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第4話 際立つもの

 「今日はどれを買うの?」

「んー。」

翔の問いかけに、充は悩んだ声で返す。ガラス戸越しの外では、朝から降り続けている弱い雨が、コンクリートを優しく打ち付けていた。例年よりも梅雨入りが1週間早い5月中旬の今日は、少しだけ肌寒さを感じさせる気温であった。充は着ていた黒いカーディガンの袖部分を口に当て、どの駄菓子を買うか迷っていた。

「よし、今日はこれにする!」

迷いに迷った末に充が翔に見せたのは、3つのうち1つが酸っぱいロシアンルーレット式の風船ガムであった。味は3種類あるが、充が選んだのはソーダ味だった。

「小学校の遠足の時に買って持って行って、友達と食べてたなー。酸っぱいのが当たった時は、罰ゲームで一発ギャグとか色々させられた。」

充はパッケージを眺め、懐かしさに思わず口角を上げた。

「何かその姿、想像できる。充、罰ゲームとかよく受けてそう。」

「どんな想像だよ。」

翔の言葉に充は眉を下げながら苦笑する。充は確かに、この駄菓子を食べて罰ゲームを受けることが多かったため、翔の言葉を否定することができなかった。

「じゃあ、酸っぱいのに当たったら、罰ゲームな!」

「いいよ。当たる気はしないけど。」

「どこからその自信湧いてくるんだ...」

充の言葉に、翔は頬付けを付きながらなぜか自信あり気に返すので、充はまた苦笑した。

 充はお金を支払い、レジ台の横に置かれた木製の焦げ茶色の丸椅子に座った。雨が降っている時は外のベンチが使えないため、充はこの丸椅子に座り、芳江の右隣で駄菓子を食べながら話して過ごしていた。綺麗な海の景色が見れないのは残念だけど、雨が降っているのを見ながら、木の香りに包まれた店内で駄菓子を食べながら芳江と話すことも充は好きだった。充は袋を開け、ガムの並んだ透明なプラスチックを取り出し、レジ台に置いた。焦げ茶色の机に並ぶ丸いガムの水色は、際立って美しく見えた。

「2人で同時に選んで、被ったらジャンケンな。」

「りょーかい。」

充と翔は同時にガムを指差す。充は1番右のガム、翔は1番左のガムを指す。二人は、選んだガムを指で摘まむ。机には、真ん中のガムだけがぽつんと残っていた。

「せーので食べようぜ。」

「ん。」

充の提案に、翔は了承する。

「せーの!」

二人は同時に口の中にガムを入れた。柔らかいガムを噛むと、ソーダ味が口に広がる。充は、一瞬、とろりとしたものが舌に流れたため少し身構えたが、酸っぱさは感じなかった。良い意味で「はずれ」だったようだ。充は、チラリと翔を見た。どうやら、翔も同じく「はずれ」だったようで、翔も充を見返した。

「どっちも「はずれ」だったな。」

充は、机に残った1つのガムを眺めた。

「もしよっちゃんがいたら、よっちゃんが酸っぱいのに当たっていたかもな。」

「そうだね。ばあちゃん、酸っぱいの苦手だから、びっくりしちゃってたかも。」

「よっちゃん、酸っぱいの苦手なんだな。なんか意外。」

充は、初めて知る芳江の情報を聞いて、芳江のことをより詳しく知ることができて嬉しくなった。充と翔は、味のしなくなったガムをティッシュに包み、ゴミ箱に捨てた。

「ところで、残ったこれはどうするの?」

翔は、残った「あたり」のガムを人差し指で指した。

「買った本人が処理すべきだと思うけど。」

「...否めない。」

翔のもっともな言い分に、この駄菓子を買った本人である充は否定できなかった。

「何か、酸っぱいことがわかっているのに食べるのは気が進まないな。」

「ほら、ちゃんと責任もって食べなよ。」

翔の声色は、どこか楽しげだった。

「...お前って、意外とSっ気あるんだな。」

充は翔にジト目を向けたが、翔は全く気にした様子はなく、ウキウキと楽しそうに頬杖をつきながら、充を見ていた。充は仕方なく腹を括ると、素早くガムを口に入れた。噛んだ瞬間、液体が舌に零れ、酸っぱさを感じた。充は、一瞬、口を窄めた。しかし、その酸っぱさは瞬く間に薄れ始め、30秒程で酸っぱさは消えていった。

