似顔絵
日向さんは、カフェで汐見さんと別れてから、真っ直ぐ自宅に戻った。
自宅に着くまでの1時間弱の間、取り乱してはいけないと、お店やカフェでの出来事について考えないよう努めた。
日向さんは、自宅に着くなり、今日のお店やカフェでの出来事について考え始めた。
「いったい何が起こったの? 私、何をしたの?」
日向さんは、次の瞬間、不自然なくらい一気に、いつもの冷静な日向さんに戻った。
「こういうときは、まず、可能な限り全ての情報を列挙する。時系列で。そして、事実か憶測かを判断する」
「一番はじめは? お店? いいえ『Tokyo IT week 20XX』の最終日。そこに私がいたのは事実。あの人(汐見さん)は、そこで私と対面したと言ってるけど、事実かどうかはわからない。私の名刺さえ持っていれば、私のフルネームと勤め先と所属を知ることはできる」
「次。今日の朝。土曜の仕事はやめにして、ひとりで買い物を予定していた。だから、グループウェアに予定は入れてなかった。グループウェアのデータはプライベートの予定表にも反映される。これも事実」
「次は、家を出て駅に向かった。『ストーカー警報システム』は、作動しなかった。これは事実」
「電車に乗車。『ストーカー警報システム』は、車内に接近する人物がいなければ、作動しない。これは事実」
「JR〇〇駅で下車。これは事実」
「駅からお店(女性下着専門店)に向かった。最短ルートで。『ストーカー警報システム』は、ここでも作動しなかった。これも事実」
「お店に到着。商品を見ていた。これも事実」
「次よ、あの人が現れ、『どこかでお会いしませんでしたか?』と声をかけてきた。これも事実」
「でも、家から尾行したのでなければ、あの人、どうして私があのお店にいることがわかったの?」
「次、次! 驚いて、その人を凝視。これは事実」
「でも、危ない人とは感じなかった。いや、人を見かけで判断してはダメ。これは憶測」
「しかし、女性下着専門店内、明らかに不自然。でも、ストーカーにしたって、不自然よ」
「次。お店の人が現れて、『いかがしましたか?』と声を掛けた。これは事実」
「私は、あの人に歩みより、お店の人に向かって『彼氏です』といって、彼の腕を掴んで店の外に出た。事実…」
「なんであんなことしたんだろう。でもああしないと、騷ぎになっていたでしょう!」
「次。あの人は、お話がしたいので、近くのカフェに行きましょうと提案した。カフェに行く。これは事実」
「でも、どうして、私がいつも行くカフェだったの? もっと近くにカフェはあったのに」
「あの人は、展示会の不適切な質問で、私に迷惑をかけたかもしれないので、詫びたいと言った。私がそのようなことはなかったと言うと、安心したと言った。そう言ったのは事実。言った内容が事実かはわからない。でも、そんなことで、わざわざ会おうとする?」
「なぜ、私があのお店にいることがわかったのか尋ねると、『恋愛相談サイトの誘導』と答えた。言ったのは事実だけど、『恋愛相談サイト』って何?」
「次。あの人は『恋愛相談サイト』の規定で、お付き合いに至らなければ、二度と会おうとしてはいけないと言い、立ち去ろうとした。立ち去ろうとしたのは事実。言ってることが事実かは、わからないけど、本当だとすると、『お付き合い』しなければ二度と会えなくなる」
「だから、『お付き合いしてください』なんて言ったんだ。終わりにしたくなかったんだ」
「あの人は『承知しました』と言った…、のは、事実」
日向さんは、頭の中に並べた出来事を振り返りながら、さらに考えを進めた。
「事実から可能性として考えられるひとつは、あの人が個人情報を不正な手段で手に入れて、デタラメを言っている「ストーカー」ということ」
「他に考えられること……」
「土曜日の外出、ストーカー警報システム、お店、カフェ……私の個人情報を知っているのは、亜依(結城さん)しか考えられない。あの人は亜依を知っている……」
「あの人の言ってることが本当ならば……。 あの人、展示会で会ったと言ってたけど、それは確かめられない? ストーカーでない確証にはならないけど、ウソを言ってないことにはなる」
「そう、研究目的なら、展示会を撮影した映像にアクセスできる。展示会に来ていたなら、そこに写っているはず」
日向さんは会社の端末にログインした。
展示会を撮影した映像は、100台ほどのカメラで撮影されていた。
しかし、その映像は直接見ることはできない。AIを使って抜き出した映像を、制限された容量の範囲内で見ることができる。
「AIは、なんとか操作できる。でも、あの人の画像データがない」
日向さんは、仕方がないので、あの人(汐見さん)の似顔絵をタッチペンで描いてAIに入力した。似顔絵は、汐見さんとはほど遠いヘタクソなものだった。案の定、汐見さんとは全く違う人ばかりが探索された。
日向さんは、がっかりして、ため息をついたが、気を取り直し、もう一度似顔絵を描くことにした。
日向さんは、汐見さんとお店で会って、汐見さんの腕をとって見上げたときの汐見さんの顔を思い出した。描いた汐見さんの顔の似顔絵は、さっきより上手で、汐見さんに似ていた。
日向さんは、描いた似顔絵をAIに入力して検索したが、今度も汐見さんは検索されなかった。日向さんは続けて、カフェで汐見さんに「お付き合いしてください」と言ったときの汐見さんの顔を思い出して似顔絵を描き、一呼吸おいて、AIに入力した。
検索結果の映像には、紛れもなく汐見さんが写っていた。入力した似顔絵は、汐見さんによく似た上手なものになっていた。
「本当に来ていた」
「あの人(汐見さん)は亜依のことを知っているかもしれない」
日向さんはイスに浅く座り、カフェで汐見さんからもらったカードを取り出し、ながめた。
そこに、使っていた会社の端末に休日にもかかわらず、着信が入った。
日向さんは、着信をチェックすると、その内容に驚いた。
「すぐに亜依に連絡しないと!」




