第16話 真昼間の宣戦布告
「1,2年よ!これが3年の力だ!」
「引退したからって見くびられては困るぜ~。」
「クッソ~。俺たちの肉が...」
激闘の末、肉の神に微笑まれた3年生はこれまでしてきた試合での勝利よりも喜び、1,2年生は公式戦で負けた時と変わらないくらい嘆いていた。そんな様子をひとしきり眺めた潤は、口を開く。
「ちなみに、勝った方が5000円のコースってのは嘘な。」
「「「「「...は?」」」」」
一瞬で体育館内の空気が変わった。皆の目が、軽い口調で衝撃的な言葉を言い放った潤に向けられる。
「田崎!?俺たちを騙したのか!?」
「ひどいですよ!田崎先輩!」
「俺たちの夢を返せ!」
「落ち着けお前ら。」
矢継ぎ早に言われる批判を聞きながら、潤は両手で皆を制す。
「「勝った方」っていうのが嘘だ。」
「じゃあ、負けた方がってことか!?」
3年生の1人がそう言うと、1,2年生の顔が輝き、それとは対照的に3年生の顔が絶望に染まる。
「何でそうなるんだよ。全員5000円のコースってことだ。」
潤の言葉に、皆がポカンとする。
「ヘイ、田崎!パードゥン?」
その言葉を想像していたのであろう潤は、コホンとわざとらしく咳ばらいをした。
「「全員」5000円のコースだ。」
潤は、「全員」という言葉を強調した。その言葉を理解した途端、皆の目が徐々に輝きを帯び始めた。
「先生にお礼言うぞ!」
潤は、顧問に向き合う。それに倣い、皆は顧問の方に身体を向け、その場で姿勢を正した。
「ありがとうございます!」
「「「「「ありがとうございます!!!!!」」」」」
最大限の敬意が込められた大きな声が体育館に響いた。
「こちらこそありがとう。お前たちの全力を見たいがために、騙すような真似をしてしまい、申し訳ないと思っている。しかし、今日は良いものを見ることができたし、改めて確信した。お前たちは強い。だから、自信を持って、ウィンターカップ予選に挑もう。」
1,2年生だけでなく、引退した3年生一人一人の目を見ながら、顧問は言葉を伝えた。皆の顔が、自信で満ち溢れていくのを見た顧問は口を開く。
「それと、俺は予定していたコースの差額分を出すだけだ。大元のお金は、この後の引退式で楽しんでもらうために、君たちの家の人が出しているものだ。各自、家に帰ったら、必ずお礼を言うように。」
「「「「「はい!!!!!」」」」」
力強く元気な返事を聞いた顧問は、微笑む。
「出発は1時間後だ。学校のバスで向かうから、それまでは自由時間とする。それでは、解散。」
「ありがとうございました!」
「「「「「ありがとうございました!!!!!」」」」」
挨拶が終わると、顧問は準備のために体育館から去った。顧問が去ったのを皆は確認し、口を開いた。
「「「「「かっけぇ.....」」」」」
皆の声が揃った。
「「差額分を出しただけ」って。いやいや、十分過ぎるだろ。」
「あれが大人の余裕ってやつなんだろうな...」
「決めた。俺、先生に一生付いていく。」
「俺も。」
皆が先程の顧問の言葉に対して、感想を述べる。
「ということだ!良かったな!皆!」
潤は、皆に向かって笑う。
「「「「「田崎/田崎先輩...」」」」」
潤の笑顔を見た皆は、ニッコリと微笑んだ。
「「良かったな」じゃねぇよ!」
「俺たちの労力返せ!」
3年生は、潤に詰め寄る。
「あぁ...消えたい...」
先程まで肉のために取り乱していた自分を思いだした理久は、羞恥心により両手で顔を覆い、その場に蹲った。
「有田!強く生きろ!」
「部長は何も悪くないっす!」
「とりあえず!田崎先輩は有田に謝ってください!」
「うちの子、繊細なんですよ!」
「有田がウィンターカップ予選で実力発揮できなかったら、田崎のせいだぞ!」
「えぇ~...」
皆に促されながら蹲る理久を慰める潤とそんな潤に笑いながらヤジを飛ばす様子を見ていた充は、またしても部員として過ごした時間を思い出した。そんな皆をいつまでも見ていたいと思いながらも、ひとしきり笑った充はそっとその場を離れた。先程、体育館から静か去った後輩と話をするために。
「お疲れ。」
「充先輩。」
体育館の裏、奥まで来ないとわからない、充のお気に入りの場所。そこに壁に背中を預け、優希は座り込んでいた。
「ここ、良いよな。涼しくて。」
充も、優希の隣に人一人分の間を空けて座った。
「充先輩のお気に入りの場所ですよね。」
