表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/10

第9話 エピローグからの始まり

 試合の片付けがある程度終わると、顧問は試合に出ていたメンバーはクールダウンを行うよう指示した。潤とペアを組んだ充は長座体前屈をし、その背中を潤が押していた。

「終わっちゃったな、俺らの青春。」

潤が充にそう声を掛けた。潤はその言葉を何気なく言ったが、充にはその声色が何かを抑え込んでいるように聞こえた。そして、その言葉は充の心に重く響いた。部活の時間がなくなる。部活のために朝早く起きることや夜遅く学校に残ることもない。実感はわかないが、それは紛れもない明日からの事実であった。充は、チラリと右側に視線を向けた。そこでは、凛沢工業高校の生徒たちの優勝記念撮影が行われていた。インターハイ10年連続出場という偉業を成し遂げた彼ら顔は、喜びで満ちていた。凛沢工業高校の部長がトロフィーを持ち、副部長が賞状を持っている。あと2点で、あの場所は自分たちの場所だったかもしれない。充は唇を噛み締めた。

「ありがとな、潤。楽しかった。」

充は、背後で背中を押している潤にそう声を掛けた。潤と過ごした中学から高校までの6年間が頭の中を過る。充は、潤の目を見て感謝を伝えるべきだと感じていたが、今は振り向くことができなかった。しかし、充の気持ちは潤に痛い程伝わっていた。潤は充の背中を押す手を止めた。潤の目に、薄い水の膜が張り始めていた。

「充コノヤロ~!」

「ちょ、重い重い!」

潤は、充に体重をかけた。充は潤に文句を言うが、重くない程度に体重をかけていることを理解していた。二人は、互いに笑い合う。込み上げてくる悔しさを、打ち消すかのように。


 「良かったの?俺なんかを優先させて。」

閑散とした体育館の2階ロビーで、充と翔は緑色のラウンドベンチに人一人分にも満たない隙間を開けて座っていた。窓の外からは夕日が差し込み、2人をオレンジ色に染めていた。

「今は翔といたいから。」

「…そっか。」

翔の問いかけに、迷うことなく答えた充に対し、翔は少しだけ嬉しさを感じた。試合後、充は仲間たちと今日の打ち上げをするのだろうと考えていた翔は、帰る準備をしていたが、帰る間際に届いた充からのメッセージを見て、その場に留まった。そのメッセージには、ただ一言、「会いたい」とだけ書かれていた。

「翔、ありがとな。翔のおかげで、今までで一番楽しく試合をすることができた。」

充は翔に感謝を述べる。翔が目線を少し下に傾けると、充の両手には今日の朝、翔がおまじないをかけた駄菓子の袋が握られていた。

「これ、一生大事にする。」

「それはやめな。衛生面で心配だし。あと、お守りとかって長く持ち続けるのは良くないって噂あるし。」

「むー。」

翔の正論に対し、充は目を瞑って、腕を組んで考えあぐねた。そんな充の様子に、翔は笑みが溢れた。

「おまじないくらいなら、またいくらでも掛けてあげるから。」

「ダメ。おまじないを安売りしないで。効果が薄れるかも。」

「えぇ…。」

充の言葉を聞いて、確かに一理あるかもしれないと思った翔は、充に言い返すことができなかった。 熟考する充を翔は静かに眺める。

「あ!じゃあさ、また1年後におまじない掛けてよ!1年開けば十分だろ!」

しばらく経った後、充は良いことを思いついたとでも言うように、翔に向かって満面の笑みで提案した。その目は、キラキラと輝いている。

「…」

翔はその提案に、すぐに反応することができなかった。充の考える1年後に、自分が存在しているということが嬉しかったからだ。 翔は、口許が緩むのを引き締める。

「翔?」

「あ、ごめん。確かに、1年後なら良いと思う。」

「だろ!俺って実は天才かもしれない。」

「はいはい。」

素晴らしい提案だとでも言うように鼻を高くする充の言葉を、翔は笑顔で軽くあしらった。

「充、俺こそありがとう。」

「え?俺?」

翔は充に感謝を伝える。翔から突然、感謝の言葉を伝えられた充は、思わず聞き返した。

「最初はさ、俺、バスケは漫画で見ただけで、知識とかもないから、とりあえず充のチームさえ応援していればいいかって思ってた。だけど、今日、充の試合している姿を見て、胸の中が熱くなった。久しぶりの感覚だったし、俺も頑張ろうって気になれた。たぶん、俺は充がサッカーやってても野球やってても、あるいはカバディやってても、心の底から感動して元気もらえると思う。」

「何故にカバディでてきた?」

「カバディをナメないで。」

「ごめん。」

静かに翔の言葉を聞いていた充は、「カバディ」という言葉にツッコミを入れるが、翔に一蹴され、充は反射で謝った。

「充は凄いね。」

翔の目が優しく細められた。充は、夕日の光を浴びる翔を海沿いの駄菓子屋で見慣れているはずなのに、今日はいつにも増して綺麗に見えると思った。

「充、本当にありがとう。」

充は、自分の心の中に暖かいものが広がるのを感じていた。それは、自分が翔に何かを与えることができたという嬉しさであったが、その一部に別の感情が入り混じっていることに気付いた。しかし、充はその感情が何であるかは、まだ気づけなかった。充は、今はただただ、嬉しさでいっぱいであった。

「こちらこそ。」

充はそれに満面の笑顔で返した。飛行機が過ぎる大きな音が聞こえる。ここは、波の音が聞こえる海沿いの駄菓子屋ではない。街の体育館の2階という真反対の場所である。しかし、今、その場には海沿いの駄菓子屋に似た優しい時間が確かに流れていた。


















「は?」

その声は、飛行機の過ぎる音で搔き消され、充と翔の耳には届かなかった。視線の先の充と翔を見たとある人物の心の中で、何かが壊れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