第14話 今できること
「よし!今日の練習終わり!」
貸切予約をした町の体育館に、潤の元気な声が響いた。体育館にいるのは、バスケ部を引退した3年生。彼らはOB戦に向け、週に2日程度、練習をしていた。
「部活引退して1ヵ月しか経たねぇけど、やっぱ体力落ちてるわ。」
「それな。マジでキツい。」
「田崎すげぇわ。やっぱスポーツ推薦もらうだけあるな。」
3年生たちは口々にそう呟き、汗を拭っていた。それは、充も同じであり、家から持ってきたスポーツドリンクを飲みながら身体を休ませていた。
「てか、田崎。何もそこまで本気で練習しなくてもよくね?たかがOB戦なんだし。」
「それはだな...」
3年生の1人が田崎にそう言う。潤はその言葉に答えようと口を開いたが、腕を組んで何かを考え始めた。その様子に、全員の目が潤に向けられる。
「いや、明日言うわ。すぐにわかることだし。」
潤の「明日」という言葉に、充の肩が小さく跳ねた。明日は、OB戦。優希と真剣に向き合う日でもある。充は、無意識に首にかけたタオルを握りしめていた。
「まぁ、楽しみにしておけよ。」
潤は謎のどや顔で皆に対して親指を立てた。
「いや、余計気になるわ。」
「田崎のケチ~。」
「まぁまぁ。」
3年生たちの抗議を、潤は両手で制す。そんな仲間たちを見た充は、部活での青い日々を思い出し、懐かしさに笑みを零した。
「じゃあ明日に向けて、今日はゆっくり休めよ!」
潤は顔を引き締める。潤に倣い、充や他の3年生たちも、真剣な表情になった。
「お疲れっした!」
「「「「「お疲れっした!!!!!」」」」」
それぞれが帰り支度を始める。充も自分のバッグにタオルや水筒を入れ始めた。
「充。」
背後から潤の声が聞こえ、充は顔を向ける。潤は、帰り支度を既に終わらせており、左肩にバッグをかけて立っていた。
「おー、どした?」
「この後、予定ある?」
「いや、ないけど。」
「明日のことで話したいことがあるから、公園寄らね?」
「アイス奢りなら。」
「お前、ちゃっかりそういうところあるよな。オーケー。」
潤は呆れながらも承諾した。充は意地悪く微笑み、荷物をまとめ終わったバッグのファスナーを閉めた。
「あ~、染みる~。」
「お前、じじぃみたいだな。」
太陽が西に傾き、空が橙色に染まる。体育館近くのコンビニで潤にアイスを買ってもらった充は、そのまま近くの公園のベンチで潤と並んでアイスを食べていた。2人の手には、水色のソーダ味のアイス。冷たく爽やかな味は、充の身体を冷やし、それと同時に夏を感じさせた。
「なぁ、充。」
潤は、アイスを食べる手を止めた。潤の真剣な声に、充はチラリと潤を見た。
「何かあった?」
一瞬の静寂が訪れる。潤の目が、充の目と合った。その見透かした目は、充に有無を言わせなかった。潤は、本当のことを言うまで折れないだろう。そう悟った充は、降参の意を込めて笑った。
「バレた?」
「バレバレ。中学からの付き合い、ナメんなよ。」
「はは、さすが潤。」
充はアイスを口に含む。アイスの棒には「はずれ」と書かれていた。充は、その棒を見ながら、優希との約束のことをぽつりと話し始めた。
「前々から思ってたけど、充ってさ。」
充が話し終わってしばらく経った後、潤は口を開いた。その静かな声に、充は緊張した。
「やっぱバカだよな。」
潤は食べ終わった「はずれ」のアイス棒を充に向けながら、真剣な顔でそう言った。
「何だよ、そこまで言わなくても・・・」
「いーや、何回でも言うわ。充のバーカ。」
充の言葉を遮った潤はアイスの棒を袋に入れた。
「優希の気持ち知っていながら逃げてきたところとか、怪我の悪化防ぐために自分が不利になるような勝負するところとか。そもそも、エースである杉宮に充一人で勝てるわけねぇだろ。技術も体力も身長も、杉宮の方が上なんだし。」
「うっ・・・」
潤の正論過ぎる言葉に、充はぐうの音も出ず、ただただ心に言葉が刺さっていた。
「その悩みを俺にすぐ相談しないこととか、全部バカ。」
充は、潤を見る。潤は、袋を見ながら言葉を続けた。
「相手を思いやれるところ、充の良いところだよ。だけど。」
潤は、充に目を向けた。
「それで自分を傷つけるのは、やめろよ。」
潤の言葉に充の心臓が痛くなった。それは、中学時代のことを知っている潤だからこそ、言える言葉だった。
「・・・ごめん。」
充は、俯きながらそう答えた。そんな充を見た、潤はため息をついた。
「リピートアフタミー。」
日本語発音が抜けていない、たどたどしい英語が耳に入り、充は顔を上げた。
「俺、白石充は。」
「え?」
「ほら、リピートアフタミー。俺、白石充は。」
「俺、白石充は。」
想像していなかった潤の言葉に、充は素直に従う。
「何か困ったことがあったらすぐに。」
「何か困ったことがあったらすぐに。」
「田崎潤に相談します。」
「田崎潤に相談します。」
「俺たちは。」
「俺たちは。」
「親友なので。」
潤の言葉を聞いた充は、続く言葉を止めたが、すぐに口を開いた。
「・・・親友なので。」
充の言葉を聞き終わると、潤は充に向かって拳を出した。
「明日、一緒に勝つぞ。」
その言葉に、充の目が潤う。充は白い歯を見せながら、拳を力強く合わせた。
「おう!」
充の笑顔に、潤も白い歯を見せながら笑う。そんな二人を応援するかのように、蝉たちが歌っていた。
充は、バスケシューズの靴紐を結んだ。慣れ親しんだこの靴とも、今日でお別れだ。そう思いながら、靴紐から手を離した。
「充先輩。」
凛とした声が充の名を呼ぶ。充は立ち上がり、声の主を見るために視線を上に向けた。
「俺、約束通り、自主練してません。おかげで膝の痛み治りました。ありがとうございます。」
声の主は、頭を下げた。直球で感謝を述べると思っていなかった充は、目を僅かに見開いて驚いた。
「だから。」
声の主は顔を上げた。充はその表情に微笑みながらも気を引き締めた。そこには、迷いなど一切なく、清々しいほどにやる気に満ちた優希がいた。
「今日は全力で勝ちに行きます。」
「望むところだ!」
充も強気に返した。優希の目に映る充は、自信で満ち溢れている。そんな充の姿に、優希はふっと笑うと新部長である理久の元へ向かった。
(よし!)
充は心の中で気合を入れ直すと、潤のところに向かった。充と優希の、「今」をかけた戦いが始まるまで、あと少し。




