同調
汐見さんは、カフェで日向さんと別れた後、自宅に戻り、恋愛相談サイトにログインして、営業時間の開始を待った。先約は、いなかったので、営業時間の開始と同時に結城さんとのチャット(音声チャット)を始められた。
やがて音声チャットがつながり、結城さんの声が聞こえてきた。
「こんばんは、souma01さん、いいえ、汐見さん。お久しぶり」
「お久しぶり、って、数時間前に会ったばかりじゃないですか、いつもそういいますね」
汐見さんがそう返すと、結城さんはいつもの調子で続けた。
「そうですね、このたびは『ご成婚』おめでとうございます」
「その『ご成婚』ですが、自動発信だとは思いますが、今回のような場合は、文言を修正された方がいいんじゃないですか」
「これは失礼いたしました。善処いたします。ところで、その後、『日向さま』からのご連絡は、ございましたでしょうか?」
「いや、連絡はありませんが……」
「それは残念ですね。万が一破談となった場合でも、当サービスが責任をもって他の方をご紹介させていただきますので、ご安心ください」
「その必要はありませんが、まあちゃんと謝罪できたというか、迷惑かけたわけではなかったようで、安心しました」
「それはよかったです。それでは何のお話かしら」
「今回の件で、だいぶ課金させていただき、たまったポイントを使い切ってしまおうと思いまして」
「まあ」
「……というのは冗談で。ポイントは使いますけど」
「日向さんのことなら、いくらでもお伺いします。個人情報はダメですけど」
「日向さんのことではありますが、結城さん、日向さんとは、どのような関係なのでしょうか? 話したくなければ、話さなくてかまいませんが」
「そうですね、それは気になりますよね」
結城さんは、少し間を置いてから話し始めた。
「私は昔、日向さんの今の会社に『いた』ことがあります。お話しましたが、日向さんと私は、お互いの個人情報に、ほぼすべてアクセスできるほど親密な関係にありました」
「それがどうして、日向さんとの連絡を絶つことになったのですか?」
「日向さんと私は、会社のあるトラブルに巻き込まれ、私は、急いで会社を離れざるを得なくなりました。そのことは、日向さんをとても傷つけてしまいました」
「日向さんの彼氏と駆け落ちしたとか?」
汐見さんは、冗談まじりに言った。
「いいえ、金銭関係です」
結城さんは、少しきつい調子で言い切った。
そして、話題を変えるように、汐見さんに問いかけた。
「ところで、汐見さん、あなた日向さんのこと、どのように思います? 日向さんって、仕事一筋で、男性、女性を問わず人には関心がありません。それでいて、きっちりオシャレしていて、とても可愛らしいと思いません?」
「また、あのお店に突然現れた、見るからに怪しい(?)あなたに対しても、騒ぎが起きないよう、とっさに『彼氏です』と言って助けてくれたでしょう? とても気がきく人じゃないですか」
「本当にそう思います」
「汐見さん、あなたも日向さんのことを気遣って、謝罪するためだけに、あれだけのことができるなんて、とても思いやりのある方ですね」
結城さんは続けました。
「汐見さん、あなたは、展示会で初めて日向さんに会ってから、日向さんに何度か会い、何か感じることはありませんでしたか? 初めて会ったとき、日向さんの乗った電車が走り出したとき、お店から連れ出されたとき、カフェで、お付き合いしてください、と言われたとき、何を感じましたか?」
汐見さんは、それぞれを思い返した
「ありがとうございます、結城さん。よくはわかりませんが、もし、日向さんにもう一度会えるなら、自分の気持ちに正直でいたいと思います」
「そこで、汐見さんにお願いしたいことがあります」
「何でしょうか?」
「もちろん、日向さんのことです」
「日向さんは、あのような方なので、心から話せる相手は、私以外にいません」
「しかし、こういう状況になって、私はもう日向さんを助けることができません」
「もし日向さんとの関係が続くのでしたら、彼女を助けていただけませんでしょうか」
汐見さんは、結城さんの言葉を受け止めてから尋ねた。
「どうしたらいいのですか?」
「たとえば、彼女がたとえ間違っていても、まずは迷わず、彼女に『同調』してください」
「『同調』といいますと?」
「つまり、はっきり『あなたは正しい』と言ってください」
「『あなたの考えも分かります』や、『一理あります』とか、あいまいなのはダメです」
「間違いは、後からでも修正できます」
「人は、『同調』してくれた相手の話には耳を傾けるものです」
「つまり、今度は相手があなたに『同調』してくれるようになります」
「わかりました」
そのとき、チャットの着信音が鳴った。
「おや、日向さんからの着信のようですね。それでは頑張ってください」




