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王宮地下禁書庫
積み上がる古書
封印された棚
冷たい空気
霧の濃くなる王都とは別種の、冷気が支配している。
アルヴェインは、解読途中の文書へ目を落としていた。
そのとき奥の扉が開く。
「解読班から報告です」
若い研究員が、慎重に筒を差し出した。
アルヴェインは受け取り、封を切る。
そこに記されていたのは、千年前の記録だった。
『北方開拓視察記録』
王国北側
未踏領域
雪山越え
当時の王自ら、視察団を率いていたらしい。
だが、吹雪によって遭難し多くが死を覚悟した。
その時“白い女”が現れた。
雪のような髪
霧のような気配
吹雪の中、一人静かに立っていた。
視察団を導き、洞窟へ避難させ吹雪が収まるまで共に過ごした。
記録には、こう残されていた。
『まるで氷の精霊の如き女であった』
アルヴェインの指が止まる。
その後の記述
王はその女へ惹かれていった。
女もまた、王を拒まなかった。
人ではないもの
本来交わるはずのない存在
それでも二人は、互いを選んだ。
そして
『その時、呪いが発動した』
そこから先は、文字が崩れていた。
滲み
欠損
解読不能
アルヴェインは小さく息を吐く。
「……肝心な部分がない」
研究員が頭を下げる。
「更なる解読には時間が必要です」
「急がせろ」
短く返す。
研究員が去ったあとも、アルヴェインは動かなかった。
報告を受け考えてみる。
呪い
何に対して?
誰へ?
何を条件に発動する?
記録通りなら、王が“人ではない存在”へ惹かれた際に起きた。
だが、代々の王族記録にそんなものはない。
もし毎回そうなら、血統はとっくに途絶えている。
ならば違う。
重要なのは、“存在”ではない。
王が、王として進むべき道を外れたこと。
(あるいは王権よりも、個人の感情を選ぼうとした瞬間)
そこまで考えた時、アルヴェインの脳裏に一人の少女が浮かぶ。
彼女が王宮へ来てから、霧はさらに悪化している。
偶然とは思えない。
そして、レイもあの少女へ執着し始めている。
「……まさか」
低く呟く。
だが、まだ断定はできない。
材料が足りない。
アルヴェインは目を閉じる。
既に運命はあの時に決まっていたのだ。
――九年前
王都外れ
霧の濃い裏路地
あの日、ルシナス・ヴァルクレインが姿を消した。
騒ぎになった王宮で、最初に動いたのはレイだった。
まだ十一歳、なのに既に異様なほど冷静だった。
馬車で王都を巡る最中、霧の奥から怒鳴り声が聞こえた。
「ガキを探せ!」
「そっちだ!」
レイは即座に異変を感じる。
霧が乱れている。
不自然に薄くなり。
次の瞬間には、濃くなる。
呼吸しているように、意思があるように。
「止めろ」
レイは馬車を降りた。
騎士達が慌てて追う。
そして、霧の中心へ近づいた時。
一瞬だけ世界が静かになった。
まるで“何か”が、そこを書き換えたように。
その場にいた少女を、レイは見つけなかった。
だが、あの日からレイは密かに霧の不自然な乱れを調べ続けていた。
そして数年後、王都外れの小さな街で霧が消える現象が発生する。
原因は、仕立て屋の娘リアはあまりにも目立った。
本来なら、もっと隠れていられたかもしれない。
だがリアは、困っている人を放っておけなかった。
腰の痛む老人
苦しむ子供
彼女は、見過ごせなかった。
たとえ隠していても、いつか必ず王宮に知られていただろう。
アルヴェインは古書を閉じる。
灯りが、わずかに揺れた。
千年前の封印
王族の呪い
白い女
霧
そして
リア
すべてが、少しずつ繋がり始めていた。
まだ誰も知らない。
この国の王が地位の正しさより、“愛を選んだ瞬間”から壊れ始める構造であることを。




