第12話 勝手な感情
その日は、豪雨だった。雨は、学校の屋根や壁、木々、そして充の所属する「石坂原中学校」の校名板を激しく打ちつけていた。
「え?部長?ミッチーでいいじゃん。」
「それな。ミッチー、面白いし。」
「まぁ、何とかなるっしょ。それでいいよな?ミッチー。」
充は、喉奥に何かを押し込められる感覚がした。それは、一切の光も受け付けない程真っ黒で、とても苦く、得体の知れないもの。どうにか吐き出そうにも、奥に押し込められたそれは、喉にこびりついて剥がれない。充は部室内を見回したが、すぐに後悔した。部員たちから感じられるのは、「承諾」以外は許されない雰囲気。充は吐き出すことを諦め、それを飲み込んだ。
「...任せてください!」
充は、皆から親しまれている太陽みたいな笑顔で答える。充の先輩や同級生、後輩までもが囃し立てる声が充の耳に入って来るが、充の心には何も響かなかった。黒い物体は、吐き出そうとしていた時とは違い、すんなりと胸の奥に入ると、ただ静かに充の心に小さな穴を空けていた。その日は、残酷なまでに豪雨だった。
練習メニューの組み立て、顧問との打ち合わせ、対戦相手の分析、部員への指示、部内の雰囲気作り、そして部員を導くために必要なバスケの実力。充が部長になってから、頭の中は常にバスケのことでいっぱいであった。
「ミッチー、最近下校時間ギリギリまで自主練してるってほんと?」
「...え?あ、あぁ、ちょっとな。」
とある昼休み、充がディフェンス用の練習メニューを考えていると、他クラスの潤が充の前の席に座り、充に問い掛けた。充は突然聞こえてきた潤の声に即座に反応することができず、曖昧に笑いながら答えた。その様子を、潤は真面目な顔で見ていた。
「朝練も一番に来てるって1年たちが言ってた。」
「もっとバスケ上手くなりたいからさ。」
「太田は?アイツ、副部長だろ?」
「体育祭の実行委員になったみたいで。負担かけさせられないだろ。」
「最近、ちゃんと眠れてる?」
「うん、家に帰ったらぐっすり。」
潤の目が、真っ直ぐに充を見据えた。その視線に、充は何となく居心地の悪さを感じた。周りの生徒たちの会話が、次第に充の耳に入らなくなっていった。
「...なぁ、バスケ、楽しい?」
その言葉を皮切りに、充の耳には一切の音が入らなくなった。ただ、自分の早まる鼓動の音だけがうるさい程に聞こえていた。充は、小さく息を飲んだ。
「...何言ってんだよ~。」
充は、おちゃらけたように笑った。そして、後悔した。
「...そっか。わりぃ。」
潤はそう言うと、席を立ち、教室を出て行った。充はその背中が見えなくなると、机に肘をつき、手で額を支え、目を瞑って俯いた。なぜ嘘でもいいから、「楽しい」という言葉を潤に言うことができなかったのだろうか。しかし、充はそれ以前に、潤からの真面目な問いかけに逃げてしまったことに情けなさを感じていた。充は静かに息を吐く。予鈴が鳴るまで、あと5分を切っていた。
充が違和感を覚えたのは、バスケ部の夏休み合宿を終えてから1週間経ったある日のことだった。その日、バスケ部は2チームに分かれ、ミニ試合を行っていた。充がシュートを放つために飛ぼうとした時、左足にピリッと電流が走ったような痛みを覚えた。痛みに気を取られたために、ボールはリングに当たって跳ね返った。
「ミッチー、珍しいな。フリーで外すなんて。」
「わりぃ。後で倍にして返すわ。」
「よ!それでこそ部長よ!」
