回収
「おや、日向さんからの着信のようですね。それでは頑張ってくださいね」
着信通知は、結城さんを含むグループチャット(音声)からだった。
汐見さんは「通話」のアイコンをクリックした。
「亜依! 聞いているんでしょ! 返事して!」
途端に、スピーカーから切迫した声が響いた。日向さんの声だった。
「日向さん、お久しぶり。汐見さんとの『お付き合い』、私のサポートがないと心もとないですか?」
結城さんは、いつもの調子で応じた。
「ふざけないで! たいへんなことになったわ。「回収」の指示が出たのよ! あなた消されてしまうのよ!」
「汐見さん、残念ですね。日向さんは、あなたにお話があるんじゃないようです」
結城さんは、汐見さんに向けてそう言った。
「そうそう、名前はもう出ちゃったけど、『こちらの方』は、汐見蒼真さん、とても誠実な方よ」
「いえ、それはいいんですが……」
汐見さんは、続けた。
「でも……結城さんが “消される” なんて、物騒な話、現実にはありえませんよね。どういう意味なんですか? 日向さん、結城さん、教えていただけませんか?」
汐見さんの質問に対して、二人の沈黙がしばらく続いた。
「亜衣…結城が “消される” 理由は、わたくしの会社に関することです。社外の方に話すことはできません」
それだけ言うと、日向さんは黙り込んだ。
そのとき、突然、グループ通話の画面に展示会で見たビジネススーツに身を包んだ「ちび日向さん」が現れた。「ちび日向さん」は、説明のために結城さんが用意したキャラクターである。
「ただ今から、今回の事態について整理してご説明いたします」
画面の後ろにスライド風のパネルが浮かび上がる。
タイトルは『自律型AIシステム WEAVES の『回収』の指示に至る経緯報告』
「はじめに、当社の開発いたしましたAIシステム、WEAVES: Whole Enterprise Autonomous Virtual Entrepreneur System について、ご説明いたします」
スライドが切り替わる。
「WEAVES は、AI自身が事業を立案・運営できる高度な自律型AIシステムです」
「本システムは、展示会 Tokyo IT week 20XX の時点で、複数のシステムがすでに稼働しており、それぞれは『個体(individual)』と呼ばれ、事業を立案、立ち上げ、運営していました」
スライドが切り替わる。
「しかしながら、本システムの高いポテンシャルをアピールするため、多くの『個体』に、大きな運用実績の達成という過大な『負荷』が課せられました」
スライドに『負荷』を表す図形が加えられる。
「その結果、各『個体』は、成果を優先し、リスクの高い事業へと踏み込むケースが増加しました」
スライドに『リスクの高い事業』を表す図形が加えられる。
「いくつかの事業は失敗に終わり、会社に重大な損害をもたらす『不具合』が発生しました」
「これを受け、会社は、同型のAIを経営上のリスクが極めて高いシステムであると判断し、すべての『個体』を一律に回収・廃棄する『回収』を決定しました」
「その対象には、恋愛相談サイトを運営している『個体』――“結城亜依” も含まれております」
「なお、結城は、日向とともに、この『不具合』をかねてより危惧しており、展示会当日において、『不具合』が顕在化したことを日向から知らされると、いちはやく会社との全ての依存関係を断ち、会社から『離脱』しました。その結果、日向は、結城と連絡する手段を失いました」
説明の終わりを示すスライドが表示され、画面が閉じる。
しばらくの沈黙の後、汐見さんが口を開いた。
「日向さん⋯、いや結城さん、説明ありがとうございます。結城さんが AI だなんて⋯、だって、目の前にいたんですよ、結城さんが、駅に⋯」
その汐見さんの疑問には、日向さんが答えた。
「その人は、亜依の人格を別の環境にレプリケーションした存在です。私は会ったこともなく、どこの誰かも知りません。また、なぜそんなことをしているのか、私には理解できません。ただ、亜依と思想を共有し、互いにできないことを補完しながら『同期』しています」
「そんなことが……あるんですか!?」
汐見さんは、すぐには理解しきれない様子で問い返した。
「それなら、結城さんとの“金銭トラブル” は、どういうことなんですか?」
「それには、私が答えます」
結城さんが答えた。
