第15話 真っ向勝負
体育館内に、ボールのドリブル音が響く。そして、時々、談笑の声も響く。3年生や1,2年の部員たちは楽しそうに身体を慣らし、体育館内に和やかな雰囲気が広がっていた。それもそのはず。今から行われるのはOB戦。勝っても負けても、「楽しかった」という思いで終わる試合である。しかし、充にとっては、真剣に臨まなければならない試合であった。充は、黙々とストレッチに集中していた。
「なぁ、今日のミッチー、何かおかしくね?この世の終わりみたいな顔してるぞ?」
「え?主題歌?」
「お前さ、急なアニメ主題歌ネタやめろし。そういう意味で言ったんじゃねーよ。」
3年生がそんな会話をしていたが、充の耳には届いていなかった。
ピピーッ
「集合!」
理久の声が響く。各自、ウォーミングアップを止め、理久と顧問のいる場所へ集合した。理久は、一歩前に出て、口を開けた。
「1,2年生にとって、今からの試合は先輩方と戦える貴重な試合です。そして、先輩方と活動ができる、最後の機会です。今日は、3年生含め、悔いが残らない、楽しい試合にしましょう!」
「よ!爽やか新部長!」
「ヒュー!かっこいいぞ~!」
「有田よ、成長したな。」
「後方父親面すんな。」
理久の部長としての挨拶に、3年生たちがそれぞれ返す。その言葉を聞いた理久は、恥ずかしそうにしながらも、堂々と胸を張っていた。そんな雰囲気により、体育館内はさらに和やかになった。充も理久の姿を見ながらほっこりとした気持ちになりながらも、気持ちを引き締めた。
「それでは今からOB戦を「ちょっと待った!!!」」
理久の言葉を遮った声の主。皆の視線が、潤に向いた。
「すまん、有田。試合の前に、皆に言わないといけないことがある。」
潤は前に出る。理久は予想外のことに上の空になっていたが、我に返ったように慌てて潤のために下がった。
「皆知っての通り、ウィンターカップ予選はすぐ目の前だ。1,2年にとって、実戦形式でできる試合は残り少ない。インターハイでの、俺たち3年の雪辱を果たしてもらうためにも、今日がウィンターカップ予選の試合だと思って、皆に全力で戦ってほしい。」
潤の言葉に、皆に緊張が走る。3年生たちは、まるで自分たちも出場するかのような心構えで潤の言葉を聞いていた。
「そこで、先生と話し合って、あることを決めた。」
潤は一度言葉を区切ると、左後ろに立っている顧問と目を合わせた。顧問が頷くと、潤は皆を見る。皆は、息を飲んで潤の言葉を待った。潤が、口を開いた。
「このあと、焼き肉店で行われる3年生の引退式!1人3500円のコースを予約しているが、この試合で勝ったチームは、全員5000円のコースにランクアップだ!もちろん!先生のお金でだ!」
皆が顧問を見ると、顧問が親指を立てていた。漢気を見せたその顔より逞しいものは、この世に存在しないだろうと皆は一瞬で思った。
「黒毛和牛食べ放題!?」
「イエス!」
「イチボは!?ミスジはありますか!?」
「もちろんある!」
「つまり品数豊富で、さらに上質な肉が食えるってことですね!?」
「そのとおり!」
汗を流した後に、冷たいソフトドリンクと共に食べれる肉。全員が、焼けた肉を自分たちが食べる場面を想像した。瞬間、体育館内の空気が一変した。
「かかってこいや1,2年!」
「肉は俺らのもんじゃい!」
「先輩と言えど、肉は渡さないっすよ!」
「圧勝して、俺たちが肉いただきますわ!」
肉の亡者に憑りつかれた3年生と1,2年生の間で、殺伐とした空気が流れ始めた。皆の目には、闘志がみなぎっている。潤は作戦通りの状況となった今を見て、満足そうに頷き、その様子を見ていた充の元へ駆け寄った。
「充、これで全力で杉宮と戦えるな。」