「...そんなに酸っぱくなかったかも。」

「え、そうなの?」

翔は充の反応に思わず目を丸くした。

「子どもの頃はめっちゃ酸っぱく感じたけどなー。」

やがて、そのガムも味がしなくなったので、充はティッシュに包んで、それを捨てた。

「ちなみに、罰ゲームは何だったの?」

「そりゃあ、モノマネっしょ。」

「ばあちゃんがあたってたらどうするのよ。」

「気合で頑張ってもらうしかない。」

充は芳江が何かのモノマネをする姿を想像したが、あまりにも想像がつかず、思わず笑った。それは、翔も同じだったようで、2人で声を上げて笑った。

「想像できねー!」

「意外と上手いかもよ。例えば、未来から来た猫型ロボットの声とか。」

「昔の方な!」

2人はそのモノマネをする芳江を想像して、また笑った。ノリの良い芳江はおそらくモノマネをやってくれるだろうと思うと、充は笑いを抑えることができなかった。

「あー、笑い過ぎて涙出てきちゃった。」

「確かに。」

充が翔を見ると、翔は左の人差し指で目頭から溢れ出た涙を掬い取っていた。翔の綺麗な指による美しい所作を目の当たりにし、充は一瞬見惚れてしまったが、そんな自分に気づき、何となく目線を自分の膝元に向けた。

「充は何のモノマネをする予定だったの。」

「え?」

急に話を振られ、思わず充は聞き返した。

「だって、罰ゲームでモノマネって決めてたなら、十八番があるってことでしょ?」

「あ、あぁ、もちろん!」

充は慌てながらも、十八番のモノマネの話に気を向けた。

「十八番...とまではいかないかもだけど。俺、名前が『充』でバスケ部だから、学校で『ミッチー』って呼ばれてるんだ。」

「あぁ、バスケ漫画のキャラクターと同じあだ名だね。」

「そーそー!」

翔が、自分のお気に入りの漫画のことを知っていて、充は思わず嬉しくなって食い気味に肯定した。

「そのキャラクターのセリフを言うのが俺の十八番。あとはな...」

充は、一呼吸置き、声を整える。

「『諦めたら試合終了』」

「いや、先生の方かい。しかも、若干セリフ違うし、声も似てないし。」

「あはは!そーそー!そのツッコミまでが俺の十八番。」

クールで穏やかな翔による初めてのツッコミを聞いて、充は声を上げて笑った。

「翔、ツッコミ向いてると思うぞ。今まで聞いたツッコミの中で1番面白かった。」

「それ誉め言葉なの?」

親指を立てて褒めてくる充に、翔はジト目を向けたが、そこには嫌がっている様子は見えなかった。

「翔は、何かモノマネとかやったことある?」

「俺がやったことあるって言ったら怖くない?」

「確かに。」

何かのモノマネをする翔が1ミリも想像できなかった充は、翔の言葉に純粋に納得した。

「翔に何のモノマネさせようかなー。普段の翔なら絶対にしなさそうなモノマネさせたい。」

「何でモノマネをやる流れになってるの。」

口ではそう言いつつも、真面目に考える充を見て、翔は呆れながらも眉を下げて微笑んでいた。

「よし!また今度、あのガムを買って、もし翔が「あたり」を引いたら、その時はモノマネな!」

「ふふ。やれるものならやってみな。」

充の挑戦に、翔は余裕そうに引き受けた。そんな2人の楽し気な会話を際立たせるように、雨は静かに優しく降っていた。

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