同級生から肩を叩かれる。充は笑顔で返した後、ちらりと左膝を見た。見た目には問題がない。それに、今は痛みを感じない。試しに膝を曲げたり、伸ばしたり、力を込めてみたが、それでも痛みは感じなかった。
(気のせいか。)
充は試合に戻る。その日はそれ以降、左膝に痛みは走ることはなかった。
しかし、その日以降、充は時々、自分の左膝に痛みを感じるようになった。シュートの時、走り込みの時、ストレッチの時。日が経つにつれ、痛みは強く、そして頻繁に起きるようになっていった。
「あれ?サポーターですか?」
「うん、予防程度につけとこっかなって。」
練習前、体育館のステージに充が座って、練習メニューを見直していると、後輩が充に話しかける。充は、膝に視線を向けながら答えた後、後輩の顔を見た。
「ま!全然大したことないけどな!」
「もぉ~、心配して損した。新人戦近いんですから気を付けてくださいね、ミッチー部長。」
後輩は笑顔でそう言うと、同級生のところへ向かった。充は、先程の後輩の顔を思い出す。「予防」と答えた時のひどく不安そうな顔、「大したことない」と言った時のほっとした顔。
(俺がもっとしっかりしないと。)
充はそう決意すると、タオルの下に隠していた剥がしたテーピングをタオルごと鞄の中に押し込めた。
ダンッ、ダンッ、ダンッ、ピピッ――――――――――
土曜日の夕方、充は自主練をしていた。三角コーンを設置し、ドリブルを極める練習。タイム計測のために設置していたブザーが鳴る。
(ダメだ。こんな速さじゃボールを取られる。)
充は流れる汗を拭う。充はタイマーを設定し、スタート地点に戻った。
「ミッチー。」
「わっ!!!」
急に声が聞こえたため、充は驚いて声を上げる。振り向くと、体育館のドア付近に潤が立っていた。
「潤、驚かすなよな~。てか、どうしたん?」
充は笑って問いかける。
「忘れ物したから、取りに来た。お前、まだ練習してるの?練習終わって2時間近く経ってるぞ?」
「え?」
充は体育館の時計を見た。時刻は17時をとっくに過ぎている。
「...全然足りないな。」
充はぼそりと無意識のうちに呟き、ハッとした。充の頭の中で、潤がまだこの場にいるということが抜けていた。
「なぁ、練習し過ぎなんじゃないか?過度な練習は、かえって逆効果だぞ。」
潤の正論に、充は奥歯を噛み締めた。
(潤はいいよな。才能あって。)
自分とは違い、身長にもバスケの才能にも恵まれている潤。2年生にして、強豪校から注目され、大会で大人から話しかけられているその姿が頭を過った。黒く濁った感情が出てきそうになるのを、充は何とか押しとどめた。
「そうだな。明日もあるし、もう帰るわ。片付けとかあるから潤は先帰ってて。」
「俺も手伝う。」
「いいよ。すぐ終わるし。」
「でも。」
「な、頼むよ。」
充は眉を下げて笑う。手伝わせることへの申し訳なさもあるが、何より今は潤と一緒にいたくないと、充は考えていた。
「...わかった。」
潤はそう言うと、ドア付近に置いていた充の鞄の横に何かを置いた。
「水分取って帰れよ。」
潤はそう言うと、体育館から去っていった。充は、その場にボールを置き、鞄に近づき、それを手に取る。それは、冷えたスポーツドリンクだった。この学校に、自動販売機はない。充の視界が水でぼやけ始める。充はキャップを開け、スポーツドリンクと共に押しとどめていた感情を自分の中に流し入れた。充は口元、額、そして目元を拭う。
(お前が、部長だったらな...そしたら...)
