第13話 たかがとされど
波の音と共に、遠くで蝉が鳴く声が聞こえてくる。太陽は西に傾き始めているが、肌を焦がすような暑さは衰える気配を見せていない。海の表面は、そんな太陽に負けじとギラギラ輝いていた。潮風は暑さを纏い、熱風へと変化していた。そんな炎天下の海沿いを、汗を拭いながら充は歩いていた。目指すは海沿いの駄菓子屋。学校が夏休みに入っていても、充はいつも通りの時間に来るバスに乗り、その場所に向かっていた。
「翔ー。来たよー。」
炎天下の暑さで疲れを覚えた充は、弱々しく駄菓子屋の入り口で挨拶をする。店内はクーラーがついているため、ひんやりとしていて涼しい。充はその涼しさに心地よさを感じながら、目的の人物がいるレジのカウンターに目を向ける。翔は、確かにそこにいたが、机に伏せていた。充が静かに近づくと、小さな寝息が充の耳に入った。充はその姿をしばらく見つめた後、駄菓子に目を向け、どれを買おうか選び始めた。暑さを打ち消すような、清涼感が感じられる駄菓子を買おうかと考えていた時、ふと充の目にとある駄菓子が留まった。それは、色とりどりの丸くて小さなマーブルチョコが18個並んだ駄菓子。占いができる駄菓子。充は、それを手に取っていた。
「んー...」
レジの方向から小さな声が聞こえたため、充が目を向けると、翔が身体を起こしていた。
「翔、おはよー。」
充は駄菓子を持ちながら、翔のところに向かう。
「あれ?充?」
「そーそー。充くんだよー。」
「もうそんな時間か...」
翔は寝起きの舌足らずさで、言葉を紡ぐ。まだ完全に頭が起きてないのだろう。充は、そんな翔を微笑ましく見ていた。ふと、充が翔の左手を見ると、青色の絵の具がついていた。きっと、眠る直前まで絵を描いていたのだろうと充は思う。一体、どんな絵を描いているのか。充は翔にその疑問を投げかけたいという気持ちになったが、完成してからの楽しみとしておきたい気持ちの方が優ったため、口を噤んだ。
「今日は何を買うの?」
翔の目が、充の目と合った。
「今日はこれ買う。」
充は、目を逸らすように駄菓子に目を向け、それを手渡す。
「...りょーかい。」
翔は充の手から、駄菓子を受け取った。
クーラーの効いた店内で、充はレジ近くに置かれている木製の丸椅子に座っていた。
「充って占いとか信じる方?」
「めっちゃ信じる。翔は?」
「んー、良いことだけ信じる。」
「出たな、良いとこ取り人間。」
何気ない、いつも通りの会話。ただ、今、目の前のことだけを考えていられる会話。それは、今の充の気を紛らわせることができる拠り所となっていた。
「でも、意外かも。充が占い信じるの。」
「皆から言われる。何でだろうな。」
「んー、俺的に、充は運命とか力で捻じ曲げていきそうな感じがする。」
「俺のこと、ゴリラとでも思ってんの?」
「うん。」
翔の素直な言葉に、充は眉を下げて笑った。翔はそんな充の様子を見て、微笑んだ。
「何か、やっと肩の力抜けたって感じ。」
「え?」
「気づいてない?ずっと思い詰めたような顔してたよ。」
翔は自分の左頬を指す。
「えぇ~、そんなにか...」
充は、自分の両頬を両手で触る。無意識のうちに自分の悩みが外に溢れていたことに、充は少しだけ恥じらいと落ち込みを感じた。
「充、絶対ポーカーとか弱そう。」
「自信あるけどな。」
根拠なく、どこか自信あり気に話す充に、翔は笑う。
「ま、話したくなったら聞いてあげないこともないよ。」
「何でちょっと上からなんだよ。」
「ひれ伏せ~、充~。」
翔のノリに充は笑う。翔の無理に干渉しようとしない気遣いが、充の心に響いた。本当は、話したい。自分のモヤモヤを全部吐き出したい。しかし、充は自分の今抱えている悩みを、翔に知られるのは、何となく嫌だと感じた。
「翔、ありがとな。」
充は笑った。翔は、そんな充の笑顔を、静かに見つめていた。
「あ、そうだ!翔も占いやろーぜ!」
「え、いいの?」
「もちろん!一人でやるよりも楽しいし!じゃあ、まずは...」
二人の話す声とアルミ箔を破る音が、店内を包み込む。占いの結果が良いものもあれば、悪いものもある。結果に一喜一憂するその時間は、二人に楽しさを感じさせていた。
「げ、バツなんだけど。」
「おー、当たってるじゃん。」
「...言い返したいけど、この前の期末テストの結果が悲惨だったから何も言えない...。はい、翔の番。」
「おっけー。どれにしよう。」
充は、翔に駄菓子を手渡した。翔はどの結果を見るか真剣に考える。ふと、翔の目が留まった。
