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第3話 瑠璃色の気持ち

 「「「ありがとうございました!!!」」」

土曜日の夕方、バスケットボール部の部員たちの挨拶が体育館に響き渡った。

「この後飯行かね?」

「近くにうめぇラーメン屋できたらしいぞ。1、2年も奢るから来い来い!」

「マジすか!?」

「「ありがとうございます!!」」

部員たちの和気あいあいとした声が響く。これからご飯を食べに行く者、家の手伝いで早く帰る者、明日の学校のために休息を優先する者等とそれぞれが思い思いに過ごす。

「ミッチーも行くだろ?」

クラスメイトや部員から某バスケットボール漫画の登場人物と同じ愛称で呼ばれている充は、同級生且つ部長である高島彰たかしまあきらの誘いに、スポーツドリンクの入ったスクイズボトルを片手に考えた。数時間前にしっかり昼ご飯を食べたとは言え、インターハイに向けての厳しい練習をこなし、さらに成長期真っ只中の充のお腹はとても空いていた。味が濃ゆく、ボリュームのあるラーメンはさぞかし美味しいだろう。

「あー、ごめん。俺、もうちょっと練習したいかも。」

しかし、充は断った。先程の練習でつかんだ連続3ポイントシュートの成功感覚を忘れたくなかったからだ。

「マジかよ、まだ練習し足りないのかよ。」

彰は信じられないものを見たかのような顔を充に向けた。

「俺の分まで醤油ラーメン食べてきてよ。」

「よし、ミッチーの意志は俺が引き継いだ。」

彰は、謎の決意と共にドヤ顔で親指を立てた。

「あ、それと。」

彰は、真面目な顔つきで充を見る。先程までの笑顔は、鳴りを潜めている。

「オーバーワーク禁止な。」

彰は、充の目を真っ直ぐ見ている。

「ん、ちょっと練習したらすぐ帰るから。」

充は微笑みそう言うと、彰は満足したかのように充の頭をくしゃりと撫でた。


 充はボールを手に取り、3ポイントラインの前に立つ。充は深呼吸をし、シュートの構えを取った。

(変な力は入れずに楽に飛ぶ。)

充は心を落ち着かせて、飛んだ。手を離れたボールは高いアーチを描き、ネットに吸い込まれるように入っていった。

(連続9回。あと1回。)

充は先程の成功を特に喜ぶことはなく、籠からボールを取り出し、構えた。充の耳には、周りの音が聞こえていない。極限の集中状態である。充は息を吐き、構えを取った。

その時、充の首筋に冷たいものが触れた。

「うわっ!!!」

予期せぬ感覚に思わず声が出た。 充は振り返る。

「オーバーワークっすよ。充先輩。」

そこには、同じバスケットボール部の後輩で、2年生の杉宮優希すぎみやゆうきがスポーツドリンクの入ったペットボトルを持っていた。先程、充の首筋に当てられた冷たいものの正体は、ペットボトルだったのだろうと充は思った。

「杉宮、ラーメン屋行かなかったのか?」

「勉強関係で図書室に用あったんで、断りました。正門向かってたら、ボールの音聞こえたんで、見に来てみれば先輩いたんで。それより先輩、汗の量、尋常じゃないですよ。休憩取ってましたか?」

優希はペットボトルを充に渡そうとする。充は、後輩が先程買ったのであろう飲み物を先受け取るのは先輩としてどうなのだろうかと躊躇っていたが、優希からの無言の圧に耐えきれず、受け取ってしまった。充はそのままペットボトルに口をつけ、スポーツドリンクを喉に流す。途端、身体が久方ぶりの水分に喜ぶのを感じる。スポーツドリンクを流し込む手を止めずにはいられなかった。充は、一気に半分程のスポーツドリンクを飲み干した。ある程度落ち着き、充らチラリと体育館前方の壁に掛けられている時計を見る。時刻は18時過ぎ。自主練習を始めてから、すでに2時間が経過していた。窓の外は日が沈み始め、暗くなっていた。

「充先輩、他の人より集中力高いんで休憩用にアラーム掛けとかないと、いつか脱水でぶっ倒れますよ。」

充は、実際、優希から貰った飲み物を口にした後から疲労感を急激に感じ、頭がくらくらしていた。立っていることも実は辛いし、言葉を口にすることも難しい。後輩である優希に正論を言われ、充は最高学年である自分が情けなく感じた。