充は半分ほど減ったスポーツドリンクを、鞄の横に戻し、ボールの元へ戻った。その日、充が帰ったのは、19時過ぎであった。
その日が来るのは、早かった。夏休み最後の日、近くの中学校での練習試合中、充はいつものようにシュートのために飛んだ。ボールはネットに吸い込まれるように入った。それを見届けた後、地面に着地した瞬間、充は転倒した。
「「「ミッチー/部長!?」」」
部員たちの声が充の耳に入る。充のチームの監督がタイムアウトを取り、練習試合は一時中断となる。
「ミッチー!大丈夫か!?怪我は!?」
潤が一番に駆け寄って来て、充に聞く。
「大丈夫大丈夫!ちょっと体勢崩しただけ!」
充は明るくそう言って、立ち上がろうと力を込めて立った。しかし、左膝に力が入らず、よろける。それを潤が支えた。
「バカ!全然大丈夫じゃねぇーじゃん!」
「あー...ごめん。」
潤の怒った声が、充の耳に入る。充は謝るが、自分から出たあまりにも弱々しい声に驚いていた。監督が他校の監督と何かを話し、電話をし始める。その様子を、充は潤に連れられ腰掛けたベンチで見ていた。
「君、いつから違和感覚えてた?」
「8月の最初の週くらいです。」
「んー、結構日が経ってるね。」
医者が低い声で唸る。充は、試合会場に現れた、顔色が真っ青な紗季に連れられ、車で近くの病院に来ていた。
「正直に言うとね、君、もしこのまま練習してたら、手術が必要になっていた可能性があるよ。」
ドクンと充の心臓が跳ねる。
「今日、倒れたのが不幸中の幸いだよ。だけど、今の状態でも結構危ういね。」
「れ、練習はできますよね?」
「ちょっと充...」
充の声が震える。紗季が小声で充を咎めるが、充は医者の目だけを見ていた。医者の目が、充の目を静かに見つめる。少しの沈黙の後、医者は紙を見ながら口を開いた。
「...2週間は、絶対に安静。歩くのは大丈夫だけど、走るのは禁止。3週目からはリハビリのために練習には参加していいけど、過度な練習はダメ。特に、自主練とかね。だから、全治4週間ってところだね。」
全治4週間、つまり、約1ヵ月。その言葉に、充は落胆した。新人戦が近いのに、休んでいる暇はないのに、自分が部長として皆を引っ張らないといけないのに。その後、医者が今後の流れを説明していたが、充にその声は届いていなかった。充の心の穴が、じわじわと広がり始めていた。
「いや~、何か着地失敗して膝痛めたっぽい!だけど、安静にしてたらすぐ治るらしい!心配かけてごめんな~!」
「良かった~。急に倒れたからびっくりしたんだからな!」
「あれはマジでビビった。」
「ミッチー部長、元気そうで良かったっす!」
「新人戦、間に合いそうですね!」
次の日、2学期の始業式の朝練で、充は部員に明るく説明した。部員たちは、それぞれ安堵した言葉を口にする。
「ということで、2週間、俺は練習に参加できないけど、手抜いてるやついたら喝入れるからそのつもりで。」
「わぁ~、鬼部長だ!」
「みんな逃げるぞ~!」
部員たちはふざけながらも練習のためにコートに向かう。充はそんな部員たちを肩をすくめながらも口角を上げて見送った。ボールをつく音が響き始める。普段なら、あの音に混ざりながら自分も練習をしているのに。無意識にサイドラインの内側へと足が入りそうになるが、充は堪える。充は、そっと足を元の場所に戻した。充の靴音がキュッと小さく響くが、ボールのつく音に掻き消された。同じ空間にいるのに、充は自分が部外者になったような感覚がしていた。
絶対安静ということを守るため、自転車通学からバス通学となって充は、中学校から徒歩10分程の場所にあるバス停のベンチに座り、バスを待っていた。9割近くの生徒が自転車や徒歩通学なので、バス停にいるのは充しかいない。今日は、水曜日。部活がない日。自主練が禁止となった今、充が学校に居残る理由はなかった。空は、充の心とは裏腹に、憎い程真っ青な秋晴れであった。バスが近づいてきたため、充は練習メニューが書かれたノートを鞄の中にしまった。バスに乗り込み、整理券を取ると、充は一番後ろから2番目の席に座った。客はまばら。主婦や高齢者、充のような学生もいた。充は、ノートを取り出そうとしたが、その手を止めた。代わりに、外の景色に目を向ける。色づき始めた木々、様々な形や色の家々、歩く人々、そして青く澄み渡る空。移り変わる景色を充はぼんやりと見つめた。
(このまま、どこか遠くへ行けたら...)