潤は、充の肩に手を置いた。夏休み、3年生だけで練習をしている時、充の様子がおかしいことに気付いた潤は、充が一人で何かを抱えていることを感じ取った。そして、それがバスケ関係であることも。日に日に深刻そうな顔になっていく充を見て、OB戦で何かが起きることを悟った潤は、皆に真剣に試合をしてもらう方法を考え、たどり着いた。皆が本気になれる賞品。それは、肉。成長期真っ只中である男子高校生にとって、肉は魅惑の食べ物である。顧問に本来の狙いを隠しながら、それとなく理由を考え話をつけると、顧問はあっさりと承諾し、その分のお金を出すことも承諾した。そこまでは計算外だったが、事が上手く進んだ潤は満足していた。
「潤...」
充が潤を振り返る。
「肉!!!」
潤が見た充の目には、肉という文字が浮かんでいるように見えた。
「うぉ~~~!!!肉は渡さねぇ!!!」
充はそう言うと、1,2年生にガンを飛ばしている3年生の輪に混ざるためにその場を去った。そんな充を見た潤は、充の肩に置いていた右手を戻さず、ただただ呆然とした。一方、肉に対してそれほど執着のない優希は、乱闘間近の輪を横目に、今から始まる試合に備えるためにストレッチをしていた。
「いいかお前ら!3年ボコボコにすんぞ!肉は俺らのもんだ!」
理久は先程の爽やかさの欠片もなく、声高らかに1,2年生を鼓舞していた。
「あれ、俺、もしかして間違った...?」
潤は、人知れずそう呟いた。潤の考えは間違っていない。ただ、潤は、彼らの肉に対する執着を見誤っていただけであった。体育館の外では、五月蠅いくらいに蝉が大合唱をしていた。
ピピーッ
「っしゃあー!どうだ後輩たち!これが肉の力じゃい!」
3年生がシュートを決めた。3年生チームに2点が追加された。現在の点数は76対75。1,2年生チームが僅かにリードしていた。試合終了まで、残り3分。肉を賭けた勝敗の行方は、未だに見えていなかった。
「杉宮!」
ボールが優希に渡る。それと同時に、優希の前に、誰かが立ちはだかった。
(充先輩...)
優希よりも小さいが、この場の誰よりも圧倒的な存在感が滲み出ている充に、優希は一瞬たじろぐが、充を抜くためにドリブルをした。優希の実力は、バスケ部内、そして県の中でも上位に入る。そんな優希に充は食らいつき、優希がゴールへ向かうのを許そうとしなかった。ボールを保持できる時間が、刻々と迫っていた。そんな優希の右視界に、3年生のマークを振り切った仲間が映る。その一瞬を優希は見逃さなかった。優希は、ノールックで仲間にパスを出した。そのはずだった。
パシッ―――
充はまるでそれを読んでいたかのようにパスを遮り、ボールを捉えると、ドリブルをして優希の横を走り去った。
「全員戻れ!」
理久の声が響く。時間的に、これが最後のプレーとなる。止めれば勝ち、止められなければ負け。コート外の応援の声がより大きくなる。その場にいる全員が、今に一層本気となっていた。
充からパスをもらった潤は、ドリブルで1,2年生を抜く。
(わかるよ、杉宮。お前の気持ち。)
潤は、シュートのために飛ぶ。それに、3人のブロックが付く。潤は口角を上げると、ボールを持つ手を下に移動させ、ボールを手放した。それは、パス。ボールの行先は、充だった。
(でもな、それじゃ充には一生勝てないぞ。)
パスを受け取った充は、高く飛び、ボールから手を離した。その直後、試合終了のブザーが鳴る。その場の全員がボールを見ていた。充の放ったボールは、高い軌道を描く。そして、吸い込まれるようにネットに入り、床に落ちた。美しい、スリーポイントシュートだった。76対78。ブザービーターが、満面の笑みで仲間たちと共に勝利のガッツポーズをした。




