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18

リアは、最近少しだけ落ち着いた日々を過ごせていた。


霧の発生は1日に1〜2ヶ所、多くても3ヶ所。


そのため、全てを回り終えたあと仕立て屋の実家へ寄れる日もある。


仕事を終えたあとは王宮へ戻り、慣れてきた廊下や庭をひとりで散歩することも増えていた。


侍女や衛兵と打ち解け、軽い会話を交わせるようにもなって来ていた。


特に、リア専属で監視・護衛の任務に着いている女性騎士エルナとは仲良くなった。


王宮は長くいると不思議と“慣れてしまう”場所だった。


その日も、リアは廊下を歩いていた。


角を曲がると、レイの姿が見えた。


資料を抱え、誰かと話しながら歩いてくる。


一瞬だけ視線が合う。


レイは気づいたように目を向けると、以前と同じように穏やかな目を向けた。


けれど——


そのまま、すぐに視線を逸らされた。


そして何も言わずに通り過ぎていく。


「……」


リアは立ち止まったままその背中を見送った。


(避けられている?)


そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと締まった。


理由は分からない。


でも、もう話しかけてはいけない気がした。


その夜、リアは部屋に戻ると直ぐに寝台へ潜り込んだ。


「このまま……終わるのかな」


誰にも聞こえない声が落ちる。


寂しいのか、怖いのか、自分でも分からない。


ただ、胸の奥が痛かった。


その頃、レイは執務室で書類に目を落としていた。


だが何度読んでも頭に入らない。


今日、廊下ですれ違ったリアの顔が離れなかった。


声をかければ良かった。


だが、それはできなかった。


(これ以上近づけば、霧が乱れる)


アルヴェインの言葉が頭に残っている。


霧は、コルハ王国の安定そのものだ。


今は、乱すわけにはいかない。


(嫌われればいい)


そうすれば、彼女は自分を気にしなくなる。


安全でいられる。


それでいいはずなのに——


胸の奥が、納得してはくれない。


その一方で、レティシアは窓辺で読んでいた報告書を閉じた。


最近の霧の減少


王太子の行動の変化


「……分かりやすいですわね」


小さく呟く。


あの人は、あの少女を避けている。


守るためか、怖れているのか、それとも——


どちらにせよ、もう“ただの婚約者候補”ではいられないのだろうと理解する。


不思議と、苛立ちはなかった。


むしろ少しだけ、納得している自分がいた。


その夜、霧がわずかに揺らいだ。


王宮の近くで以前よりも明確に、“意思”があるように。


翌日もリアは霧を消しに向かった。


その場で初めて、異変に気づく。


霧の中から、声がした。


――……れ……


――……とめ……


――……な……


言葉にならない声。


だが、確かに“誰かがいる”。


リアは思わず護衛騎士エルナを見る。


「今……何か言いませんでしたか?」


「いいえ、何も」


エルナは首を振る。


従者も同じだった。


その日以降、同じ現象が続く。


声は少しずつ明瞭になっていく。


そしてそれは、ただの幻聴ではない“意思”の気配を帯び始める。


その報告は、王宮へ上がった。


緊急の会議が開かれる。


霧の異常


意思を持つような反応


リアの証言


会議室には重い空気が満ちていた。


「単なる疲弊からの幻聴では説明がつかない」


宰相オルヴァンが静かに言う。


「霧は明確に“反応”している」


「何にだ」


軍務大臣バルド・シグレインの声が鋭く飛ぶ。


その瞬間、アルヴェインが口を開いた。


「先週仮設段階であった、関係性の変化に対する反応が確かなものとなりつつあります。」


「特に、リア様と殿下の間に生じる互いの気持ちの距離や接触」


「つまり何だ」


「簡潔に言うと、殿下とリア様がお近づきになると荒れるということです」


アルヴェインはそれ以上は答えない。


それが事実に近いことを、誰もが理解し始めていた。

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