第6話 偽情報とは言い難い
昼休み、充たちバスケ部員は、インターハイ出場をかけた大会前のスケジュール確認のために、部室に集合していた。顧問が来るまでの間、部員たちは各々、近くの部員と雑談を交わしていた。
「大会1週間前に小テストとか、キツ過ぎるだろ。」
「俺ら最後の大会だぜ?集中させてほしいよな。」
「自信ないわー。再テストなりそう。」
「いやお前、毎回そう言って高得点取るじゃん。予防線張んな。」
充を含めた3年生は、大会前に突如入った英語の小テストについて話していた。高校最後の大会を間近に控え、現在、ハードな練習をこなしている彼らにとって、勉強に励むことは二の次となっていた。充もその中の一人で、再テストとならない方法を考えていた。
「それなら、今日の放課後、勉強会な!」
「ちょうど部活もないし、いいな。」
「もんじゃの知恵ってやつか!」
「文殊な。なんか腹減ってきたわ。」
充が周りの会話に意識を戻した時には、今日の放課後に、勉強会をする流れとなっていた。周りは次々に参加の意を示している。
「な!ミッチーも参加するよな!」
周りの目が、充に向けられる。充にとってそれらの目は、参加するのはさも当然という思いが込められているように思えた。ここで断ったらこの空気を壊してしまうだろうか。そう考えると、充は不安になった。しかし、今日は水曜日。あの場所へ行く日である。
「あー、俺は...」
充は言い淀む。「正しい答え」を模索するために。
「あ、ちょっと待て。水曜日って...」
突然、1人がそう言いだした。周りの部員は、きょとんとした顔をしていたが、次第に何かを納得し始めたような顔になった。ただ一人、充だけがわからずにいた。
「ミッチー、すまねぇ!今日は無理だよな!」
「俺たちのことは気にすんな!勉強会はいつでも開催できるからよ!」
3年生の部員は、それぞれ充に声をかける。
「え?どうしたんだよ?」
「どうしたもこうしたも。白々しいな、ミッチーは!」
勉強会の企画をした部員が、親指を立てた。
「水曜日は、「デートの日」なんだろ?行ってこい!」
充は固まった。自分に向けられた言葉を反芻するために。
でーと?デート?Date?..........デート!?
「はぁ!?!?どういうことだよ!?」
しばらくして、充は声を上げた。過去にそんな話など全くしたことがないのに、なぜ自分の知らぬ間に、部員たちの中で共通認識となっているのかわからなかった。
「そんな話したことないだろ!そもそも彼女とかいたことないから!」
充は顔を赤くしながら、大きな声で言い放つ。
シーン。
突如、部室内が静寂に包まれる。充が周りを見ると、全部員の目が自分に注目していた。充は知らなかった。バスケ部の中で、「充の彼女はどんな人か」というネタで常に盛り上がっていたことに。
「充先輩、彼女さんいたことないんですか?」
この空気の中で最初に声を出したのは、渦中の3年生ではなく、少し離れたところで2年生グループに交じって談笑していた優希だった。
「杉宮~!お前も気になるのか!」
「珍しいな。普段ならこういう話に入ってこないのに。」
高校2年生にしては大人びた性格で、恋愛の話など浮ついた話をしているところを見たことがない優希の言葉に、周りの部員の関心は優希にも向けられた。
「まぁ、充先輩の彼女さんについては、一種の七不思議的なところあったんで。」
「勝手に俺の彼女を怪談にすんな!てか、いねぇし!」
優希の言葉に、充は居もしない彼女を庇う。
「さぁ、可愛い後輩たちも気になっていることなので、過去の恋愛話全て白状してもらいましょうか、ミッチーさんよ~。」
「まずはかつ丼食え。」
「いや、エアかつ丼かい、警察さん方。それに、俺は潔白ですよ。」
3年生の2人が両隣から充の肩を組み、悪ノリで絡んでくる。そのノリに、充も律儀に返す。
「てか、発端誰だよ、俺に彼女いるってデマ流したの。」
「え、田崎。」
「お前ら中学からの仲だから、信憑性高いと思ったんだけどな。」
「すみません!遅れました!...何だ、まだ先生来てないのか。」
その時、主犯格である潤が部室に入ってきた。
「来たな、被疑者の田崎潤。」
「何で俺は犯罪を犯したことになってるんだ?」
「被害者である白石充には、彼女はいないらしいぞ。」
「なんかその言い方ムカつくな...」
充は両隣の2人にムッとするが、「まぁまぁ」と2人によって丸く収められた。
「...はぁ!?!?!?」
潤はしばらく固まった後、鬼の形相で充に近寄り、充の両肩を掴んだ。
「嘘だろ!?お前、彼女いねぇーのかよ!?」
「逆に何でいると思ってんだよ!?」
充には、潤が何を思って自分に彼女がいると確信したのかわからなかった。潤は、中学生の時からの友達、むしろ親友と言っても過言ではない仲ではあるが、充は潤に「彼女ができた」という話をしたことはなかった。
「だって、お前、中学ん時...」
潤はそこまで言うと、しゃがみ込み、「えぇ...」や「マジか...」など小声で呟き始めた。そんな潤の様子に、充は可笑しくなり、意地の悪い笑みを浮かべた。
「おーい、田崎潤くーん。もしもーし。」
充も潤と同じようにしゃがみ込み、肩を人差し指でツンツンと突く。
「返事がない、ただの屍のようだ。」
「勝者、ミッチー。」
周りの部員は、そんな潤の姿を気にしながらも、潤に声を掛ける充の言葉の軽いトーンから、大して深刻なことではないと悟り、取り合えずおちゃらけて場の空気を戻した。
「でもさ、田崎から聞いたけど、何で中学ん時から水曜日は早く帰ってるんだよ。」
「ミッチー、帰りの会終わったら、すぐ帰るよなー。」
「それは...」
部員だちの言葉に、充は言葉を詰まらせる。なぜかはわからないが、何となくあの場所は、自分だけの秘密にしておきたかった。
「ちょっと言えないけど...」
充は目線を反らした。
「ははーん。」
「いや、怪し過ぎるだろ。」
周りの部員は、そんな充の姿を見て不敵な笑みを浮かべた。
「わかった!さては、「片思い」だな!」
その言葉に、充の心臓は、一瞬だけ小さく跳ねた。
「マジか!ミッチー、中学からって一途過ぎるだろ!」
その言葉をきっかけに、さらに話が広がっていく。
「と、とにかく!そんな人いないから!水曜日は行く所がある!それだけ!」
「悪い!職員会議で遅くなった!すぐミーティング始めるぞ!」
話を深堀りされそうになっていると、充にとって丁度良いタイミングで顧問が部室に入ってきて声をかける。部員たちはすぐに真剣な顔で居住まいを正した。田崎も引き摺ることなく、部長らしく背筋を正し、顧問を見ていた。顧問が大会までの練習内容が書かれたプリントを配り終わった後、説明するのを充は聞く。ふと、先程の部員が言った、「片思い」という言葉が頭の中を過った。あの時、一瞬、「黒髪の彼」が思い浮かんだのはなぜだろうか。充はまた考え込もうとしていたが、そんな自分に気づき、目の前に集中するために頭を切り替えた。




