どのようなご相談でしょうか?
汐見さんは、検索サイトに『恋愛相談サイト』と打ち込んだ。
案の定、画面には検索結果が延々と続いた。
「さて、どうする? 評価の高いところ? 何か条件をつけて絞らないと…。でも、条件といってもなあ」
汐見さんは検索結果を眺めながら、決め手を探した。
「こんなときは、『セオリー』に従って、『知っている情報を総動員する』と…」
汐見さんは、検索窓に『恋愛相談サイト』に続けて、『日向美琴』と、日向さんの会社の『ネクセンテック』と入力して検索した。
すると、ある恋愛相談サイトが検索結果の先頭に現れた。
「意外だな。なんだ、これは」
汐見さんは、念のため、そのサイトをブラウザのお気に入りに登録し、今度は『恋愛相談』と『日向美琴』だけで再検索した。やはり先頭は同じサイトだ。
さらに『恋愛相談』と『ネクセンテック』だけで再検索したが、結果は変わらない。
「どうしてだ? 気味が悪い。かといって、このまま見過ごすわけにはいかないな。」
汐見さんは、取り急ぎ、そのサイトの評判を調べてみた。特に悪い書き込みは見当たらない。
「まあ、評判なんていくらでも操作できるだろうけど……」
汐見さんは、少し考えたが、気になって結局、その恋愛相談サイトへアクセスした。
サイトは全体的に落ち着いた色調で、派手さよりも信頼感を意識した作りに見えた。
恋愛相談のほかに、会員登録した男女を引き合わせる、いわゆるマッチングサービスも提供しているらしい。
さらに、画面の片隅には、神社のイラストをあしらった『縁結び神社』のバナーがあった。
「気になるバナーがあるけど、今は寄り道している暇はないな」
汐見さんは、目的にしていた「恋愛相談」と書かれたバナーをクリックした。
「恋愛相談」のはじめの画面には「利用案内」が書かれていた。「恋愛相談」は、チャット形式で、「アドバイザー」が相談に答えてくれる。「ユーザー登録」した利用者は、ID とパスワードを入力すると個人のページに入れて、そこからサービスを利用できるようになっている。
恋愛相談の料金は、一般(社会人・大学生)は、1回1万円で最大1時間、学生(中高生)は1回千円で最大30分となっている。どちらも前金で、大学生を除く学生はプリペイドカード決済のみが使える。
学生の相談については、AIが対応することがあるが、内容についてはサイトが責任をもつとの但し書きがあった。
「正直、1回1万円は高いな。まあ、ここまで来たら仕方ない」
汐見さんは、深呼吸をして、『利用登録』のボタンを押した。
汐見さんは、フォームの ID欄に「souma01」と入力し、パスワードを打ち込んだ。続いて、クレジットカード番号もフォームに入力する。以後、このサービスで発生した料金は、すべてこのカードから自動で引き落とされる。
幸い、このIDはまだ使われていなかったようで、「利用登録は完了しました」のメッセージが表示された。
そのまま画面が切り替わり、「恋愛相談」のメインページが開いた。
汐見さんは、さっそく「恋愛相談」を始めようとしたが、ページの隅に小さく書かれた「営業時間」を確認した。
学生は15:00〜18:00、一般は16:00〜25:00とある。事前にエントリーしておけば、順番が来た際に個人ページへ呼び出しがかかる仕組みだ。
時計を見ると、すでに20時を回っていた。画面には「相談中」の表示が出ていたが、他にエントリーしている利用者は見当たらない。
汐見さんは、すぐに順番が回ってくると判断し、エントリーを済ませて呼び出しを待つことにした。
数分後、軽い電子音のチャイムが鳴り、チャット画面に切り替わる。
「お待たせしました」
淡い色の吹き出しに、その文字が表示された。
「こんばんは、お世話になります」
汐見さんは、急いでチャットに打ち込んだ。
「こんばんは、souma01さん。はじめまして。アドバイザーの結城亜依と申します。お力になれれば幸いです」
「相談は、文字チャットと音声チャットで承れますが、このまま文字チャットで続けますか」
「音声チャットでお願いします」
「承知いたしました」
ほどなくして、文字チャットから音声チャットに切り替わった。
「あらためまして、こんばんは、souma01さん。よろしくお願いいたします」
聞こえてきたのは、澄んだ、柔らかな女性の声だった。
落ち着いた声だが、冷たい感じはしない。
丁寧で、どこか親しみやすい。
汐見さんは、その声に妙な安心感を覚えた。
「さっそくですが、今回はどのようなご相談でしょうか?」
汐見さんは、少し間を置いてから、話し始めた。
「すいません、正直に言うと恋愛相談ではないのです。IT関係の展示会で、ある女性から、その方の会社の製品の説明を受けました。そのときの僕の質問が悪くて、彼女に迷惑をかけたようで……。直接話してお詫びしたいのですが、その製品の取り引きが中止になり、連絡できなくなってしまいました。どうしたらいいでしょうか?」
「それは困りましたね。恋愛相談でないことは、お気になさらなくて大丈夫ですよ。ところで、その女性は、どんな方ですか? 人柄によってコンタクト方法は変わりますから」
「はい、とても知的で可憐な人です。それに、仕事一筋といった感じでした」
