第17話 出会いは突然
もし、あの時、貴方に出会えていなかったら―
夏の暑さが残る9月の中旬。廊下には、生徒が集まっていた。その視線は、1週間前に行われた模試の順位が書かれた紙に向けられている。結果を見て一喜一憂する生徒たちの声を聞きながら、中学3年生の優希は廊下を歩いていた。
「す〜ぎみやっ!」
声と同時に優希の左肩に腕が回される。優希は急な衝撃と重さに文句を言うために、声の主がいる右側を向いた。
「長谷川、重い。」
「ハハッ、わりぃわりぃ。」
悪びれもなく笑顔で優希に謝り、優希の肩から腕を下ろすのは、長谷川大翔。優希が所属していたバスケットボール部の元部員で、バスケ部を引退してからも変わらず明るいムードメーカーであった。
「お前、またトップ5位内だったぞ!」
「ふ〜ん。」
さも自分のことのように、親指を立てて嬉しそうに優希の順位を伝える大翔に、優希はそう返す。
「興味なさ過ぎだろ!ウケる!」
そんな優希に大翔は茶化しながら笑っていた。
「杉宮って、やっぱ陽真原高校志望なん?」
「そうだけど。」
「すげぇな!元チームメイトとして誇り高いぜ。」
偏差値75を超える高校を志望校として考えている優希に、大翔は感心した。
「別に。俺は…」
優希はそこまで言うと口を噤んだ。
「長谷川は?」
「俺は明葉工業!バスケ強いし、俺、将来的にバスケの道に進みたいから!」
大翔は、満面の笑みで答えた。
「そう。」
そんな大翔から、優希は目を逸らした。
キーンコーンカーンコーン。
2人の耳に予鈴の音が入る。
「あ、やべぇ。俺、次家庭科だ。またな!杉宮!」
大翔は優希に片手を上げて挨拶すると、優希とは逆方向にある自分の教室へ、早足で戻っていった。優希は、「廊下を走らない」という校則を意外にもきっちり守る大翔の背中をしばらく見つめた後、自分の教室に戻った。優希の教室では、次の時間にある英語の小テストに向け、ほとんどのクラスメイトは最後の追い込みとばかりに単語帳と向き合っていた。そんなクラスメイトたちを横目に、一番後ろの窓際にある自分の席に着く。優希は、授業の準備を済ませると、たくさんの付箋が張られ、使い古された自分の単語帳に目もくれず、頬杖をつき、ただぼんやりと秋晴れの空を眺めた。
(陽真原高校を志望するのは、昔から親が言っていたから。担任が、その高校を勧めるから。)
優希の頭の中に、彼らの姿が浮かぶ。それと同時に、先程の大翔が見せた満面の笑みを思い出した。優希は、与えられた道を歩いている自分とは違い、「自分の道」を進んでいく大翔を羨ましく思った。
(俺は、何がしたいんだろう。)
その問いかけに答える者は誰もいなかった。
「おーい、杉宮。保護者来てるぞー。」
「保護者じゃねぇよ!」
帰りのホームルームが終わり、帰りの支度をしていると、クラスメイトから名前を呼ばれる。ドアの方を見ると、クラスメイトと大翔がいた。大翔は優希と目が合うと、楽しそうに片手を振った。優希は若干の面倒臭さを感じながらも、大翔の元へ向かった。
「杉宮、明日予定ある?」
「明日?特にないけど。」
その答えを聞いた大翔の目が輝く。その目を見た優希は、嫌な予感を覚え始めていた。
「明日、ウィンターカップ予選の準決勝あるから見に「行かない。」即答かよ!?!?」
大翔からの誘いを、優希はすぐに断った。優希は大翔に背を向け、自分の席に戻る。そんな優希を追い、大翔も教室に入った。
「良いじゃんちょっとくらい!行こーぜ!」
「いや。てか、何で俺なの?」
大翔は一瞬、きょとんとした表情になる。
「お前、バスケ上手いから、高校生のプレー見て何か解説してくれるかなと思って!そして、解説してくれた高校生の技術を習得する!」
「その理由聞いて俺が行くと思う?」
曇りなき眼で理由を言った大翔に、優希は呆れた。
「また始まった、長谷川&杉宮のコント。」
「相変わらず、杉宮はキレのあるツッコミするな~。」
「長谷川、ボケの天才過ぎるだろ。」
2人の会話を聞いていたクラスメイトたちは、暖かい目で成り行きを見守っていた。
「なぁ!頼むよ!ぜってぇ後悔させねぇから!」
「何を根拠に...」
「それに!お前も何か掴むかもしれねぇじゃん!俺の勘だけど!」
顔の前で手を合わせて、優希に頼み込む大翔。その強い押しと、最後に大翔が言った言葉が、優希の心に引っ掛かった。
(「何か」か...)
