第5話 ミクロの幸福たち
ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピ———
充は、セットしていた目覚まし時計を止めた。時刻は6時。普段であれば朝練のために5時に起きる充だが、今日は部活のない水曜日のため、1時間遅めの起床である。昨日出された宿題の量が少なかったおかげで、早めに床に就くことができた充は、二度寝をかますことなく上半身を起こし、両手を上げて伸びをした。身体の疲れを一切感じない。良い睡眠ができたようだと充は嬉しさを覚えていた。ひとしきり身体をほぐした後、充はベッドから降り、タオルケットを畳み、カーテンを開けた。6月初旬にしては珍しい五月晴れである。5日前から降っていた雨の面影は見えず、梅雨が明けたような錯覚をさせる。窓の外から、まるで歌っているかのような小鳥たちの囀りが聞こえる。充は部屋の扉を開け、階段を降り、1階の脱衣所にある洗面台に着くと、冷たい水で顔を洗う。歯を磨いた後、脱衣所の扉を開け、リビングに向かう。今日の朝ごはんは何だろうと、母親のつくる美味しい朝ご飯を想像し、期待に胸を膨らませ、リビングの扉を開けた。と、同時に充の顔を目掛けて飛んでくる黄色のタオル。
「何でタオルが飛んでくるんだよ!」
タオルを見事に顔で受け止めた充は、多少の痛みを感じながら、顔に当たったタオルを引き剥がし、先程の出来事に突っ込んだ。
「充にぃ、それ、洗濯機入れといて。」
タオルを投げた張本人、充の妹である琉華は、何食わぬ顔で牛乳が注がれたグラスを片手に言った。セミロングの髪の毛が微妙に濡れていることから、シャワーを浴びたことが推測される。
「これくらい自分で入れに行けよ、琉華。」
「充にぃの方が洗濯機まで近いじゃん。よろ〜。」
琉華はそう言うと、牛乳を飲み始めた。これ以上、琉華に何を言っても変わらないことを熟知している充は、わがままな妹の素行に深いため息をついた。
「あ、充、そこにいるなら、ソファのポーチ持ってきて。」
「姉ちゃんまで...」
食卓の椅子に座り、先にご飯を食べていた、充の姉である麻美は、サラダを食べる手を止めずに充に言う。そんな姉に対しても思うことはあるが、幼少期から散々こき使われていたので、充にとっては最早慣れたものである。充は、ソファに置かれてある紺色のメイクポーチを取り、姉に渡した。
「こーら、アンタたち。少しは自分で動きなさいよ。」
そんな3人の様子を、キッチンでフライパンを洗いながら見聞きしていた、母の紗季は眉を下げながら言う。
「だって、充に任せた方が早いもん。」
「麻美ねぇの言うとおりだよ、お母さん。」
そんな母親の言葉に、麻美と琉華は言い返す。
「まぁ、それもそうね。」
「母さん!?息子のこと、もうちょっと守ってくれても良いんじゃない!?」
娘たちの言葉を聞き、即座に真顔で納得した紗季に、充はまた突っ込む。
「充。」
充が名前を呼んだ声の主を見ると、父である仁志は、いちごジャムを塗ったトーストを片手に右手で親指を立て、微笑んだ。 その目は、何かを悟っていた。
「グッジョブ。」
「父さん!その同情の目は止めて!もう何なんだよ...」
気持ちの良い朝から、短時間でツッコミ祭りに一変した朝。充は怒涛のツッコミに疲れながらも、そんな朝に幸せを感じ、可愛い妹の頼み事のために、仕方なく脱衣所へ向かった。
「まったく、充がいない日はちゃんと自分たちでするのに。ほんと、充のことが大好きなのね。」
紗季は、黙々と朝ごはんに手をつける娘たちを見ながら微笑んだ。そんな母の言葉を聞いた麻美と琉華は、食事の手を止めると、互いに顔を見合わせると、しばらくして紗季を見やった。
「充、使いやすいじゃん。」
「頼んだら何でもやってくれる。」
「アンタたちね...」
真顔でさらっと辛辣なことを言い放った後、再度、食事の手を進める娘たちに、紗季は項垂れる。しかし、紗季はわかっている。充のいる朝、2人は普段よりも少しだけ生き生きとしている。現に、人より比較的にポーカーフェイスな麻美と琉華の口角は上がっている。当の本人たちは気づいていないだろうが。
(充、良かったな。)
そんな娘たちを真正面から見ていた仁志は、微笑みながら、充に対して心の中でエールを送った。
「お父さん、何ニヤニヤしてるの?」
「普通にキモいから、会社では気を付けてね。」
「辛辣...」