「そーそー。」
「初めて一緒に自主練した後、先輩、ここに連れて来てくれましたもんね。「俺のお気に入りの場所だ!」って。」
「ハハ、懐かしいな。」
充はその時のことを、まるで昨日のことのように思い出した。
「杉宮、よく覚えてるな。」
優希もそのことを覚えていると思っていなかった充は、優希の記憶力に感心した。
「...俺、充先輩との思い出は、全部覚えてるので。」
涼しい風が吹いた。それは、どこか、夏の終わりを感じさせる風だった。
「充先輩。聞いても良いですか?」
「おー、何だ?」
優希の問いかけに、充は優希に目を向けた。
「何で最後、俺のパス、止めれたんですか?」
優希は、先程の試合を思い出した。一瞬の判断で繰り出したノールックパス。視線は動かさず、最小限の動きで出したパス。誰も止めることはできない。そう確信していた。だが、それは止められた。充によって。充は、何かを考えるかのように空を見上げた。優希は、緊張感を持ちながら、充の言葉を待った。しばらくして、充は優希に視線を戻すと、笑った。
「何十時間、一緒に自主練してきたと思ってんだ。」
充の回答を聞いた優希は、その言葉が胸にストンと収まった。
「それもそうですね。」
優希は、充には一生勝てないと悟り、力無く笑った。
「それじゃあ、賭けに負けた杉宮くんには俺の願いを聞いてもらおう。」
優希は、いつか言われるであろうと思っていたその話題に、肩を小さく揺らした。充はそれに気づいておらず、腕を組み、何かを考えていた。
「よし!決めた!」
しばらくし、充は居住まいを正すと、優希に向き合った。優希も居住まいを正し、充が発する言葉に身構える。そんな優希を知ってか知らずか、充は意地悪く笑った。
「凛高倒して、絶対東京行くこと!以上!」
充は、元気にそう言い放った。その言葉を聞いた優希は、呆気にとられる。
「...それだけですか?」
「え?それだけって...結構ハードル高い願いしたと思ってるんだけど...」
今度は、充が呆気に取られる番だった。優希は、そんな充から目を逸らし、口を開く。
「いや、てっきり「もう俺と関わるな。」くらい言われるかと...」
「お前の中で、俺ってそんなに冷たい人間?」
優希の言葉を聞き、充は項垂れる。しかし、すぐに充は優希に向き合った。
「杉宮はさ、俺にとって大切で可愛い後輩だよ。」
充はそう言うと、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、夏の太陽と同じくらいキラキラ輝き、眩しいものだった。
「...ずるいですよ、充先輩。」
優希はそう言うと、壁に背中を預けた。
「充先輩。」
「んー?」
「好きです。」
「...ありがとな。」
充の返事を聞いた優希は、微笑んだ。
「そんなにあの人が良いんですか?」
優希の言う「あの人」が誰を指しているのか。充には、わかっていた。
「うん。」
充は頷く。チラリと優希は横目に充を見る。その目に映る充は、優しく微笑んでいた。優希は上を向き、目を瞑った。
「...あーあ、充先輩の恋、上手くいきませんように。」
「おいおい、そこは応援する流れだろ。」
「死なばもろともです。」
「お前な...」
充は、可愛い後輩のわがままな願いを聞き、困ったように笑った。そんな充を見た優希は、立ち上がった。
「充先輩。」
優希は木陰から出て、日の当たる場所まで前に出ると、充に向き合った。 充の目に映る優希は、何かが吹っ切れたかのように清々しく、そして、何かを決心したかのような顔をしていた。
「俺、先輩のこと、諦めないので。」
優希の言葉に、充はきょとんとした。そんな充を見た優希は、意地悪く笑った。
「これから、先輩のこと振り向かせてやるんで、楽しみにしといてください。」
「はぁ!?」
優希の急な男前過ぎる言葉に、充の胸は不覚にも高鳴った。そんな充の面白い反応を見た優希は、さらに言葉を続ける。
「せいぜい惚れないように頑張ってくださいね。」
「あ、ちょ、おい!杉宮!」
そう言い放つと、充の止める声を流し、走ってその場を後にした。怒涛の展開が訪れた後、その場に残ったのは嵐の前のような静けさと充だけだった。充は壁に背を預けると、空を見つめた。
(あの生意気後輩め...)
充は、優希に対してそんな悪態をつきながらも、可愛い後輩の宣戦布告を思い出し、仕方なく笑った。空は、雲一つない快晴だった。




