22
霧は、この国へ漂い始めた時から意思を持っていた。
ずっと見ていた。
王国を
王達を
もう二度と、間違えないように――と。
長い月日が経つ。
霧となってから、確か五百年を超えた辺りだったか。
いつからか、数えることをやめた。
国は安定していた。
王達もまた、“正しき王”として国を治めている。
きっと、もう大丈夫。
そう思っていた。
しかしある時、漂わせていた霧がざわついた。
王が
王妃の妹へ、手を出したのだ。
王妃へ会いに、王宮を訪れていた妹
後ろ姿も、横顔もよく似ていた。
夜
月明かりの下
王宮内にいたその姿を、王は見間違えた。
霧は凍りつく
また
またなのかと
けれど、その王は理性を失わなかった。
すぐに体裁を整えた。
王族という重圧から逃れたがっていた弟を、王妃の実家のヴァルクレイン公爵家へ婿入りさせる。
歴史は、正しい形へ戻された。
霧は、静かに安堵した。
その間違いは、ごく一部の貴族だけに隠された。
そして生まれた子は、後にヴァルクレイン家当主となる。
王に最も近い貴族
そう囁かれながら
やがて、双子が生まれた。
兄、レオニス
優秀だった。
もし一足先に生まれたレイがいなければ、次代の王になっていただろう。
そう言われるほどに。
弟、ルシナス
兄に劣っている訳ではない。
だが、自由を好む性格だった。
霧は思う。
レイでも、レオニスでも国を正しく導くのなら、どちらが王になっても良い。
今のところ、王家へかけられた呪いは静かだった。
微かな違和感を覚えたのは、その数年後。
王都東側の町外れ
そこにいた小さな少女が、漂う霧へ干渉していた。
少女が触れるたび、霧は揺らぐ。
最初は、気のせいかと思った。
だが違った。
霧越しに見える少女は、傷ついた人の痛みを和らげる。
苦しむ人の心へ触れ
癒していく
人の精神へ干渉する力
癒し
そんなものが、人間にあるはずがない。
隠さなければ
国に見つかれば、必ず連れていかれる。
何かが起きるかもしれない。
霧は、その町を深く覆い隠した。
だが、少女が成長するほど霧は散らされていく。
消されているのではない。
干渉され、その場からほどかれていく。
双子の片方と、少女が出会ったのはその頃だった。
そして次期王となる者が、霧の乱れを観測する。
いずれ見つかる。
そう理解した。
ならば、少しでも遅らせよう。
霧は、少女を隠し続けた。
だが、少女は力を制御できるようになる。
日々、少女の住む町の霧だけが晴れる
そして遂に見つかった。
王太子が町を訪れる。
二人は、初めて顔を合わせた瞬間から微かに惹かれ合い始めていた。
静かだった呪いが再び目を覚ましはじめる。
霧は、必死に呪いを抑えこもうとした。
いっそのこと呪いごと国を凍らせてしまおうと考えた。
呪いが広がる場所へ、濃い霧を発生させる。
市街地
市場
水路
農地
あれは災害ではない。
呪いを閉じ込めるためのものだった。
レイが少女を訪ねた日から。
霧は、ずっと少女へ話しかけていた。
離れなさい
近づいては駄目
けれど、声は届かない。
何度も
何度も
声をかけ続けた。
そして
少女がこちらへ干渉し続けたことで、ようやく声が届くようになる。
だが、その時にはもう遅かった。
霧は人ではない。
人間の感情など、完全には理解できない。
それでも
伝われば
伝えれば
止まれると思っていた。
けれど駄目だった。
互いに惹かれ始めている。
もう、止まらない。
霧には、呪いを完全に消す力までは無い。
残されたのは、見守ることだけ。
愛した人が築いた国
その子孫
滅びへ向かうのを、ただ見続けるしかない。
その絶望と共に、白かった霧はゆっくりと色を失っていく。
暗く
深く
沈むように
そして、国全体を包み込む濃い霧へと変わり始めていった。




