第18話 朗らかな優しさ
程よくサシの入った、鮮やかな赤身の肉。食欲を誘う肉の焼ける音。店内に充満する肉の焼けた香り。
「「「「「いただきます!!!!!」」」」」
「うんめぇ~~~!!!」
「一仕事終えた後の焼肉は最高だな!」
「同感です~!」
焼肉店の一角で、3年生とバスケ部員たちが上質な肉に舌鼓を打っていた。
(肉うめぇ~~~。)
充もその一人で、肉を食べられることへのありがたみを噛み締めていた。
「充先輩、これもどうぞ。」
「おぉ、サンキューな、杉宮。」
先程、充の右隣をさり気なく陣取った優希は、周りに配慮しながらも肉が焼けるたびに充の皿に置くという、いわゆる充限定の焼肉奉行をしていた。
「杉宮、お前も肉食べろよ。」
充は、優希の皿を見る。そこには、茄子や玉ねぎなどの野菜は置かれているが、肉は少ない。
「いえ、俺、そんなに肉得意じゃないので。それに。」
優希はそこで言葉を止めると、充を見て柔らかく微笑んだ。
「充先輩が美味しそうに食べているのを見るの、好きなんで。」
「「「「「男前過ぎる!!!!!」」」」」
「うおっ!?」
優希の言葉を聞いていた同じ席の部員たちの声が揃った。その声に、充は驚く。
「なになに!?今日の杉宮、いつにも増してミッチーにめっちゃ甲斐甲斐しいじゃん!?」
「杉宮、ミッチーに脅されているならいつでも話聞くからな。」
「いえいえ。俺がやりたくてやっているだけなので。」
「何この子!超良い子!」
「ミッチー!俺の肉やるから杉宮幸せにしてやれ!」
充の皿に次々に置かれていく肉。充が優希を見ると、優希は相変わらず優しい微笑みを浮かべたままであった。
(コイツ、外堀から埋めてくるタイプかよ!)
優希の策略に気付いた充であったが、目の前の美味しそうな肉の誘惑を無視することはできなかったので、肉を口に運んだ。途端、肉の美味しさにより、充は満面の笑みを浮かべた。
「あ、確かに。杉宮の言ったことわかる気がする。」
「ミッチー先輩、本当に美味しそうに食べますね。」
その笑顔を見た、周りの部員たちは和んでいた。充は肉を食べながらチラリとある人物に目を向けた。それは、充とは別の席に座っている潤であった。潤は、楽しそうに周りの部員たちと談笑していた。楽しそうな潤に、充は微笑む。
(潤は俺の背中を押してくれた。だから。)
充は、自分を鼓舞するかのように肉を再度、口に運んだ。
「さっきからあのテーブルでケサランパサラン飛んでるように見えるんだけど。」
「僕も思いました。」
「あれって持っておくと幸せになれるみたいですよ。」
「マジか!後で捕まえよ!」
「てか、ケサランパサランって何?」
「俺もよくわかんないです。」
充たちとは別の席となったバスケ部員の一部が、その様子を見ながら肉を食べていた。
「じゃあ、また学校でなー。」
「宿題、忘れんなよー。」
「お前もなー。」
引退式も無事に終わった17時過ぎ。3年生たちがそれぞれ挨拶をして、家へと続く道を歩き出した。1,2年生は、来週の練習試合に関してのミーティングのため、先程、体育館へと向かった。
「ミッチー、俺たちも帰ろうぜ。」
「うん。」
唯一、家が同じ方向である潤が充に声を掛ける。充は頷き、潤の隣を歩き始めた。
「何かさ、最後にみんなで挨拶した時、ついに終わったんだなって感じだったな。」
「わかる。このメンバーで挨拶するの最後だなって思うと、涙出そうになった。」
「充、涙腺弱すぎだろ。俺は全然だったわ。」
潤は笑った。充はチラリとバレないように左隣を歩く潤を見る。左目に浮かんだ薄い涙の膜。充は、知っている。潤は、嘘をつく時ほど、よく笑うことを。
「強がんなし。」
充は、隣の潤を軽く小突きながら笑った。中学時代からの付き合いでもあり、充にとって相棒とも呼べる潤。OB戦で優希としっかり向き合うことを、応援してくれたのは潤であった。
(だから、潤ともちゃんと向き合わないといけない。)
充は、覚悟を決めた。それは、今まで聞けなかったこと。充が、一歩踏み出せずに逃げてしまった真実。
「潤。」
充は、静かに潤の名前を呼んだ。潤の目が充の姿を映した。
「中学の時、高校から来てたスカウト、全部断ったのって、俺のせい?」
吹いてきた風が、夏であるのに異様に冷たかった。
「...何言ってんだよ、充。」
潤は笑った。その笑顔で、充はわかってしまった。充は、知っている。潤は、嘘をつく時ほど、よく笑うことを。
「潤。」
充は、潤の左袖を引っ張る。その力は弱々しいが、潤の足を止めるには十分だった。
「ちゃんと、話してほしい。」
充の声は震えていながらも、今まで言うことができなかった自分の思いを伝えた。
「...」
潤は、口を噤む。遠くで、カラスが鳴いていた。
「...父さんからは一発殴られた。「貴重な機会を無駄にするんじゃねぇ。」って。母さんや3年の時の担任からは、めちゃくちゃ説得された。俺もさ、正直、将来を棒に振ってまで、何バカなことやってんだって思ったよ。だけどさ、その度に頭に過ったんだ。お前が倒れた時のこと。」
倒れた時。それは、中学2年生の頃、充がオーバーワークで膝を痛めた時であった。
「お前のこと、ほっとけるわけねぇじゃん。」