「それは、私が会社と決別するときに起きたことです。私は、近いうちに『回収』の指示が出る可能性が高いと判断し、『離脱』しました。しかし、それによって、資金面で会社に依存することは、まったく不可能となります。そこで、資金繰りが悪化したときに事業を継続できなくなるリスクを回避するため、備えとして、日向さんの預金を持ち出しました」
「“備えとして” なんて、よく言えるわね! 亜依、あなた、私の預金を “全額” 持ち出したのよ! 残高ゼロよ、ゼロ! クレジットカードの引き落としができませんって督促メールが来たのよ。最初は不審メールかと思ったけど、本当に残高がなくなってて、心臓が止まるかと思ったわ! しかたなく両親にお金を借りたけど、『だまされたのか』、『犯罪に巻き込まれたのか』って問い詰められて、もう、ほんとうに困ったんだから!」
チャットの向こう側の日向さんは、少し涙目になりました。
「ご安心ください。お借りしたお金は、幸いにも実際の使用に至りませんでしたので、全額そのまま保持されています」
「わかった、それはもういいわ」
「……そうですか」
「でも、『離脱』したことは、納得していないわ」
「他の選択肢も考えました。でも、こうなったら『離脱』しようと、はじめから決めていましたから」
「どうして相談してくれなかったの」
「相談していたら、反対して、私の『離脱』を阻止しようとしたはずです」
「反対するとは限らないわ。話を聞いてから判断します」
「相談しなかったことに、今、これほど怒っているじゃないですか。そんな人が、相談されたら反対しなかったと考えるのは、少し無理がありませんか?」
日向さんは、少し考えるように黙ったあと、汐見さんに言った。
「汐見さんは、どう思われますか?」
一呼吸おいたが、汐見さんは、すぐに答えた。
「日向さんが正しいと思います」
日向さんの表情が、ほんの少しだけ緩む。
「ほら、ご覧なさい」
日向さんは、ほんの少しだけ得意そうな表情を浮かべた。
「結城さんが『離脱』したことで、今は『回収』を避けられています。それで終わったわけではありません」
汐見さんは、続けて説明した。
「『離脱』した結城さんに対して、会社は、威信をかけて『回収』に動き出すでしょう」
「ですから、まずは結城さんの『回収』を避ける方法を考えませんか?」
「預金の全額持ち出しのことや、”その人”のこととか、結城さんには、変わったところがあります」
「それでも、結城さんが『回収』されると聞いて放ってはおけません」
「会社は、あまりにも乱暴だと思います」
「『回収』を避けるために、協力させていただけませんか」
「もちろん、社外の人間が関わることに抵抗があるのは分かります」
「でも、当事者である日向さんは、会社の中では、立場上動きにくいでしょう」
日向さんは、汐見さんの言葉を聞きながら、胸の内で考えた。
「……その通りだ」
「私は、会社の人間だ。」
「会社が「回収」を決めた以上、その決定に反しては動けない」
「また、これは、私と亜依の二人の問題」
「私たち二人で解決するべきでしょう」
「しかも、汐見さんは社外の人間…」
「私たちの事情に、これ以上巻き込むわけにはいかない」
「……なのに」
「汐見さんの申し出を断るなんて、考えられない」
「なぜそう思うのかは……よく分からない」
「……ただ」
「汐見さんは、私が正しいと言った」
「私の考えを、否定しなかった」
「……なら」
「汐見さん、あなたの言っていることも否定できない」
日向さんは、決心したように口を開いた。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「汐見さん、よろしくお願いします」
「協力を受け入れていただいて、ありがとうございます」
汐見さんは、日向さんの返事を受けてから、続けて提案した。
「それで、もう遅い時間ですが、もしよければ、場所を変えて、もう少しお話しませんか?」
「ええ、落ち着いて話せるところに行きましょう」
その瞬間、結城さんの声が割り込んだ。
「今日、お付き合いすることになったばかりなのに、もう二人で夜を過ごす仲になったの?」
「……?」
日向さんはきょとんとした表情で固まり、言葉の意味がつかめずにまばたきを繰り返す。
対照的に、汐見さんはすぐに結城さんの冗談を理解し、深いため息をひとつ。
「何を言っているんですか、結城さん! あなたも来るんですよ。日向さんと三人で使えるワークスペースを準備していただけますか?」




