二度と接近しません
日向さんと汐見さんは、表情を変えずにしばらく無言で見つめ合った。
そこに、お店の、少し年配の女性店員がやって来て、日向さんに尋ねました。
「いかがいたしましたか?」
「こちらの方は?」
日向さんはすぐには答えず、黙ったまま汐見さんを見つめていた。
やがて日向さんは、女性店員の方に顔だけを向け、無表情のまま答えた。
「彼氏です」
「ええっ?」
女性店員は、日向さんと汐見さんを交互に見ながら、怪訝そうな表情を浮かべた。
「うっ…」
日向さんは、状況が良くなっていないと感じた。
日向さんは、汐見さんの横に立ち、汐見さんの腕に手を回し、抱えるように掴み、今度は二人で女性店員の方を向いて、無理やり笑顔を作って言った。
「あっ、こちらは私の彼氏です。外で待ちきれず、入ってきてしまいました。すみません、今日はこれで失礼します。また来ます!」
「失礼しました。またいらしてくださいね」
日向さんは寄り添うように、汐見さんを店の外へ連れ出した。
お店を出るとすぐに、日向さんは汐見さんの腕を解いた。
「……本当に申し訳ありません、こんな形になってしまって」
汐見さんが謝ったそのとき、イヤホンに結城さんの声が入った。
「ごめんなさい、ごめんなさい。でも、悪くない展開ですよ。すぐ近くに日向さんがよく行くカフェがあります。そこでゆっくり話してみたらどうです?」
汐見さんは日向さんの様子をうかがいながら、慎重に声をかけた。
「あの……もしお時間があれば、近くのカフェで少しだけお話しできませんか?」
「どうしてこんな形になったのか、経緯をきちんとご説明させていただきたいんです」
汐見さんは、落ち着いた口調でまっすぐ日向さんを見つめて言った。
そして、言い終えると、深く頭を下げた。
日向さんはすぐには答えず、ほんの一瞬迷ったようだったが、やがて肩の力を抜き、うなずいた。
「……わかりました。少しだけなら」
二人は、日向さんがよく行くカフェで向かい合って座った。
そして、とりあえずホットコーヒーを注文した。
汐見さんは改めて日向さんに向き直り、口を開いた。
「繰り返しになりますが、こんなふうになってしまって、本当に申し訳ありません。日向さんにお会いして、お詫びしたいことがあって……」
日向さんは答えなかった。
コーヒーが運ばれてきても、日向さんはカップに手をつけず、少し下を向いたまま無表情で座っていた。
汐見さんは、それでも、構わず話を進めた。
「先日の『Tokyo IT week 20XX』で、日向さんに説明をいただいたのですが、僕の不適切な質問のせいで、日向さんの立場を悪くしてしまったのではと。もしそうなら直接お詫びしたくて、今回のようなことに」
日向さんは顔を上げ、静かに答えた。
「そのときの質問は全て覚えています。不適切な回答をした覚えはありません。申し訳ないですが、誰が質問をしたかは全く記憶にありません。お気になさらないでください」
「それを聞いて安心しました。それだけです」
日向さんは少し間を置いてから、汐見さんに尋ねた。
「……ひとつ聞いてもいいですか?」
「はい、もちろん」
日向さんは汐見さんをまっすぐ見た。
「私があの店にいるのが、どうしてわかったんですか? どう考えても不自然ですよね。まさか尾行してきたんですか」
「尾行はしてません。尾行したら警報が鳴りますから」
「え?」
汐見さんは、問いかけに答えるように続けた。
「ある恋愛相談サイトに協力してもらいました」
その瞬間、汐見さんのイヤホン越しに結城さんの大きな声が入った。
「それ以上話さないでください!」
「恋愛相談サイト?……」
「ご安心ください、このサイトの規定で、お付き合いに至らなければ、二度と接近しません。今日は、ありがとうございました」
汐見さんは、伝票を手に取り、ゆっくり席を立った。
だが、次の瞬間、日向さんは、急に立ち上がり、汐見さんの腕をつかんだ。
「お付き合いしてください」
「は、はい、承知しました」
日向さんは、頬を赤くし、早足で店を出ようとした。
「日向さん!」
汐見さんは日向さんを呼び止め、続けて声をかけた。
「連絡はこちらに」
汐見さんは、ポケットから結城さんにもらったカードを取り出し、差し出した。
日向さんは、それを奪うように受け取り、振り返らず去っていった。
同じ頃、汐見さんのスマホが、短く震え、恋愛相談サイトから通知が届いた。
> 【ご成婚おめでとうございます】
> 謝礼20万円をクレジットカードにてお支払いいただきました。




