015 missing you
コンコン、とノックをして私は、再びコウの病室の戸を開けた。
「コウさん、面接のお時間です。」
彼女の方に歩み寄りながらも、気配で分かる。
今日、コウの中にいるのは、朕であった。
ベッドの上にいたコウに私が会釈をし、イープが深く礼をした。
面談用の椅子に腰掛けた私は、
「今朝の気分はどうですか?」
といったあたりさわりのないところからコウと話し始めた。
彼女は
「今朝も、眠いかのぅ。寒い日は、弱いのじゃ。」
言葉が少したどたどしい。
私は、前回の面接では別人格のコウに会ったことを素直に話すことにした。コウが幼い頃を京都で過ごしたということを聞こうとしていたことも。
少し寒さの話をした後、
「そうじゃ。冬の京都はやはり寒いのじゃ。
朕は、気がつくと、京都のモツ鍋屋というところに勤めているムスメに世話をされておった。ムスメには多分名はあったのであろうが、朕はその名を知らぬ。そもそも朕は、人の名というものに関心はなかったしてな。
ただ、オコタで食べる、モツ鍋はいつも美味しかった。」
シングルマザー、ということだろうか。社会的に孤立した母子家庭で、母親が抑うつ状態にある場合、発達の遅れた子が母親の名を長く認知しないまま、ということはあり得ることである。むろん、母親と別れたことがトラウマとなり、同居していた頃はあったであろう記憶を失うことも。
そうしたことが推察される家庭で、コウが食事を楽しんだ記憶を残していることは良いことである。母子の関係に愛情と愛着が存在していた傍証となる。むろん、朕が話す「設定」である可能性はあるにしても。
朕は、日々の時間の大多数を部屋で一人で過ごしたらしい。主にオコタに潜りながら。部屋にテレビはあり、リモコンを操作しながらテレビを眺めていたとのこと。母子家庭で子も早くに抑うつ状態になるケースにあてはまる話である。そうしたケースで、テレビやネット動画等で知った一人称(ワシ、ワガハイ、オイなど)に、子が執着することもある。それは、社会的に孤立した家庭に育った子が身に残した、生への固執であるといえ、安易に否定してはいけない。
「ある日、見知らぬ者たちが部屋の前にずらりと並んでおった。ムスメのモツ鍋屋のテンインたちなるものだと言う。聞けば、ムスメはモツ鍋屋の階段から落ちて隠れたと言う。朕は、ムスメが、人身御供に出されたものと思った。」
話しにくいことなのであろう。朕の話しぶりは緩やかだ。
それにしても、人身御供とは。私は、横に静かに同席しているイープの方をはじめてチラリとみて、その表情が変わらないことを見て取りつつ、
「ひとみごくう? 昔のあなた、随分と難しい言葉を知っていたのね。」
「姫王として育てられていた時に、炬燵話で聞いていた話じゃ。人の国はいくつもいくつもあるが、どの国も、聖霊様に人身御供をしなければならない時があるものなのじゃと。」
多神教の世界にそうした話は、確かにある。そして、蛇神や龍神など、土地の神々が生贄を求めるといった昔話も。ただ、幼い子にそうした話を御伽噺として繰り返し繰り返し語ったというエピソードは、母の精神状態が良くなかったことの推察となる。
「そう、生贄とも、言うな。とにかく、人身御供があった時の王は、皆の前でそのことに頷いて見せるものなのじゃ。朕は、皆に連れられ、ムスメを祀る寺に行って、頷いてやった。」
コウは、今の彼女なりの言葉で母の葬儀のことを語っているのだろう。産みの母か育ての母かを聞いてはいないが、あまりこうしたエピソードに対し踏み込んだことを聞くべきではない。
「そして、朕、その寺で過ごすこととなった。」
先日の優等生の方のコウが語っていた尼寺のことであろう。執事の山田の話とも一致している。
「サイトウ先生。尼寺に行かれたのは、姫王閣下が、5歳となられた時のことと伺っております。」
と、横からイープが静やかに口を挟んだ。
朕は、堂々と頷いた。
☆
そこからしばらくの間、私は、コウの尼寺での生活のことを聞いた。就学前の記憶に、テレビや御伽噺で聞いた話が交じることもしばしばあるが、メンタルケアにあたる者はそうした話を基本的には否定しない。そして、尼寺での生活の話は、治療者としての立場からではなくとも、筋が追えるものだった。おそらく朕としてのコウは、京都での出来事を話すことに慣れている。京都の記憶がほぼない、と言った、一昨日の美少女コウとは対照的に。
私は、
「ありがとうね。おねえさんにも、大分、尼寺でのコウさんの生活のことが見えてきたわよ。そして、そのお寺で、もう一人のコウに出会ったというわけなのですね?」
と、二人のコウの接点について、問いかけた。
「そうじゃ。もうひとりというか、本物のコウ、との。」
そう語るコウに、私は存在の儚さを見てとった。今目の前にいる、朕の方のコウと、一昨日の優等生美少女の方のコウとをつなぐものが、この存在の儚さなのかもしれない。中学1年生という実年齢より幼い朕としてのコウと、既に高校卒業に近い学力を持つと思われる優等生としてのコウ。いずれも、儚く、その一つ身に宿っている。彼女たちを、彼女の母と同じところに行かせてはならない。私はそう思った。
あたりの空気が薄くなったような感覚を覚えながら、そこからの私は、朕との面談を進めた。
曰く、半年くらい前ら月に1回の生理痛が始まり、朕としてのコウと、優等生としてのコウは、月に一度会うようになったとのこと。曰く、小学生の頃のコウは今よりも動き回る方で、しばしばの筋肉痛にあるたびに朕と優等生コウは出会っていたこと。いわく、優等生としてのコウがこの世界にいる間、朕の方のコウは、内なる世界において優等生のコウといろいろと話している、と。
私は、面談の最後に、朕に聞いた。
「内の方の世界、でいいのかな。そこにいる時は、どんな気分なのかな?」
「朕はいつも暖かな気分なのじゃ。寒さも暑さも、本物の方のコウが引き受けてくれるわけであるし、内は、朕の本来の世界であろうから、のう。」
内の世界に暖かなものを感じていることに、救われた気分を覚え、私は面談を終えた。横には、イープが静やかに腰掛けたままだった。
☆
午後の業務、外来の初診の患者さんとの面談などを終え、私は早めに自室に戻った。
年甲斐もなく、恥ずかしく炬燵寝した一昨日に飲み残したカップ酒を手に、私は炬燵に足を入れた。
カップ酒を一口飲んで、足がじんわりと暖かくなるのを感じつつ、私は目を瞑った。
「あぁ、なぜ、今日のあなたはコウではないの?」
そんな、ひとり言が私の口から出ていた。
その時、私は、私の内面に違和感を覚えた。それは精神科医としての自己観察かもしれないし、腐女子としての直感かもしれない。
とにかく、私の内面にいて、美少女コウに焦がれる気持ちを抱いているのは、一腐女子たる私ではない、と私は気がついた。この気持ちは、百合百合していない。
カップ酒を口にコウを求める私の内面は、おっさんのそれ、だった。いや、精神科医おねえさんの私の内面だから、内面のおにいさん、かもしれない。
いずれにせよ、腐女子の私の内面にいるのだから、腐男子なのだろう。
私の内面にいつの間にやら住み着いた腐男子が、コウのことをmissing youして、今も恋焦がれているのだ。
腐女子愛が、おっさんずラブになっちゃいました!?




