ったりもした。


衛兵達とは、中庭で花の名前を教え合った。


どれも少し前のことなのに、今はもう懐かしく感じる。


ふと、リアは立ち止まった。


「……そういえば」


書庫には、まだ行ったことがない。


思い立ったその足で向かう。


重厚な扉を開けると、そこには本が山のように並んでいた。


高い本棚


積み上がる書物


インクや少し湿気たような紙の匂いに包まれた。


難しそうな本ばかりで、リアは思わず目を丸くする。


その時、視界の奥で大量の本がふわりと浮き上がった。


風に運ばれるように、次々と本棚へ戻っていく。


その中心にいたのはアルヴェインだった。


落ちた本を集め、魔法で整理しているらしい。


あまりにも滑らかな動きに思わず声が漏れる。


「わあ……すごい」


はっとして、慌てて口を押さえる。


するとアルヴェインは手を止めずに言った。


「貴方が来たのには気づいていましたよ」


「別に声を出しても問題ありません」


淡々とした声音で話し出す。


「無闇に魔力を開放するのは禁止されていますが、こういう用途なら話は別です」


「一冊ずつ戻していたら、日が暮れますからね」


リアは、少し感心したように周囲を見る。


「確かに……お一人で戻すのは大変そうですね」


「何か、お手伝いしましょうか?」


アルヴェインは、小さく首を横に振った。


「大丈夫です」


「良かったら、好きな本でも読んでいてください」


リアは本棚を見回す。


「物語の本はどこにありますか?」


その言葉に、アルヴェインの手が止まった。


少し考えるように視線を巡らせ、近くの棚から一冊の本を抜き取る。


「それなら……これを」


本がふわりと宙を滑り、リアの手元へそっと飛んできた。


受け取ったリアは、ぱちぱちと瞬きをする。


アルヴェインは、どこか含みのある顔で続けた。


「貴方のような少女が、王子様と——」


そこで止める。


「……いえ、先を言うと面白くありませんね」


「読んでみると良いでしょう」


リアは、表紙を見下ろした。


「ありがとうございます」


「部屋へ戻って読むと良い」


アルヴェインは、再び本を整理しながら言う。


「何なら、家へ持って帰っても構いません」


「処遇が決まるまでは、ここへ来る理由もないでしょう」


「その本を返しに来れば、また次を貸せます」


「……王宮へ来る理由にもなる」


リアは、少し照れたように笑った。


「ありがとうございます、アルヴェイン様」


本を抱えたまま、ぱたぱたと走って戻っていく。


その背を見送りながら、アルヴェインは小さく息を吐いた。


「……柄にもないことをしてしまいましたね」


しばし沈黙し、そして珍しく口元を緩める。


「殿下には、黙っておきましょう」


「召喚命令もないのに、あの子が王宮へ現れたら……」


そこまで想像して、アルヴェインは小さく笑った。


リアは部屋へ戻り扉を閉める。


途端に王宮の喧騒は遠のいた。


借りた本をぱらぱらと捲る。


町娘の少女が、お城で開かれる舞踏会に憧れている。


ある日、不思議な妖精が願いを叶えてくれてお城へ行けることになる。


そこで王子様と恋をする――そんな物語だった。


(レイ様と…)


ふと、自分とレイを重ねていることに気づき、リアは慌てて本を閉じる。


いつの間にか夢中になっていたらしい。


窓から差し込んでいた光は、いつしか薄く陰っていた。


窓を開けると、冷たい風が頬を撫でる。


「はぁ……」


火照った顔を冷ますように息を吐いた。


(みんな元気かな?家はどうなっているのだろう…)


そんなことを考えていると、部屋がノックされていることに気づいた。


返事をすると侍女が夕食を運んでくる。


「何度かお声を掛けたのですが、お返事がなかったので……お休みかと思っておりました」


「ごめんなさい。明日帰るんだなって考えてたら、気づかなくて……」


「ふふ、大丈夫ですよ。本当にあっという間でしたね」


侍女は優しく微笑む。


「最初は、いつまでここにいるんだろうって思ってました。でも今は……少し寂しいです」


「私も寂しいですわ」


侍女も少し眉を下げた。


「でも、さっきアルヴェイン様が本を貸してくださったんです。また読み終えたら借りに来れば良いって」


リアが本を見せると、侍女は表紙を見て目を細める。


「あら、とてもリア様らしい本ですね」


(アルヴェイン様も、中々気の利いたことをするじゃないですか)


そんなことを思いながら、侍女は小さく微笑んでいた。


翌朝、リアはいつもより少し早く目を覚ました。


帰る準備はもう終わっている、出発まで特にすることもない。


寝間着から着替えたのは、初めて王宮へ来た日に着ていた服だった。


家を出る日に合わせて、父が急いで仕立ててくれた服。


袖を通すと、ようやく帰る実感が湧いてきた。


寂しさはまだある。


それでも今は、早くみんなの顔を見たいと思えた。


そっと扉を開け、廊下を覗く。


王宮の朝はまだ静かだった。


遠くでは侍女が掃除をしていて、反対側では衛兵が眠たそうに欠伸をしている。


リアは静かに扉を閉め、そのまま背を預けた。


これから家へ帰り、元の日常へ戻る。


殿下……レイ様は、報告が終わった後に言ってくれた。


《大丈夫だ、何とかする》


でも、周囲の視線はそう言ってはいなかった。


(レイ様なら何とかしてくれる、そう信じている。)


(……でも、もしも大丈夫じゃなかったら)


国を救った英雄だと言う人もいる。


だが、大臣や貴族の多くは、自分の力を危険視している。


それは嫌でも伝わってきていた。


平民の少女が、王国を襲った災厄を鎮めた。


そんな話、簡単に信じられるはずがない。


もし本当にそんな力があるのなら、恐れられて当然だ。


(……きっと、自分だって逆の立場ならそう思う)


尊敬と同時に、畏怖を抱くだろう。


(監視されるのだろうか)


(あるいは、閉じ込められるのか)


(平穏に生きていけるのだろうか)


(想いを伝え合ったのに、これで終わってしまうのだろうか)


(アルヴェイン様が本を貸してくれた)


(“また王宮へ来る理由”を作るように)


次々と浮かぶ考えに、リアは小さく息を吐く。


そして、自分の頬を軽く叩いた。


「……今は、考えるのやめよう」


そう呟いて、リアはゆっくり顔を上げた。

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