距離
(それでも私が来るのを…助けを…待ってる人がいる。)
役に立てているのか疑問を持ち限界が来てから1週間、リアはその気持ちだけでギリギリ自分を支えてきた。
その間、リアの部屋にあの黒髪の王太子が来ることはなかった。
毎日の終わりに必ず現れていた気配が途絶えた。
「……殿下、お忙しいのかな」
リアは小さく呟く。
自分に言い聞かせるように。
理由は分からない。
何かしてしまったのか、それとも本当に王宮の仕事が増え忙しいだけなのか。
ただ胸の奥に、説明のつかない空白と寂しさが残った。
それを埋めるかのように、ルシナスだけが時折顔を出した。
「元気?」
軽い声、いつも通りの調子。
だがレイの話をすると、ほんのわずかに表情が曇る。
「……レイは今、忙しいから」
それ以上は語らない、語ろうともしない。
リアはそれ以上聞けなかった。
一方、王宮の外では、霧の動きが変わり始めていた。
一週間が過ぎた頃、リアは気づく。
「……減ってる?」
霧を消しに回る件数が、明らかに減っていた。
ゼロではない。
だが、以前のような“連鎖的な発生”は抑えられていた。
そして翌週、会議が開かれていた。
「濃霧の発生頻度は減少傾向にある」
「王都周辺は特に顕著」
「ただし完全に無くなったわけではない」
報告が読み上げられる。
地図の上には、うっすらとした白の揺らぎが残っていた。
王都は確かに安定しつつある。
だが王国全体には、まだ不規則な霧が散っている。
アルヴェインが静かに口を開く。
「王都は……均衡に近づいています」
「彼女の負担がある限り、ですが」
その言葉に、一瞬だけ空気が重くなる。
レイは書類を見つめたまま動かない。
この一週間は感情を押し殺してきた。今までもそうだったので、平静を装うのは容易なことだった。
冷静で合理的、完璧、ときには冷酷な王子とも呼ばれて来たのだ。
やがて、低く呟いた。
「国王へ報告する必要があるな」
その声には、わずかに苦いものが混じっていた。
“成果”としては成功。
だがそれは同時に、彼女をさらに縛りもう関わるなという結果でもある。
レイは奥歯を噛む。
(これしかない…)
思考が交錯する中、会議は淡々と進んでいった。
王宮の中では、誰もが忙しさに追われていた。
アルヴェインは、霧の構造をさらに解析しながら感じていた。
(これはもう……)
確信に近い。
霧は“形を変えている”。
そして、それはリアの存在と明確に連動している。
偶然では説明できない。
アルヴェインは静かに目を伏せる。
(戻れない、もう出会ってしまっている)
レイはリアを忘れることはない。
そしてリアもまた、気づかぬうちに確実に惹かれている。
それは、偶然ではなかった。
最初から決まっていた“流れ”だ。
濃霧はまだ消えていない。
そして、この均衡は──
いつか必ず、崩れる。