充はそう思うと、静かに目を閉じた。
充は、ふと目を開けた。外に目を向けると、海が見える。
(海か...海!?)
充はスマホを見る。時刻は、充が本来降りるバス停から30分も過ぎていた。次に停まるバス停の名前が車内アナウンスで聞こえてくる。充は勢いよく、降車ボタンを押した。次のバス停には30秒もかからず到着した。充は、運賃を払って降りる。充以外は、降りる客はいないのか、すぐにバスは出発した。
(遠くへ行けたらとか思ったけど、まさかその通りになるとは...)
充は落胆しながら先程の自分の願いを恨む。充は反対側のバス停に向かい、時刻表を確認した。
(次のバスまで1時間って...どんだけ田舎なんだよ...)
充は肩を落とす。近くにベンチはない。ただ立って待っているのは暇だ。充は、視線を海へと向けた。海は深い青色で、太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。波が寄せては返すことを繰り返し、その度に岩壁に波が当たる音が聞こえた。潮風が充の頬を撫で、潮の香りが充の鼻をくすぐった。
(そういえば、9月に海に来るのって初めてかも。)
充は、目を細めながら海を見つめる。海のイメージが7月や8月で固定されていた充にとって、その景色は新鮮なものであった。充は、ゆっくり歩き出す。今はただ、海が見えるこの辺りのことを知りたいという気持ちでいっぱいであった。
歩き始めて10分。充はふと足を止めた。「よっちゃん」と掠れた黒文字で書かれた看板が充の目に映る。店の前には、所々錆びて、ペンキが剥がれ落ちている赤い長椅子が置かれていた。店のガラス張りの戸は開かれていて、棚には様々な種類の駄菓子が置かれていた。
(駄菓子屋か...)
充は懐かしさを感じる。小さい頃、よく食べていた駄菓子。いつ頃から買わなくなったのだろう。充は、店内に足を踏み入れた。
「おや、いらっしゃい。まぁ~、随分と若いお客さんが来たね。」
「こんにちは。」
店のカウンターには、白髪のおばあさん、福富芳江がいた。芳江は、朗らかな笑みを浮かべて、充に挨拶をした。充も挨拶をし、会釈をした。
「ゆっくり見て行ってね。」
芳江はそう言うと、自分の手元に目を向けた。充は、棚に並べられた駄菓子を見る。スナックにラムネ、チョコレートにゼリー。
(あ、これ、遠足で持って行ったな。こっちは、テスト頑張ったご褒美に母さんが追加で買ってくれたっけ。これは、確か琉華と取り合いになったお菓子だ。)
駄菓子を見つめながら、充は幼少期のことを思い出していた。充の口角は、自然と上がっていた。
「どれを買うのか決めたのかい?」
充が驚いて左隣を見ると、芳江が立っていた。芳江は相変わらず、ニコニコとしている。
「いえ、どれ買うか迷ってて。」
充は、申し訳なさそうに眉を下げた。
「あら、良いことじゃない。たくさん迷って選んだことに、価値があるんだから。」
芳江の言葉が、すとんと充の中に落ちた。
「...そうですね。」
充はその場にしゃがみ込み、1つの駄菓子を手に取った。
「これ買います。」
「まいどあり。」
充は、中に白くて丸いラムネがぎっしり詰まった瓶型のラムネを芳江に渡した。
「そうなのよ~。何回も告白されて、その一途さに段々惹かれて、義和さんと結婚したの。」
「え、めっちゃロマンティックじゃん。」
充と芳江は、店前の赤いベンチに一緒に座って話していた。初対面でも少し話せばすぐに相手の懐に入り込める充と、おしゃべりが大好きな芳江は相性が良かった。充はラムネを1粒口に入れる。甘いラムネは口に広がると、少しずつ溶けていく。
