塔の上で
『――終わりが始まる』
耳元で、あの声が響いた瞬間リアは驚き指先から力が抜ける。
柵を掴んでいた手が滑った。
「あ……」
身体が傾き、足場が消える。
リアの頭をよぎったのは、安堵ではなかった。
(怖い…)
終わらせたかったはずなのに、本当に落ちる瞬間になって身体が震える。
(死にたくない)
そう理解した時には、もう遅かった。
「っ……!」
強い力が、腕を掴んだ。
ルシナスだった。
彼は咄嗟に走り柵へ身を乗り出し、落ちかけたリアの手を掴んでいた。
「馬鹿っ……!」
低く荒い声で叫ぶ。
身体は、宙へ浮いていた。
リアは、ルシナスを見上げ目を見開いた。
(軽いすぎる…)
片手でも引き上げられるほどだった。
ルシアンは歯を食いしばり、一気にリアを引き戻した。
床へ倒れ込む二人に、荒い呼吸だけがその場へ響く。
リアは震えていた。
ルシナスは、その身体を思わず抱き寄せる。
「……良かった」
心の底から漏れた声。
リアは、しばらく呆然としていた。
やがて、一筋の涙が零れる。
「……怖かった」
小さな声だった。
次の瞬間リアは、ルシナスの胸へ縋りつくように泣き始めた。
「怖かった……っ」
「嫌だった……!」
子供のように声を上げて泣きじゃくる。
王宮へ来てから初めてだった。
こんな風に、感情を出し思い切り泣いたのは。
ルシナスは、何も言わなかった。
ただ、震える背中を静かに撫で続けていた。
その頃、レイは窓の霧の向こうに、柵の縁に立つ少女を見つけていた。
(リア? 何故そこに……)
次の瞬間、リアの身体が滑り落ちる。
だがすぐに、誰かがその手を掴んだ。
レイは急いで塔へ向かおうとする。
その瞬間、国全体が大きく揺れた。
警鐘が鳴り響き、王宮内が一気に騒然となる。
レイは周囲を気にせず走り出していた。
「殿下!?」
側にいたアルヴェインが、目を見開く。
振り返らず叫ぶように言い残す。
「ここを頼む!」
「殿下、どちらへー!」
遠くで声が響く。
だが構わなかった。
走る
ただ走る
胸が嫌な音を立てる。
間に合え
間に合え
それだけだった。
塔へ辿り着き、息を切らしながら回廊へ踏み込む。
そして、ルシナスの胸の中で、泣きわめくリアがそこにはいた。
レイは、その場で足を止めた。
(生きていた、良かった)
その事実に、全身から力が抜けそうになる。
だが同時に、あんな風に泣くリアを見たことがないと思った。
壊れたように泣き続ける姿。
そして、そんな彼女を抱き締めるルシナス。
こんな時なのに、胸の奥が僅かに焼ける。
嫉妬だった。
ルシナスは、レイに気づいていた。
だが何も言わない。
ただ泣き続けるリアの顔を、そっと上げる。
「……落ち着け」
低い声で囁き、リアの唇へ、静かに口づけた。
時間が止まる。
レイは息を呑んだ。
「……何をしている」
思わず声が漏れていた。