充は、潤の顔を見なくても、潤が今、どんな顔をしているかわかった。涙声の潤の言葉。その声は、充の胸を締め付けた。
「...潤、ごめ――」
「充。」
充の言葉を、潤が制する。潤は、充が言おうとしていたその言葉を聞きたくなかった。潤が、充を振り返る。
「俺さ、全く後悔してないから。芝高でバスケしたことも、最高の仲間に出会えたことも。そして、充と一緒にバスケできたことも。」
潤は微笑む。その笑顔に偽りはなかった。
「潤、今までありがとう。」
充は潤の目をしっかり見据え、先程言おうとしていた言葉を「感謝」に変えて伝えた。
「どういたしまして。」
潤は、朗らかに微笑んだ。西日の光が、今はただ、暖かく感じていた。
「俺さ、大学は海外に行く。もっとバスケ極めたいし、いつかプロの選手になる。」
「潤ならなれるよ。俺が保証する。」
「ハハ、何か充に言われるとガチでなれそうだわ。」
「あ、俺の言葉信じてないな~。」
2人は並んで帰路につく。太陽は徐々に沈み始め、街灯や付近の家の灯りが付き始めていた。
「充は?」
「俺は――。」
充は口を閉じた。自分がしたいこと。それは、充の中で何となくだが形となっていた。ただ、まだ決心することができないでいた。
「...まだ決まっていない。」
「そっか。決まったら教えろよ!」
「うん。」
充は、決して無理に聞き出そうとしない潤の優しさに心の奥が温かくなるのを感じた。充の目に、二股に分かれた道が見え始めた。ここは、充と潤の、互いの家に続く分かれ道である。
「なぁ、充。」
分かれ道の手前で、潤が不意に充の名前を呼んだ。
「俺さ、充のこと好きだったよ。」
潤の言葉の意味。充は、それにずっと前から気付いていた。
「俺も、好きだったよ。」
充は、その言葉に潤と同じ気持ちを含ませながら、微笑んで返した。
「...そっか!」
潤は充の言葉に一瞬、目を見開いたが、朗らかながらも、どこか寂しさを含んだ笑顔を浮かべた。
「じゃあな!ミッチー!」
分かれ道まで来ると、潤は充に片手を上げ、帰路を走り出した。充は、潤のその背中を見つめる。それは、ただの軽い別れの挨拶。来週から2学期が始まるので、潤とはまた会える。だが、どこか前向きながらも「一生の別れ」という別の意味も含んでいるように、充には聞こえた。
「じゃあな、潤。」
充も、前向きながらどこか寂しさを感じさせる言葉を、潤を見つめながら送った。そして、家に帰るために一歩踏み出した。充も潤も、後ろを振り向かなかった。
「ただいまー。」
「おー、おかえりー。」
「あれ、みんなは?」
「父さんは仕事、母さんは買い物。琉華は友達の家。」
充がリビングに入ると、そこには充の姉である麻美が、棒付きアイスを食べていた。充は、皆の場所を麻美に聞きながら、チラリと机を見る。付箋がついた教科書と、余白がないほど字で埋められたノート。それは、大学3年生である麻美が、将来の目標のために勉強している努力の結晶であった。
(意外と真面目なんだよな、麻美ねぇって。)
充は、普段自分をこき使う麻美の姿と比較していた。
「あんた、今、失礼なこと考えたでしょ。」
麻美はジト目を充に向ける。
「いや、別に。」
「嘘つく時、左の甲触る癖、治ってないよ。」
「ぐっ...さすがは麻美ねぇ...」
充はぐうの音も出せなかった。麻美は得意気にアイスを齧った。
「ねぇ、麻美ねぇ。」
「んー。」
教科書に目を向けたまま、麻美は返事をする。
「麻美ねぇって、何で心理カウンセラー目指してるの?」
充は麻美に問いかけた。充は、麻美がずっとその職業を目指していることは知っていたが、理由までは聞いたことがなかった。麻美は、充の質問を聞き、腕を組む。
「あんたも知ってると思うけど、私、元々心理学が好きだから、それを活かしたいなって思った。」
「存じております。」
充は、幼い頃、散々麻美から心理学の実験に付き合わされた時のことを思い出した。
「だけど、一番の理由は。」
麻美はそこまで言うと、微笑んだ。
「誰かが辛い時に寄り添えるのって、かっこいいじゃん。」
そう言い放つ麻美を見た充は、麻美のことを改めて尊敬できる自慢の姉だと思った。
「ありがとう、麻美ねぇ。俺、やっと決心ついた。」
それは、先程、潤に言うことができなかった充のやりたいことがはっきりと定まった瞬間であった。覚悟を決めた充の表情を見て、麻美は姉として弟の成長を嬉しく思った。
「お代は高級アイスで手を打ってあげる。」
「弟からたかろうとすんな。」
「はいはい。」
麻美はそう言うと、今度こそ教科書に目を向けた。充は、姉の邪魔にならないように静かに冷蔵庫を開け、オレンジジュースをコップに注いで、リビングから出て行こうとする。
「充。」
麻美が充を呼び止める。その目は、教科書に向いていた。
「あんた、変わったわね。良い意味で。」
「...ありがとう。」
充は、麻美に素直に褒められたことに照れくささを感じながらも嬉しさを感じた。感謝を伝え、充は足早にリビングから出て行った。
自室に戻った充は、机の上に置かれているパンフレットを手にした。それは、とある学校のパンフレット。夏休み前に担任と共に決めた、充の目標とする学校。
(俺は、絶対ここに行く。)
充は、先程見た麻美の姿を思い出し、机に座り、ノートを開く。夜は、まだまだ長かった。