優希は、貴重な休日を返上することや大翔の解説者になるという面倒臭さともしかしたらその「何か」を見つけられるかもしれないという一欠けらの期待を天秤にかけた。
「...わかった。」
優希は、長い熟考の末、渋々承諾した。
「え!?マジ!?ほんとに!?嘘じゃねぇよな!?」
完全に断られると思っていた大翔は、驚きで優希に何度も聞き返す。
「俺の気が変わらないうちに、場所送って。」
「おけ!ちょい待ち!」
大翔はそう言うと、スマホを取り出し高速で操作し出す。ピコンと優希のスマホが鳴る。
「明日10時集合な!遅れんなよ!」
大翔は笑顔でそう言うと、教室を出て行った。後には、静けさだけが残っていた。
優希は、大翔が先程送った場所を見る。
(芝浦総合体育館。)
芝浦町にあるその場所は、特段、大きくもなく小さくもない、至って普通の体育館である。優希の家からバスと電車を使って、約1時間はかかる。
(やっぱ行くの止めようかな。)
直通で行くことができない事実を知りそう思うが、一度決めたことを曲げるのを何となく癪に思った優希は、いかに効率良くそこへ行けるか調べ始めた。夕日の光が入る教室で、優希の口角は、本人も気づかぬうちにほんの少し、上がっていた。
(アイツ、マジでふざけんなよ。)
優希はそう思いながら、試合を見るために観覧席のある2階へ向かう。その怒りは、今、ここにいない大翔に向けられていた。遡ること5分前。試合が始まる時間になっても待ち合わせ場所に来ない大翔のことを若干心配していた優希は、大翔から寝坊により電車に乗り遅れたことを報告された。さらに、先に試合を見ていてほしいことと、舌を出した可愛らしい犬とともに「てへっ」という文字が書かれたスタンプが送られてきたことにより、優希の感情は怒りを通り越して無になっていた。しかし、階段を上ることに比例して、誘ったのに遅刻した大翔に対し、優希は徐々に怒りを取り戻していた。
(後で絶対高いアイス奢らせる。)
2階についたと同時に、心の中でそう決めた優希は、試合が始まって5分経っているコートに目を向けた。優希の目に、高く美しい軌道を描くボールが映る。そのボールは、まるで吸い込まれるようにネットに入った。
―美しい、スリーポイントシュートだった。
ビィーッッッッ
「っしゃあ!!!」
ブザーと同時に、少しだけ高めの声が体育館に響く。亜麻色の髪を持つ背番号9番は、駆け寄ってきた仲間と拳を合わせていた。
(背ちっさ...)
他の選手と並んだ際、頭一つ分小さい9番に、優希は悪気なくそう思った。優希は、手すりに寄りかかりながら、試合を見る。優希の視線の先で選手たちが、シュートやドリブル、ブロックで好プレーを繰り広げる。
(やっぱ高校生ってレベル高。ざっと見ただけでも、プロレベルの選手もいる。だけど...)
優希の視線は、とある選手に向けられた。亜麻色の髪が体育館の照明を浴びて、キラキラと輝く。
(なぜかあの人から目が離せない。)
「わりぃ!遅れた!」
優希の左側に、遅刻した張本人である大翔が並ぶ。
「遅い。もう第4クォーターなんだけど。」
優希はジト目を大翔に向けた。
「マジでごめん!...お、芝高のミッチー先輩出てんじゃん。」
大翔は謝罪もそこそこに、目の前で繰り広げられる試合に視線を向けた。
「ミッチー先輩?」
優希は大翔の視線を辿って、コート内に目線を向ける。大翔の視線の先にいたのは、優希が先程から目を離すことができなかった9番、高校1年生の白石充であった。
「そーそー。白石充先輩。「充」だから、「ミッチー」ってあだ名。」
「長谷川の知り合い?」
「いーや、友達の友達の先輩。」
「遠すぎだろ。」
大翔と充の関係性の遠さに、優希はツッコむ。
「俺さ、あの人のプレー好き。」
優希は、大翔に目を向ける。大翔は真剣で、どこか懐かしさを含んだ目を充に向けていた。
「2年前の中学の新人戦でさ、俺、あの人のプレー、初めて見たんだ。最初はさ、技術とか体力とか平均的だし、何より背低い人だなーって感じで見てたんだけど、プレー見ていくうちになぜかあの人から目が逸らせなくなってさ。」
充が、ドリブルで相手を抜いた。仲間たちの応援の声が大きくなる。
「あの人見てるとさ、元気出てきて、何か自分も頑張ろうって気持ちになるんだよな。」
(わかる...その気持ち。)
優希はチラリと周りに目を向けた。
「あの9番の子、何か応援したくなるね。」
「芝高に勝ってほしいな。」
優希の耳には、そんな声が聞こえた。それと同時に芝高を応援する声が多い気がしていた。優希が視線をコートに戻すと同時に、充がシュートのために飛んでいた。充の小さな手から放たれたそのボールは美しい軌道を描いて、ネットに入った。ブザーが鳴り、充は仲間たちに頭をわしゃわしゃと撫でられていた。自分のポジションに戻るために、充は自陣へ身体を向けた。その一瞬、充の目が観覧席に向けられた。優希の目に、充の目が映る。
(綺麗な蜂蜜色の目だな。)
充の目を見たと同時に、優希の心の中に温かい「何か」が広がった。
「長谷川。」
「んー。」
どちらも視線を充に向けながら、話をする。
「何で県外の高校行こうと思ったの?」
優希は、あの日、大翔に聞くことができなかった質問をする。
「怖くないの?」
優希は、大翔に視線を向けた。
「ん~。別に。」
大翔も、優希に視線を向けた。
「好きの方が上回るからな。」
大翔の真っ直ぐな目、そしてその言葉を聞き、優希の中で、あの日からずっと考えていたことに対する「答え」が決まった。優希と大翔は、コートに視線を戻した。
「長谷川。」
「んー。」
「俺、今日ここに来て良かった。」
「...な!絶対後悔させないって言ったろ?」
大翔は、優希の言葉に僅かに目を見開いたが、すぐに悪戯が成功した子どものように笑った。
「あぁ。」
優希はその言葉に微笑んだ。
ビィーッッッッ
試合終了のブザーが鳴る。優希の視線の先では、彼の人生を変えた、芝浦高校の小さな恩人が仲間と共に勝利を喜びあっていた。




