21
二人の間を静寂が流れる。
『次期王は間違えた』
その一言だけで十分だった。
これはただの幻聴ではない。
ただ霧が暴走しているだけでもない。
レイはしばらく黙ったまま、リアを見つめていた。
彼女は不安そうに目を伏せる。
「……ごめんなさい」
小さな声で謝る。
「私、変なことを言ってますよね……」
レイは即座に否定した。
「違う」
迷いのない声で言う。
「お前は何もおかしくない」
その言葉に、リアの肩がわずかに震える。
だがレイの内心は、決して穏やかではなかった。
次期王
間違えた
忠告
偶然とは思えない。
(霧は明確に“自分”へ反応している)
そして、リアへ近づくたび悪化している。
レイは静かに立ち上がった。
「今夜はもう休め」
リアは不安そうにレイを見る。
まるで、また離れていくのではないかと怯えるように。
その視線に気づきながらも、レイは数秒沈黙したあと静かに告げた。
「……また来る」
それだけ言い残して、部屋を出ていった。
リアの部屋を出た後レイはすぐに従者へ命じ、アルヴェインを呼ばせた。
深夜の急な呼び出しにも関わらず、アルヴェインは既に禁書庫で資料を広げ待っていた。
「……新しい言葉を聞いたと報告を受けました」
レイは無言で頷いた。
そして、リアから聞いた言葉をそのまま伝える。
『この国はもう駄目よ』
『次期王は間違えた』
『私の忠告を、あなたが聞かないから』
しばし無言の時間が続く。
アルヴェインは長く考え込んでいた。
やがて、一冊の古書を静かに開く。
『白き女は王を愛した、王もまた女を愛した』
『されど、王がその愛を選べば国は傾く』
『ゆえに王は白き女を選ばず、白き女も愛する王を守るため自ら退いた』
レイの視線が止まる。
「……何だこれは」
「解読された文献です」
アルヴェインは淡々と答える。
「千年前の記録」
「おそらく、今回の件と無関係ではありません」
地下書庫の灯りが、微かに揺れる。
レイは低く問う。
「つまり」
「私が、間違っていると?」
アルヴェインはすぐには答えなかった。
代わりに静かに言う。
「霧は殿下に反応している」
「そして、リア様を通して警告している」
レイは目を伏せる。
王として正しい選択、それを理解している。
だから距離を取り、接触を避けた。
それでも、あの苦しそうな顔を見て放っておけなかった。
「……馬鹿げているな」
小さく漏れる。
アルヴェインは何も言わない。
レイは苦笑した。
「国を守るため、諦めろというのか」
重い沈黙が広がった。
その頃、リアは寝台の上でぼんやり天井を見つめていた。
声はもう聞こえない。
なのに、胸だけが痛かった。
(殿下は知っていたんだ、だから…正しい道を選ぶために)
そう思うと、胸の奥が冷えていく。
「……好きにならなければ、良かった」
ぽつりと漏れた声は、あまりにも小さかった。
そしてその瞬間、窓の外の白い霧がわずかに揺れた。
まるで、その言葉へ返事をするように。