「最後のインターハイで、あと3ヶ月しかないから焦る気持ちはわかりますけど、身体大事にしてください。じゃないと、高島部長に言いますよ。」

「そ、それだけはご勘弁を…」

何度も経験した、微笑みながら怒る彰の姿が目に浮かび、充は少しの休憩で戻ってきた気力でそれを阻止しようと声を出した。

「じゃあ、次からはちゃんと休憩用としてのアラームかけて練習してくださいね。」

「面目ない…」

優希は充の反省した言葉を聞き、微笑んだ。

「俺も手伝うんで、早く帰りましょ。」

「いやいやそれは!俺が勝手に練習してたんだし。」

「高島部長。」

「はい…」


 優希の手伝いもあり、片づけは15分で終わった。体育館の外に出る頃には、日は沈み、空は瑠璃色に染まっていた。

「動画で見たプロの選手のフォーム真似してるんだけど、中々上手くいかないんだよなー。」

「先輩の背が足りないからじゃないですか。」

「さらっと酷いこと言うなよ…」

「本当のことですし。」

充は、自転車を押す優希と並んでバスケットボールに関する話をしながら歩いていた。優希は軽口をたたきながらも、充の話に真剣に向き合ってくれる。自分より1つ上の先輩だからかもしれないが、そんな優希の態度が充にとっては有難かった。

 しばらくすると、左手に青色のコンビニエンスストアが見えてきた。このコンビニは、充たちの高校から徒歩15分は離れている最寄りのコンビニエンスストアである。充は、右隣を歩く、自分より10センチメートル高い優希を見上げた。

「優希、コンビニ行こうぜ!さっきのスポーツドリンクとかのお礼したいし!」

「いや、いいですよ。大したことじゃないですし。」

「いいからいいから!俺の気が済まないの!」

充はコンビニエンスストアへと足を進めた。先輩を1人残して帰る度胸など1ミリもなく、かと言って充を止める術を知らない優希は、乗り気ではないが充の後を追った。


「杉宮、それで良かったのか?俺、別に金欠とかじゃないぞ?」

「俺は、これが好きなんで。」

優希が選んだのは、バニラアイスにチョコクランチがコーティングされたアイスだった。優希は、袋からアイスを取り出して、一口齧る。充は優希の言葉に納得はしていないものの、これ以上何か他の言葉を聞き出せそうにないと諦め、先ほど買ったからあげの蓋を開けた。2人で先程のように並んで歩く。充は爪楊枝にからあげを刺し、口の中に入れた。サクサクした衣の間から、少し暖かい肉汁が口の中に広がる。その美味しさに、充は無意識に笑みを零していた。

「充先輩って本当に美味しそうに食べますよね。」

「だってほんとに美味しいし。食べるか?」

充はからあげを1つ爪楊枝に刺し、優希に渡す。優希は受け取ることを戸惑ったが、充の手から受け取り、からあげを食べた。

「美味しいですね。」

「だろ!俺、このからあげ好きなんだよなー。」

充は、また1つからあげを食べた。冷めてきてはいるが、美味しいことに変わりはない。優希は食べ終わったアイスの棒を袋に入れていた。

「お、外れ?」

「はい。このアイス、本当に当たりってあるんですかね。今まで当たったことないんですけど。」

優希はアイスの袋を見ながら、少し不機嫌そうに言った。日頃は理性的でクールな優希が、たまに見せる子どもっぽいところが、充は面白くて好きだった。

「まぁ、こればっかりは運だしな。」

充は豪快に笑う。そして、また1つ、からあげを口に運んだ。

「優希。ありがとな。」

「何ですか、急に。」

「いやー、感謝することって大事だろ?」

「まぁ、そうですけど。」

笑いながらも、真面目な声色で直接的に感謝を述べた充に、優希はむず痒さを覚え、視線を充とは反対の車道側へと向けた。そんな優希を、充は微笑みながら見つめていた。充は、知っていた。今日、図書室は蔵書点検のために午後から閉鎖していることを。日頃、図書室等で勉学にも真面目に励む優希が、そのことを知らなかったはずがないことを。ズボンの後ろ部分が砂で少し汚れていたこと、体育館の窓やドアは全て締め切っていたので、体育館とは真反対の場所に位置する図書室や校門付近でボールの音が聞こえるはずはないこと、この高校の自動販売機には置かれていないスポーツドリンクを持っていたこと、充に話しかけた時に首に一筋の汗が流れていたことから考えられる優希の部活後の行動を。素直ではない後輩の面子を潰さないために、充は言わなかった。その代わりに、直球的な感謝を伝えた。充は、最後の1個であるからあげを口に運んだ。冷めていても、変わらない美味しさだった。 ふと見上げた空には、一番星が綺麗に輝いていた。

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