「そうですか。となると、社外活動や趣味の場で接点をもつのは難しいでしょうね。ところで、彼女のお名前と勤務先は分かりますか? 当サイトのマッチングサービスに登録があれば、ご本人の同意を得たうえでご紹介できます。ただし、利用にはsouma01さんの実際のプロフィールの登録と、登録料5万円が必要です。いかがなさいますか?」
「ちょっと待ってください。登録料はともかく、彼女は仕事に打ち込んでいるし、あれだけ魅力的だったら、放っておいても男性は寄ってくるはずです。どう考えても、こんな──失礼!──マッチングサービスに登録しているとは思えません」
結城さんは、少し間をおいて尋ねた。
「では、お尋ねしますが、souma01さんは、数ある恋愛相談サイトの中で、どうして当サイトにいらしたのでしょう? 縁なんて、理屈では測れないものですよ」
「むちゃくちゃな理屈だな」
「でも、なんか一理あるような…」
汐見さんは、どこか納得できてしまった自分に苦笑した。
「わかりました。登録をお願いします」
「ご利用ありがとうございます。そうでした、マッチングサービスのご利用にあたって、規約に記載されている決まりごとを事前にお伝えします」
「まずひとつめ──souma01さんの本名を含む具体的な個人情報は、相手に伝えないでください。これは、残念ながらお付き合いに至らなかった場合に、souma01さんの名誉を守るためです。
ふたつめ──同じくお付き合いに至らなかった場合、再度その相手にコンタクトを試みることはおやめください。違反した場合、法的手段に訴えることがあります。
そして、みっつめ──初回の対面の音声と映像は、こちらでモニタリングさせていただきます。不測のトラブルに迅速に対応するためです」
「承知しました」
結城さんは、さらに付け加えた。
「また、めでたくお付き合いに至りましたら、マッチングサービスの“ご成婚”のときと同じく、当サイト規定の『謝礼』をいただきます」
「その『謝礼』は、いくらお支払いすればよろしいですか」
「20万円いただいております」
「高い!」
汐見さんは、心の中でつぶやいた。
「だけど、自分は日向さんとお付き合いするつもりはなく、ただ直接会って謝罪する機会がほしいだけだから…」
汐見さんは、ゆっくりと言った。
「お願いします。」
汐見さんは、結城さんが提示した指定のマッチングサービスのフォームに、自身のプロフィールを入力して送信した。
ほどなくして、チャットに新しいメッセージが表示された。そこには、相手のマッチング条件を入力するページへのリンクが貼られていた。
「チャットのリンクのページを開いていただけましたか? 開けましたら、『マッチング相手に望む条件』のチェックをすべて外してください。年齢などの条件は、今回は指定しないでください。そう、一番上の『すべてのチェックを外す』をクリックすると一括で外せます。
その後、『オプション条件』をクリックして追加の条件設定を表示してください。その中にある『相手の氏名』と『相手の勤め先』の入力欄にチェックを入れ、それぞれに正確に入力してください。最後に『マッチング』をクリックしていただければ完了です」
汐見さんは、日向さんのフルネーム「日向美琴」と、ネクセンテック社の名前を入力した。
最後の『マッチング』ボタンを押す前に、ふと思いついて、結城さんに尋ねた。
「もし相手の女性がマッチングサービスに登録されていたとして、会う了承が得られなかった場合──せめて、謝罪のメッセージだけでも送ることはできませんか?」
「承知いたしました。ただし、メッセージの内容については、送信前にこちらで確認させていただきます」
そう言ったあと、結城さんは付け加えた。
「それと、お探しの女性が当マッチングサービスに未登録、あるいは対面のご了解が得られなかった場合でも、当サービスは1年間、お相手が見つかるようご支援させていただきます」
「それは必要ありませんよ…」
汐見さんは、そう思いながら、静かに『マッチング』をクリックした。
数秒後、マッチング結果が表示された。
**マッチング結果**
「貴方にマッチしたお相手… 1人
dkxCzYWQ さん」
汐見さんは、思わず画面を見つめたまま固まった。
日向さんが、マッチングサービスに登録していたなんて、到底考えられなかった。
「この“ハンドルネーム”…意味不明の文字列ですが、マッチング結果の『1人』というのは、日向さんのことですよね?」
「そういうことになります」
「それでは、日向さんに連絡をとっていただき、お会いできるかご確認いただけますか」
しかし、結城さんの返事は意外なものだった。
「申し訳ありません。個人的な理由ではありますが、日向様とは関係を絶っておりまして、直接連絡をとることができません。利用料は返金させていただきますので、どうかご容赦いただけませんでしょうか」
汐見さんは、少し声を荒げて言った。
「それは困ります! あなたは“縁は理屈では測れない”とおっしゃいました。恋愛相談サイトを運営されているあなたが、せっかくの日向さんとの縁を、ここでなかったことにしろと言うのですか」
結城さんからの返事は、数秒間の沈黙のあとに届いた。
「……承知しました。日向様とのご縁、当サイトが責任をもって支援させていただきます。こちらより連絡をさしあげますので、しばらくお待ちください」
「わかりました。よろしくお願いします」
短い沈黙の後、汐見さんと結城さんは、その日のチャットを終了した。