「じゃあさ、何で駄菓子屋やろうと思ったの?」
「それはね、子どもに戻れる場所を作りたかったからよ。」
「子どもに戻れる?」
充は聞き返した。
「そう。ただただ楽しかったあの頃に戻れる場所。今でも楽しいことはたくさんあるし、子どもの頃にはできなかった楽しいこともあるわ。だけど、子どもの時だったからこそ楽しかったこととかもあるじゃない?例えば、駄菓子を選ぶ瞬間とか。」
「確かに。」
充はラムネを見つめながら、先程の自分を思い返した。駄菓子を選んでいると、様々な過去を思い出し、楽しくなった。
「子どもの頃、お手伝いとかで貯めたお金を持って、駄菓子屋で何買うか迷う瞬間が私楽しかったの。目の前のお菓子のことだけ考えられる子どもの頃。背伸びし過ぎてちょっと疲れちゃった人たちが、そんな時に戻れる場所を作りたくて、義和さんと話し合ってこの店を立てたの。」
芳江は楽しそうに話す。充は、その顔を見つめた。
「凄く素敵だと思う。」
充は、純粋に感じた心からの言葉を芳江に伝える。
「ありがとう。何だか恥ずかしいわね。」
芳江ははにかみながら微笑んだ。ずっとこの場所にいたい。そう思うが、現実は残酷だ。あと15分でバスが来てしまう。充は、口を開いた。
「よっちゃん。俺さ、またここに来ても良い?」
芳江は目をぱちくりとさせると、満面の笑みを浮かべた。
「もちろん。私、みっちゃんともっとおしゃべりしたいわ。」
「ほんと?俺なんかでいいの?」
充は芳江にそう投げかける。今まで充の心の中で留まっていた黒い感情を吐き出すかのように。芳江は充の言葉に対し、充の目を見つめながら真っ直ぐ答えた。
「私はね、みっちゃんがいいの。」
芳江の言葉で、充の目がキラリと光った。充は、心に空いていた穴が塞がっていくのを感じた。
「俺、水曜日は部活ないんだ。」
「うん。」
「テストとか試合とかで来れない時があるかもしれないけど。」
「うん。」
「そうじゃない日は、絶対来るから。」
「みっちゃんが来たい時においで。私はここにいるからね。」
芳江は目を細めて、朗らかに笑った。充には、その顔が滲んで見えていた。充は、立ち上がると鞄を手に取り、芳江を真っ直ぐ見つめて、純粋な、太陽のような笑顔で芳江に微笑んだ。
「じゃあ!また来週!」
充は芳江に手を振った。芳江も充に手を振り返す。充は歩き出す。その足取りは、先程よりも軽かった。
カーテンの隙間から入って来る光が、充の顔を照らした。充はその暖かさに目を開ける。ちらりと時計を見ると、水曜日の7時20分。充はギョッとしたが、今が夏休み期間であることに気付いた。充は両腕を上げ、伸びをした。懐かしい夢を見たなと充は思った。ふと頬に何かが伝う感覚がし、充が頬を触ると水滴が指についた。
「え?」
それに気づいたと同時に、充の目の前が滲み出す。充は、目元を拭う。しかし、それは拭えば拭う程どんどん溢れてくる。目が腫れた状態で会いに行ったら、きっと彼は心配するだろう。充は、そんなことを考えながらも、溢れ出てくるものを止めることができなかった。頭を過ったのは、少し前にした優希との勝負。優希の気持ちを踏みにじってまで、自分の願いを叶えようとする最低な勝負。今になって、それは充の胸に重くのしかかってきていた。
「何やってんだろうな、俺。」
充は自嘲的に笑う。どこから間違っていたのだろうか。いや、彼の気持ちから目を逸らした時から間違っていたのだろう。もし戻れるならば、悩みもなく、ただただ楽しかった子どもの時に戻りたい。
「会いたいな...」
脳裏に浮かんだのは、彼女の朗らかな笑顔。それは、無意識に溢れ出る感情と共に零れ出た言葉だった。