「ねぇ、これ開けていい?」
翔が充に示したのは、今よりずっと先のもの。
「お、いいじゃん。開けなよ。」
「ありがと。」
充がそう言うと、翔は微笑んだ。翔はほんの数秒、その項目を見つめると、中に入っている丸くて小さな駄菓子を押した。駄菓子はアルミ箔を破り、翔の左手に落ちる。翔はそれを口に含み、占いの結果を確認した。
「どう?」
充は、占いの結果を見るために翔に近づく。そこに書かれていたのは、どちらとも言えない結果であった。
「...ドンマイ。」
「その顔ムカつく。」
充は、翔の肩に手を置き、親指を立てる。その同情したような顔に、翔はムッとした。
「まぁ、たかが占いじゃん。じゃあ、次、俺ね。」
充は、翔から駄菓子を受け取ると、ある項目に目を向ける。それは、充がこの駄菓子を買おうと思ったきっかけが書かれた項目。充が抱える悩み。たかが占い、されど占い。充は小さく息を吐くと、意を決し、アルミ箔を破いた。駄菓子を口に含み、結果を確認する。
「どうだった?」
充は、翔に結果を見せる。
「今日の運勢、4位くらいの結果。」
「わかりやすい例えありがとう。まぁ...ドンマイ。」
「ブーメランやめろー。」
翔は、充に先程の充の言葉と行動をそのまま返した。恐らく、翔なりに気を遣ってくれているのだろう。充の心に、そんな翔の優しい温かさが広がった。
「くっそ~。次に翔が占うもの、絶対良くない結果が出ますように。」
「おー、呪いかけるなー。」
翔は笑いながら、割と真剣に祈っている充に突っ込む。
「てか、思ったんだけどさ。」
とある考えが翔の頭を過り、翔はふと駄菓子を見る目を充に向けた。
「これって、別に自分を占わなくてもいいんじゃない?」
「確かに...あ。」
充はそう言った後、何かに気付いた。そんな充を見て、翔は意地悪く笑った。
「さて、充くんの運勢を占うとしますか~。」
「ずるいぞ!翔!せっかくさっき一生懸命呪いかけたのに!」
「男に二言はないよ~。」
翔は、鼻歌を歌いながらどれを占うか決めている。
「神様!さっきの呪いは取消で!取消取消取消...」
「都合良すぎ。」
翔は、念仏のように「取消」を連呼する充に若干引きながら、占うものを決めた。充の耳に、駄菓子がアルミ箔を破る音が聞こえた。
「...何選んだ?」
「ん~、これ。」
翔は駄菓子を渡す。翔が指示したものに対し、充は一瞬息を飲んだ。それは、甘酸っぱさとほろ苦さを感じるもの。青春として、よく取り上げられるもの。充の心に芽生え始めているもの。その結果は、充の呪い通りの結果だった。たかが占い、されど占い。
「ドンマイ、充。」
無邪気に楽しそうに笑う翔。充の心情を知らないその笑顔が、充の心に針を刺したかのような小さな痛みが走った。
「充?」
反応のない充に違和感を覚えた翔が、充に声をかける。充は我に返り、翔と目を合わせた。
「わ、わりぃ。ちょっと考え事してた!」
充は笑う。翔の目に映る充は、どこか悲しさを含み、笑っていた。翔は、自分の心が徐々に冷えていくのを感じる。
「...ふーん。」
翔はそう返す。その声は、先程よりも少しだけトーンが低い。
「翔?どした?」
今度は充が、翔に声をかける。
「別にー。何となく面白くないと思っただけ。」
「えぇ~。俺の良くない結果見て、さっきまで上機嫌だったのに?」
「さっきはさっき。今は今。あと、充は絶対ポーカー弱い。」
翔は、そっぽを向く。そんな子どもらしい拗ね方をする翔に、充は困惑をしながらも、口角が無意識に上がる。結果は確かに良くなかった。だけど、今、感じている気持ちに嘘はない。それは、充が前に、この場所で自覚したもの。それは、充の心を温かく包み込み、充の頭から占いの結果を消し去っていた。
「そうだ!よっちゃんを占おう!あ、これとかいいんじゃね?」
充は翔の機嫌を取ろうと、芳江の名を口に出す。翔の肩が少し跳ねたが、占いの項目を見ていた充は気づいていない。充が目に留めたのは、芳江がこの場所にいない原因に関するもの。翔の目が、その項目を静かになぞる。駄菓子を押し出し、結果を確認した充は、アルミ箔に書かれていた結果を見ると、目を輝かせ、翔の目を見た。
「翔!見ろよ!二重丸だ!良かったな!」
充はウキウキとし、満面の笑みで翔に伝える。
「うん、ほんと良かった。ありがとう、充。」
「ふふん、もっと褒めても良いぞ。」
得意気になる充に、翔は笑みを零した。翔は、チラリと海に視線を向けた。翔の目には、瞳と同じ色である深く青い海の色が映されていた。




